こころと作品 〜思・憩・想〜 〜
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秋月 涼 |
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「秋の葉、木の葉、黄色の葉。 赤い葉、手の葉、もみじの葉」 幼い頃に祖母から教わった唄を口ずさみ、サンゴーンはイラッサ町のメインストリートを歩いていた。メインストリートとは言っても、小さな町のことだから華美ではない。だが、この町のささやか加減とまとまり具合が、彼女にはとても合っているのだ。 「レフキルは『身の丈に合ってる』って言ってましたの」 親友のレフキルは実務的な常識家、ボーイッシュな感じも漂っている商人の卵である。着実に夢を叶えつつある友と比較すると、草木の神者を継承しているにも関わらず何の目標もなしに日々を過ごしている自分が、とてもみすぼらしく思えてくる。 「サンゴーンには何ができるんですの?」 風に聞いてみても、何のいらえもない。もし祖母が存命であれば、何と言ってくれたのだろうか。彼女は思い出をかき集める。 サンゴーンや。 お前は苦手なことがたくさんあるじゃろう。 逆に言えば、それだけ可能性があるんじゃ。 お前がやろうと思ったこと、それができることじゃ。 サンゴーンは、自らの内側に語りかけてきた祖母サンローンの声に心底驚いてしまい、その場に立ち止まり、呆然とした。 生きていた頃のサンローンから、そんなことを聞かされた憶えはない。だけれど祖母の声は確かにそう語ったのであった。 「おばあちゃん……」 町中ということも忘れ、サンゴーンは涙声で訊ねた。 しかし、いくら世界に名を残す偉大な草木の神者だったとはいえ、もはやサンローンがこの世のどこを探しても見つからぬことを、孫娘のサンゴーンほど知っている人間はいないのである。 サンゴーンの心の中で、未完成の祖母は表情を緩めた。 (おばあちゃんのかけらが、私の中で新しくなったんですの?) 祖母は死んだ。だが、祖母はサンゴーンの中で像を結び、本物の祖母とは違うけれど、ある意味では本物以上に本物である祖母を作り上げたのである。それは送り手と受け手、送り手の遺した情報と受け手の想像力とによって生まれた建設的な文化行為であった。独自の魂が宿っていた頃の祖母とは変質しているが、サンゴーンにとってはそれが本物の解釈なのだ。 個性のぶんだけ、つまり祖母の思い出を受け取った人間の数だけ、祖母はそれぞれの進化を遂げてゆく。その変化の度合が大きいほど、サンローンの生涯は深かったのではなかろうか。 秋の涼しさは閃きを呼び起こす。サンゴーンは独りごちた。 「わかったですの」 サンゴーンの目標は、夢は、おばあちゃんなんですわ。 だけど、それはサンゴーンなりの、おばあちゃんですの。 地道に取り組めば、必ず後から評価してくれる人も増えるだろう。今だって、レフキルのような素晴らしい親友がいる。といっても、評価が欲しいためではなく――自分の生きた証のために。 サンゴーンは心穏やかになり、ゆっくりと歩きだした。 黄色や赤に変わった森って、どんなだろうと想像しながら。 彼女が住んでいるのは、照葉樹しか生息しない南国だから。 | ||
(了) | ||
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