試験近し 〜
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秋月 涼 |
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昨日降った冷たいあられの残り香が、地面のレンガに繊細で異国情緒あふれる不思議な模様を描いている。太陽の光に焼かれ、誰かに踏まれ、世間の厳しさを味わった白い線である。 「ねむ様ねむ様、昨日のノート見せてっ。この通り!」 親友のリュナンを拝み倒し、サホは言った。彼女らはズィートオーブ市の旧市街に住んでいる学院の生徒で、仲良しクラスメートだ。二人の絆は授業中に居眠りをして廊下に立たされる所から始まった。今でも居眠りの多さで二人は学科のトップを快走しており――言うまでもなく成績の方はいまひとつである。 だが、それぞれに理由のある居眠りであるし、つまらぬことをぜんぜん気にしないという点では共通している二人組である。 「ねむちゃんので構わないなら、どんどん見てね」 リュナンはそう言って、鞄から取り出したノートを手渡した。 穏やかな性格の、金の髪を持つ十六歳のリュナンは、居眠りが過ぎて〈ねむちゃん〉というあだ名を付けられるに至った。その呼び方が気に入っているので、自分でも使っている。体が非常に弱く、しかも一人娘で、両親の強い愛情を注がれる。かつて学舎時代に喘息(ぜんそく)をこじらせて生死の境を彷徨い、入退院を繰り返して留年するなど、ひそかに苦労人でもある。 「恩に着るよ〜」 一方のサホは十五歳、ざっくばらんな性格で、目立つ赤毛を持つ骨董店の娘だ。父を亡くし、母を手伝って遅くまで働けば、当然の皺寄せとして学院生活に影響するのもやむを得まい。髪や言葉遣いやから不良少女だと陰口を叩く輩もいるが、赤毛は元々だし、サホ自身は大人で、つまらぬ批判を相手にしない。 「やっぱ、ねむ、字がきれいだわなぁ。羨ましい」 その科目は試験が近いのであるが、サホは寝坊して遅刻し、間に合わなかった。よって親友のリュナンに取りすがった次第だ。けれど親友の字が読みやすいのはお世辞ではなかった。 「そんなことないよ。サホっち、褒めすぎだよ」 リュナンは謙遜して頭をかく。 だが、その時、サホの足がはたと止まったのである。 「ん?」 立ち止まり、赤毛の少女の眉毛はぴくりと動いた。その燃えるような瞳は、リュナンのノートの一文に釘付けにされていた。 「その時、マホジール帝国のマほジーこうて……〆〜÷?」 リュナンは首を斜めにかしげ、相手の次なる反応を待つ。 他方、サホは両腕を広げ、お手上げのポーズを取った。 「ねむに頼んだあたいが馬鹿だったわ……」 顔は血の気が引いて蒼白になっている。無理もない。親友のノートは、途中から居眠りのせいで文字が躍っていたからだ。 「だから言ったのにぃ。ねむちゃんので構わないなら、って」 鼻高々の様子でリュナンは得意げに応える。もはやサホは言い返す言葉が見つからず絶句し、淀んだ考えに沈んでいた。 | ||
(了) | ||
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