天翔ける視点へ

 〜森大陸(しんたいりく)ルデリア・幻想結晶〜

 

秋月 涼 


 荷物を運ぶ馬もなく、長い道のりを越えてきた若き旅人たちが湖畔に連なる町に着いたのは、昨日の午後遅くのことだった。
 その翌朝――食事を終え、彼らの部屋での出来事である。

「行ってみようぜ、見晴し台!」
 ケレンスは金の髪を掻き上げ、青い瞳を輝かせて友のタックに呼びかけた。ゆうべ、酒場の親父に見晴台のことを聞いてから、そのことが頭を離れなくなっていたのだ。しばらく旅が続いたので、今日は特に何の予定のない〈休業日〉となっている。
 通常はあまり出歩かずにゆっくりと体を休め、午前中に溜め込んだ洗濯をし、午後は雑貨屋を廻ったりし、夕方になればちょっとした金の足しになる短期の仕事を斡旋してもらいに〈冒険者ギルド〉を訊ねたり、夜は酒場で周辺の情報を集めたりする。

「よく行く気になるわねぇ。せっかくの休みなのに……」
 魔術師のシェリアはあきれたように言い、首を右に動かしてボキッと鳴らした。顔は日に焼けて黒っぽく、胸元が開き気味の旅人らしからぬ垢抜けた服装がむしろ良く似合っていて、魅力的である。蚊の多い森やぬかるんだ道も歩くので、さすがに長袖の薄手の上着を羽織り、長ズボンを穿いているが、ただのズボンには終わらせず麻織りの民族風の巻きスカートを着用している。女性にしては背が高く、足も長いので、見栄えがした。
「どう過ごそうと自由だが、怪我には気をつけて欲しい」
 リーダーのルーグは否定も肯定もせず、軽く注意するに留めた。一方、同郷の幼なじみで、昔から悪友だった〈相棒〉のケレンスに話を振られ、巻き込まれた形のタックはと言えば――。
 レンズの抜け落ちた伊達眼鏡を掛け直し、彼は腕組みする。
「うーむ……」
 それなりに大きな湖が望める、狭い街道に沿った僅かな高台にある静かな湖岸の宿だ。窓に顔を寄せ、薄曇りの空に霞む湖の対岸の山並みを仰ぎ、驚きの声を洩らしたのはシェリアの妹のリンローナだ。姉と異なり、背が低く地味な服装で目立たないが、草色の瞳と髪はきらきらと光り、素朴で可愛らしい。
「うわ〜ぁ、あれはきついね」
「見晴台って、だいたい高いところにあるから、大変よねぇ」
 既に他人事のシェリアは、ベッドの脇に座って足を組んだ。

「分かりましたよ、でも洗濯はどうするんです?」
 溜め息混じりに――だが笑みを浮かべながら、タックは〈わざわざ折れた〉ふりをした。腐れ縁の親友同士は、体力も好奇心も有り余っており、怖い者知らずの十七歳だ。ケレンスは少しばつが悪そうに下を向き、窓際に立つ年下の少女に頼み込む。
「あのさあ、リン、悪いけどやっといてくれねえか?」
「えーっ?」
 当然断ると思われたリンローナの第二声は、意外であった。
「あたしも行ってみたいと思ってたんだけど、駄目かなぁ?」

 結局、ケレンスとタックとリンローナの若い三人は、さっさと湖水を汲んで洗濯を済ませてから出かけることになった。冒険者たちの休日に、また一つ〈小さな冒険〉が始まろうとしていた。

(了)



【この作品は"秋月 涼"の著作物です。無断転載・複製を禁じます】