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秋月 涼 |
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「ふわぁー」 足を伸ばして草の上に座っていたシルキアは、一気に力を抜いた。口を開いて思いきり息を吐き出し、上半身を倒して大地に委ねる。目の前には尽きることのない青い空が広がってゆく。 茶色の髪の毛の上に、麻で作られた姉とお揃いの白い帽子――頭を入れる部分は焦げ茶色の模様入りの布で縁取られ、ちょっとした料理人を思わせておしゃれに膨らみ、後ろに二本の細長い布を垂らしている――をかぶっていたシルキアの後ろ頭は何の衝撃も受けることなく地面にたどり着いた。草原を埋め尽くす、ふんわり柔らかな草花たちがそっと支えてくれたのだ。 それらは天然のじゅうたんでもあり、枕でもあり、そしてベッドでもある。さわやかで微かな、ほんのり甘い香りと、くきの生命力あふれる匂いにつつまれて、心の底から解き放たれた気分だ。ありきたりの言葉では表現できないほど居心地が良く、十四歳のシルキアの表情はこぼれ出すほどの幸せにあふれている。にやけるのではなく、素直で清らかな少女らしい笑顔だ。 「ふふふ……」 森から飛び出してきた親鳥が、次なる季節の訪れを麗しく褒め称えながら、夏よりも明らかに天井が高くなった空にしなやかな影を描いている。降り注ぐ光の粉はだいぶ和らいでいたが、さすがにまぶしく、直接見つめると瞳を射られる。思わず目をつぶっても、太陽の形はしばらく残像として残っていたし、それが一段落しても、まぶたを閉じた世界はぼんやりと明るかった。 汗で少し湿った衣服は、風が冷ましてくれる。今日のシルキアは、青い長袖の服を着て同じ色のズボンを履き、エプロンの前掛けを想起させる薄水色のスカート状の布を垂らし、それを腰の後ろで結わえていた。きれいな若々しいうなじを見せた開襟の首周り、肩や腕の辺りには、薄紫色の繻子の織物を掛けている。上着やマントにしては短すぎるが、小さなリボンがついており、山里の娘のシルキアをとても洗練された少女に見せている。それはサミス村に避暑に来て、シルキアの家族が経営する宿に泊まった貴族がくれた、お気に入りの飾りだったのだ。 寝返りを打っても、草花はこうべを垂れるだけで、シルキアの身体をしっかりと健気に受け止めている。少女の方も、せっかくの素敵な敷物を傷めないように注意しているから無惨に花が散るようなことは決してないが、その代わり草まみれにはなる。 「ん?」 蟻が顔の上を這い、思わずシルキアは身を起こして弾いた。 「ひゃあ。びっくりした!」 「気持ちいいのだっ……」 シルキアのそばでは、姉のファルナが口を半分開け、身体の力を全部抜いて、地面の一部と化していた。白地に花柄のワンピースをまとった十七歳のファルナは、恍惚とした表情で横になり、軽く瞳を閉じている。気温は暑すぎず涼しすぎず、鳥の歌も、花の香りも――寝転がるには最高の場所と陽気であった。 シルキアは身を乗り出し、姉の顔を覗き込んで呼びかける。 「お姉ちゃん」 「ん……」 ファルナは既に半分以上、夢の中へ足をつっこんでいる。二人は茶色の髪も瞳も良く似ているが、姉はやや長い髪を今日は結ばずになびかせ、妹の方は肩の辺りで切り揃えている。 風がやんだ。ふと、シルキアのいたずら心がうずき出した。 「お姉ちゃん、聞いてるの〜?」 妹は素早く移動し、姉の脇をくすぐる。ほとんど居眠り状態だったファルナは大慌て。笑いながら身をよじり、悲鳴をあげる。 「ひゃ、やめるのだっ、シルキア!」 花に迷惑をかけないよう、シルキアの攻撃はさほどではなく限定的なものだったが、まだ完全に目の醒めないファルナは抗戦する力もなく、うつぶせの体勢で丸まってしまう。冬の朝、ねぼすけの姉を起こす妹の攻撃が、久しぶりに復活した瞬間だ。 「参りましたよん……」 ファルナは敗北を認めるが、しだいに可笑しさがこみあげる。 「はははっ」 「ふふ……あはは、はは」 シルキアもつられて、朗らかな姉と向き合い、笑うのだった。 全ての色を持つ〈フラーメ高原〉は、早くも秋の装いが始まっていた。お祭り騒ぎのように短いきらめきの季節を謳歌した夏の花の群生は、今や緑の野原になっていたが、代わって秋の花の咲く辺りが地味ながら静かに最盛期を迎えようとしている。 不思議に薄青い、地上の蝶のごとき露草はつぼみを開いて、小さな星を思わせるリンドウは清らかな藍色の夢をかなえる。 季節に彩られた道を踏み、衣替えを予感させてわずかに色褪せた森を抜け、家路をたどる仲良し姉妹の影が長くなる――。 | ||
(了) | ||
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