図書室で 〜
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秋月 涼 |
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「なんで、そんなに頭に入るの〜?」 分厚い歴史書を勢い良く閉じ、目を白黒させて、レリザが言った。ここは〈白王宮〉の奥の方にある王家専用の図書室だ。有名なメラロール王立図書館に比べれば、蔵書数は比較にならないほど少なく、せいぜい大きめの書斎といった様相である。 「知らないことを知るのが、楽しいから……かな」 茶色の三つ編みで茶色の瞳のメラロール王国の第一王女、シルリナがはにかんで応えた。公務ではなかなか見られない、十八歳の清楚な少女の安心しきった素直な微笑みだった。冷静で知的で気品に溢れ、大人っぽく見られるシルリナも、親友のレリザの前では年相応の自然な姿に戻るかのようだった。 ちょっとした調べものに使われるこの部屋には、基本的な人文・自然・社会・魔法などの書物が揃っている。今はシルリナ王女と、従姉妹のレリザ公女の自習部屋のような使われ方をしていた。古い本に特有のかび臭さ匂いを消すため、侍女の活けた花が、喋りすぎぬ絶妙の存在感で微かな芳香を放っている。 天井すれすれまで伸びた本棚と年季の入った踏み台、曲線の彫刻の美しい木製の丸テーブルが三つ、椅子が数脚。本を長持ちさせるため暖房はなく、二人は足まで届く毛皮のロングコートに身をつつんでいた。特別の飾りはない揃いの上着だ。 「そんなに物知りなのに? やっぱシルリナはすごいね……」 良く似た茶色の瞳を瞬かせ、レリザは感嘆の溜め息をつく。自分だってガルア公国の公女なのにも関わらず、今にも〈さすがシルリナはお姫様だね〉とでも言い出しそうな雰囲気だった。やはり茶色の長い髪を、レリザは後ろで一つに束ねている。 「物知りだなんて……レリザ、それは褒めすぎだと思いますよ。私は本当に無知だなと、いつも思っています。この世には私の知らないことが多すぎるし、興味は尽きることがありません」 シルリナには珍しい熱心な演説に、レリザは聴き入った。 「……」 「特に歴史は面白いな。歴史には学ぶところが多いから――。私たちは、同じ失敗を二度と繰り返してはいけないと思うの」 シルリナはいとおしそうに手元の歴史書を眺めた。彼女よりも少し眼の細いレリザは、親友の話を邪魔してはいけないと黙って頷いていたが、終わったと判断して、ふと感想を洩らした。 「シルリナは、きっと、いい王様になれるよ」 「レリザ。私は――」 シルリナがとっさに何か言おうとした時。 ごくささやかな音量で、ノックの音がした。 「シルリナ様、レリザ様。お食事の用意が出来ました」 「ありがとう」 王女ははっきりとした良く通る声でそう返事をした。部屋は冷え切り、白い息だ。歴史書をかかえて立ち上がれば芸術品のような三つ編みが軽く揺れる。そして同年齢の親友を促した。 「さあ、後かたづけを済まして、お食事にしましょう。午後には、きっとセデレート先生も、公務を終えていらっしゃると思うわ」 「あたしは、先生がいない方が楽なのになー」 うんざりした表情のレリザを見て、シルリナはまた微笑んだ。 | ||
(了) | ||
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