風の翼 〜
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秋月 涼 |
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時折、勢い良く潮風が吹き抜けた、からっと暑い夏の一日だった。窓から差し込む南国の光は強く、濃い影を描いた。 時間が経つのは早くて、今日はもう終わろうとしている。 サンゴーンの家の玄関を出ると、あたしたちはどちらからということもなく、自然と立ち止まった。 「今日、変な雲が多いね〜」 あたしは空の高みを指差して言った。南国の赤い花を彩る綿のように柔らかそうな雲、波のように横へ長く続く雲。 伝説の龍を思わせる雲には畏れと敬意を感じる。鳥みたいに自由な雲もある。 「秋みたいに青い空ですわ」 サンゴーンが穏やかに目を細めた。その親友の銀の色をした前髪が、また急に吹いた夕風に煽られて動いた。 「もうすぐ一番星が見えそう……」 あたしが呟いた。 「ですわ〜」 独特ののんびりした口調で、友達が相槌を打った。 やがてサンゴーンは一歩、二歩と歩き出して、ぽつりと言った。 「今日は風さんがよく見えますわ」 風さんが――よく見える? サンゴーンは確かにそう言ったみたい。 「えっ?」 親友の華奢な背中に、あたしは疑問をぶつける。 再び強い風が流れ、サンゴーンの長いスカートの裾を揺らした。 「レフキル、あれですの」 夕焼け空を背景にしてサンゴーンは立ち止まり、あたしの方を振り向いた。赤い夕日を受けて、胸元の〈草木の神者〉の印がきらりと光る。 それから優しく穏やかな微笑みを浮かべた。 「きっとあれが、強い風さんの正体ですわ」 サンゴーンは天の高みを指し示した。 あたしはすぐに気付いて、澄み切った気持ちで、それを眺めていた。 そこに浮かんでいたのは一対の白い翼だった。うっすらとした雲が、羽ばたく鳥のような姿をしていたのだ。 強い風と白い雲が作り上げた芸術作品だった。 「風さんだって、鳥さんのように、きっと翼があるはずですわ」 あたしのすぐ横で、サンゴーンが静かな感動を込めた声で語った。 「そうだね……きっと」 あたしたちはしばらく立ち止まったまま、流れてゆく風の翼を見つめていた。 静かで平穏な夕暮れだった。まもなく日が沈むんだろうな。 「あ、一番星ですわ!」 サンゴーンが、夜の染み込んでくる東の空のかなたを指差した。 | ||
(了) | ||
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