おもてなしの心 〜
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秋月 涼 |
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「どこがいいかなぁ〜? 迷っちゃうね」 いくつもの選択肢を前に、リンは困ったように笑っている。急な曲線を描く通りには肉や野菜を焼く煙が漂って、目に染みる。 「珍しく、私もリンローナと同意見よ」 シェリアは細くしなやかな両腕を腰に当てて、鼻から長い溜め息を吹き出した。それから首をすくめ、艶やかな唇をゆるめた。 各地をめぐっている俺たちにとって、新しい町に来ると、どんなメシを食うのかが最大の楽しみ――と言っても過言ではない。 気候と風土と歴史に彩られた、町の〈特産品〉は話題の種になる。今の時期だけの海の幸や、山菜、穫れたての穀物や野菜、果実などの〈旬のもの〉に外れはない。でも、俺にとっちゃ、美味い地酒とつまみがあれば満足だ。そして名物のオヤジ。 女性陣の意見を承けて、タックは穏やかな口調で提案する。 「もう一周、廻ってみましょうか?」 もう我慢の限界の俺は、ルーグを味方に取り込もうとする。 「早いとこ決めようぜ! ハラへったんだよな。ルーグは?」 すると、急に意見を求められたルーグは、夕陽の残滓に頬を紅くほてらせ、辺りの雰囲気を感じ、やや弾んだ声で応える。 「私は何でも構わないが。美味しくて、美味しい酒が有れば」 そろそろ仕事を終えた男どもが町へ繰り出す時間だ。下町の通りには少しずつ活気が見え始めている。昼間は見すぼらしいが、夜の闇の中でこそ、活き活きした〈命〉をほとばしらせる。 金には限界があるが、それ以上に、胃には入りきらない。多くの可能性から、意見を摺り合わせる過程を経て、最終的には一つの店に決める。見知らぬ町で、旅慣れた俺らがちょっとドキドキする瞬間だ。ほとんど賭け事に近い――満腹と、満足と、この町での思い出を賭けて、その店に銀貨を投じるって訳だぜ。 「ここで、異論はないな?」 「もちろんよ」 「うんっ」 「ここにしましょう」 「早く行こうぜ!」 で、俺たちは顔を出すんだ――薄明るく、薄暗い店の中へ。 〜 ・ 〜 ・ 〜 ・ 〜 ・ 〜 ・ 〜
「おすすめの料理、妙な料理、粋な料理人。調理法、食材、組合せ、隠し味。湯気の立った料理でも勝負するけどね……」 ケレンスたちが滞在している地方の町から、遙か東の山奥にあるサミスの村で、宿屋の娘である十四歳のシルキアが言う。 「一番の自慢は、私とお姉ちゃんの笑顔かな〜! なんてね」 彼女は急に真面目な顔つきになり、遠くを見ながら呟いた。 「でも精一杯のおもてなしをしないと……村の印象まで、変わっちゃうからね。私たち、旅人にとっては村の窓口なんだから」 そして黄昏の幕がゆっくりと引かれて――。 彼女が働く〈すずらん亭〉は、今夜も賑わっていることだろう。 | ||
(了) | ||
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