初冬 〜
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秋月 涼 |
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夜更けではないが宵の口でもない、夜の序章である。 物見の塔から見下ろす北国の都は、微細な九日の月の光を浴びて白く浮きだす――あるいは積もり始めた雪が自ら瞬いているのかも知れぬ。ほのかに煙っている吐息が夜霧となって、景色を形作る各部品の境界線をさらに曖昧にした。町の向こうに広がる西海は対照的に黒く沈み、天球の続きのようだった。 「遙かな高みに行ってしまわれたようじゃ」 「……そうですね」 男が二人、物見の塔に立っていた。最初の声は老人であり、後の声は青年であった。二人の耳は燃えるように冷えている。 遅い昼間に、ようやく雪がやんだばかりの町は、刺すような寒さであった。北風衆は我が物顔で町の通りを吹き抜けてゆく。 二人が見ていたのは、天頂に浮かぶ九日目の月である。 望月ほど明るくはないが、上弦の月よりも存在感がある。 何枚服を着ても突き抜ける寒さがあり、身体は震えるものの、頭は冴える。月が雲隠れするまで二人は飽かず眺めていた。 その時、後ろのドアが開いた。二人は微動だにしない。まるで、この風流を壊す来客が誰だか予め知っているかのように。 「ヘンノオ殿。ムーナメイズ殿。戦略会議に参加願いたい」 略式の鎧を着た三人目の男は良く通る声で一度だけ言った。その言葉には何の感情も込められておらず、事務的だった。 「分かりました」 「参ろう」 若い〈月光の神者〉のムーナメイズ、ノーザリアン公国公爵で〈天空の神者〉のヘンノオが順に返事をする。それを聞いた〈三人目の男〉は、無骨な動作で軽く頷き、ドアを閉めて退出した。 服の色や、彼らの表情は、淡い月光の下では判別できぬ。 「行きますか」 「そうじゃな」 ムーナメイズとヘンノオはやや名残惜しそうに一言交わし、空と月と、自己と対話する貴重な束の間の時に終わりを告げる。 そして彼らは螺旋階段を下り、三人目の来訪者――北方将軍バラドーの待つ暖かな会議室へと、現実の道を歩き始めた。 九日の月が再び姿を現したのは、その直後のことであった。 | ||
(了) | ||
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