木枯らしが告げるもの 〜
|
||
---|---|---|
秋月 涼 |
||
ズィートオーブ市を、北風が吹き抜ける。 下から掬い上げるように、横から揺らすように。 冷たさという刃を隠した強い風が、時折、道を駆け抜ける。 街路樹の細い枝は一斉に首を振り、太い幹はきしんだ。 太陽は厚い雲に隠され、かといって雨も降りそうにない。 この新興都市はルデリア大陸の南西に位置し、冬の寒さはそれほど厳しくないが、おおよそ一ヶ月に一度くらいの割合で、まるで今日のように雪が降りそうな日が訪れる。さしも陽気で商売好きで全般的に計算高い彼らも、寒さに対する耐性は弱く、薄手の毛織物や厚手の綿製品を重ね着して、口数は少ない。 特に最近、暖かな日が続いていたので完全に油断していた人々は、こぞって身を縮め、足早に歩いてゆく。その姿は突然に襲ってきた〈寒波〉という見えない波に翻弄される藻屑だ。 「さむーっ!」 赤っぽい髪の色をしている十六歳のサホはわざと寒さを振り払うように大声を上げて、紫と渋い赤と茶色が入ったチェックの厚手のロングスカートの中に隠れた足を素早く上下させた。 「ウウウウウ……」 マフラーを巻き、見るからに寒そうな同級生リュナンの表情は青ざめて冴えず、前かがみの姿勢でサホの背中に隠れるようにして歩いている。その歯はカタカタと小刻みに震えていた。 「ねむ、がんばれ! もうすぐ家だよ」 振り向いたサホは親友の愛称を呼んで励ましたが、再び北風がヒョォーッと叫ぶと、身体の弱いリュナンは強く瞳を閉じる。 「もう、くじけそう……」 乾いた硬い落ち葉が茶色くなり、ズィートオーブ市の旧市街を縫う煉瓦の道を転がってゆけば、カタカタカタと軽い音が響く。 「笑ってる」 少し風の落ち着いてきた所に来て、寒さに弱いリュナンは口を小さく弱弱しく開き、うつむいて哀しそうに洩らすのだった。 「次の季節が、笑ってる」 木枯らしは何度も何度も告げている。 冬がやってきたのだぞ――と。 | ||
(了) | ||
【この作品は"秋月 涼"の著作物です。無断転載・複製を禁じます】 |