草花の魔法 〜
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秋月 涼 |
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南国の陽射しは今日も強く、濃い影を落としている。でもあたしは厚い布で張った露店のテントの下にいるから大丈夫だ。 おっ、花屋のメイおばさんだ。待ちに待っていたんだ。 あたしは声をかけた。 「いらっしゃい!」 「おっ、レフキルちゃん。こんちは。景気はどうだい?」 「まあまあかなー」 笑顔で答える。すると横にいた店のおやっさんが言った。 「こいつがバリバリ売ってくれるからなあ。怖ぇくらいに、な」 「ちょっと、おやっさん。そういう言い方だと、何だかあたしが悪いことしてるみたいじゃない?」 そして笑いながら、上目遣いに睨んだふりをしてみせる。 「ほらほら、怖ぇんだよ」 おやっさんも馴れたもので、鍛えられた上半身を反ってから、大げさに肩をすくめた。だけど口元はおかしそうに緩んでいる。 「あっははは」 やや豪快な体つきをしているメイおばさんは、人目をはばからず、その体格にふさわしい声量で思いきり笑うのだった。あたしたち南国人、楽天的な〈ザーン族〉の代表みたいな夫人だ。 「そうそう、レフキルちゃん」 お客のメイおばさんは、あたしに話があるみたいだった。あたしも、おばさんがいつ話をしてくれるのか、じっと待ってたんだ。 「いやぁ、若くても、さすが〈草木の神者〉さんだねえ! サンゴーンさんに預けたアルアザン、すっかり元気になったんだよ」 おばさんは身振り手振りをつけて感嘆し、嬉しそうに語った。 調子いいなぁ――あたしは溜め息混じりに返事をした。 「まさか、おばさんがサンゴーンに頼んでるとはねぇ……」 風に乗って、どこかの店から肉を焼く焼く匂いが漂ってきた。 メイおばさんはそこで声の調子を落として、こう言った。 「〈草木の神者〉の魔法で、ちょいちょい、なんだろう?」 「おばさん」 あたしは、はっきりとした口調で、真っ直ぐに呼びかけた。 〜 ・ 〜 ・ 〜 ・ 〜 ・ 〜 ・ 〜 その日、あたしゃレフキルちゃんのいる広場の露店で、売り物の雑貨を適当に眺めながらいつものように世間話をしていた。 「うちの花がね〜、調子が悪いのがあって気になるんだよね」 そう言ったあたしの頭の中には、アルアザンの花があった。 「蔓(つる)っぽい、白くて半透明な細長い花びらがいっぱい伸びてさ、複雑に絡まって草の穂みたいな形を作る。草じゃない証拠に、うっすらと甘い香りがする。異国の感じのする花だよ」 「へーえ」 てきぱきと商品を整頓しつつ聞いていたレフキルちゃんは、軽く相槌を打つ。妖精族の血が混じってるリィメル族の子で、やや大きな耳をぴくっと動かした。あたしはまた立て続けに言った。 「ミニマレス侯国からの輸入品で、もともと育てるのが難しいんだけどさ、今年のは特に元気がないようで、困ってるんだよ」 アルアザンの花は高い値がつく。あの花が売れなくなると、うちの店としては結構な損害になる。それはなるべく避けたい。 「誰か、花の育て方に詳しい知り合い、いないかねぇ?」 あたしはざっくばらんに聞いた。本気半分で、残り半分は冗談っていうか――話の種みたいなもんだけどな。困ってるのは事実だから、買物のついでに信頼できる人に愚痴ったり、話を振ってみたりしていたんだ。誰彼構わず聞いてるわけじゃない。 「花屋って言ったって、分からないものは分からないからねえ」 「うーん」 レフキルちゃんは手を休めず、うなずきながら聞いている。 「結局はうちの問題だから、最終的にはうちの店で何とかしなきゃいけないことは十分に分かってるんだけどさぁ……もし誰か、知り合いに詳しい人がいれば、と思って聞いてみただけだよ」 ま、ほんとのところ、そんな強く期待しているわけじゃないけど――伝手があるかどうか、聞いてみなきゃ分かんないからね。 「どんな花?」 相手が言う。あたしゃ、高価な花ってのは触れずに答えた。 「ま、ちょっと気難しい花なんだよ」 「なんて名前?」 その質問には少し迷ったが、真面目に答えた。 「アルアザン、っていう花さ」 賢いこの子には、嘘やハッタリは通用しないからさ。 「アルアザン? 聞いたことないな」 そこでレフキルちゃんはしばらく手を休めて、視線を遙かな遠くへ投げかけた。色んなことに思いをめぐらしているんだろう。 やがて少女は顔を上げた。 「う〜ん、メイおばさん、ごめんっ。たぶん、あたしの知り合いの中でいっちばん花に詳しいのは、メイおばさんちだと思うんだ」 あの子は心を決めたようで、あたしの目を見てはっきりと語りかけた。深碧色の瞳の強い視線に吸い込まれちまいそうだ。 レフキルちゃんは友達が多いはずだけど、さすがにあたしに別の花屋を紹介するわけにはいかないから、そんな答えになったんだろう。あたしの顔を立てつつ、やんわりと断ってくれた。 「そうかい、まあ、それならしょうがないけどねぇ。ありがとう」 あたしは残念に思い、礼を言った。次の人を当たってみよう。 諦めかけた、その時――レフキルちゃんは、こう呟いたんだ。 「もしかしたら、サンゴーンなら詳しいかも知れないけど……」 〜 ・ 〜 ・ 〜 ・ 〜 ・ 〜 ・ 〜 その時、私はお庭の日陰でお洗濯をしていました。井戸水を汲んだタライで、服とか顔拭きの布とかを洗っていたのです。 「んん〜」 いつものように鼻歌を適当に唄いながら、熱中してやっていたみたいなので、最初は〈その声〉に全然気付きませんでした。 「もしもし」 「ん〜んん〜。お洗濯は気持ちいいですの」 「もしもし。もしもし」 繰り返されるうち、どこかで女の人の声がするな、とは思いましたけど、まさか私に話しかけているとは思いませんでした。 「グラニアさん、サンゴーンさんや」 名前を呼ばれて急に我に返り、私は緊張して答えました。 「は、ハイですの!」 その時、驚いたはずみでタライを倒してしまいました。洗濯物は地面に落ちて、たくさんの水が庭に吸い込まれていきます。 「あららぁ」 私はすっとんきょうな声をあげて、目を白黒させました。 「ありゃ、悪かったね」 家を囲む低い塀の上に、ふくよかな体格をした中年の女の方の顔が見えました。どこかで見たことのある方だと思います。 「大丈夫ですわ、あとでやり直しますの」 私は顔を上げて答えました。時間はたっぷりあるので、焦る必要はありませんでした。もう一度、同じことをやり直せばいいだけです。何から片付けたらいいのかと迷いましたが、ひとまず空になったタライを起こし、そこに泥のついた洗濯物を重ねて入れてから、ゆっくりと立ち上がって声のする方を向きました。 「あんた、レフキルちゃんの友達だろ?」 その、どこか見覚えのある女の方が急に言いました。真意は分かりませんでしたが、その通りでしたので、うなずきます。 「ハイ、そうですわ」 低い塀ごしに、私たちは話を続けます。相手が言いました。 「あたしゃ、レフキルちゃんの店の常連のメイさあ。あの子の話を聞いて、今日はあんたに頼みがあってやって来たんだよ」 ちょっと不安になった私は、まばたきをしながら軽く身を乗り出すと、さっきよりも小さな声でメイさんに聞き返したのでした。 「頼み……ですの?」 聞いてみないと分からないけれど、私に出来ることかな? 〜 ・ 〜 ・ 〜 ・ 〜 ・ 〜 ・ 〜 メイおばさんとアルアザンの花の話をした数日後だと思う。 あの日、あたしは休みだったからサンゴーンの家に寄った。白い石を積んだ低い塀の向こうに広い庭が見え、ちょうどサンゴーンが家の方から鉢植えをかかえて移動してくるのが見えた。 「サ……」 声をかけようとして、あたしはすぐに口を抑えた。気づかれてないみたいだから、どうせなら驚かせちゃおうって思ったんだ。 あたしは足音を立てずに壁に近づき、徐々に腰を落としてゆくと、最後は顔だけを壁の上に出した。そして、いつ、どうやって驚かせようってことを考えつつ、親友の様子を見ていた。どういう反応をしてくれるんだろうっていう期待と楽しさと、しばらくの間、黙って見てることに対するちょっとの罪悪感を覚えながら。 サンゴーンが近づいてきた。あたしは鉢植えを見定める。 (何の草だろう?) いや、それ以前に草なのか花なのか、よく分からないものだった。小さな鉢植えには、なじみのない植物が生えていた。 くきや葉っぱは普通っぽいけど、先の部分に特徴があるみたい。目を凝らしてみると、穂を作ろうとしたのを途中で諦めつつあるような、整えていない髪みたいな未完成の印象を受けた。 (そもそもサンゴーンって、あんな草、持ってたかな?) ほっそりした友は、やや緩慢な動きで庭を見回してから、持っていた鉢植えをひとまずその場に置き、手で額の汗を拭った。 「う〜ん」 唸り声をあげたサンゴーンは、何か困っている様子だった。立ちつくしたまま、握りしめた右手を顎に当てて考え込んでいる。 元からのんびり穏やかな性格のサンゴーンは、一つのことに集中してる時、特に周りの出来事には気付かないんだろうな。 そろそろ頃合いかな。あたしは塀越しに低く声をかけた。 「サンゴーン」 「ん?」 親友はすぐに周りを見回し始めた。サンゴーンの素早い反応に、むしろ驚いたのはあたしの方だった。もしかしたら、あたしの声を良く把握してくれているのかな。もう一度、呼びかける。 「ここだよ」 そう言ったあたしの言葉を、サンゴーンの両耳が捉えたのが分かった。蒼い瞳の眼差しが、だんだんと塀の方に向けられ、横へ移動してゆく。あたしはじっと相手を見つめ、待っていた。 波と波がぶつかり、合わさるみたいに――。 あたしたちの視線がついに重なったのだった。 「レフキル!」 サンゴーンの目があたしの姿を認めた瞬間、ぱっと輝いた。 〜 ・ 〜 ・ 〜 ・ 〜 ・ 〜 ・ 〜 「レフキル!」 声の主がどこにいるのか見回して、低い塀の向こうに馴染みの顔を見つけた時、私は嬉しくて相手の名前を呼びました。長いスカートの裾をはためかせて、私なりの早足で近づきます。 「よっ。来たよ〜」 手を挙げて微笑んだレフキルは、すぐに白い石の壁に両手をつきました。それから軽く飛び上がり、身体を両腕で押し上げると、あっという間に壁の上へ登り終えてしゃがんでいました。 「よっと」 手を広げてバランスを取りながら、親友はひらりと庭の片隅に舞い降りてきました。猫さんみたいに、しなやかな身体です。 「いらっしゃいですの」 私は心から歓迎しました。お花の育て方についての悩みはあったけれど、レフキルが来てくれて、とても心強く感じました。 「あのお花を、お庭へ植え替えてみようと思ったんですの」 何をしてたの、という問いに答えた私は、さきほど地面に置いた鉢植えを指差しました。レフキルのお店の常連だというお花屋のメイさんから預った、白っぽい気難し屋さんのお花です。 レフキルは静かに聴いていてくれます。私は続けました。 「やっぱり大陸から来た種類だから、このミザリア島では育てるのが難しいみたいなんですわ。肥料を代えたり、お水を多めにあげたりしたんですけど、なかなか上手くいきませんの……」 「ふーん、難しいんだ」 レフキルはしゃがみ、お花を近くで熱心に見つめていました。メイさんはレフキルに実物を見せなかったのかも知れません。 「初めてですの?」 「うん。この花、見るの初めて。変わった花だね」 レフキルが言いました。私もお花に近づき、両手を膝に置いて、少し腰を落としました。降り注ぐ強い陽射しが私たちに遮られて、その穂のような不思議なお花は影の中に入りました。 「色々と工夫してみますわ。唄を歌ってみたり、とか……」 「唄?」 レフキルが顔を上げて聞いたので、考えながら説明します。 「えーっと、気持ちが伝わるかと思って、唄ってみる時がありますの。うーん、例えば〈独りぼっちじゃないんですわ〜♪〉って」 私はちょっと恥ずかしくなって、頬が熱くなるのを感じました。 レフキルは穏やかに微笑み、真面目な口調で語りました。 「そっか……その気持ち、きっと、お花にも伝わると思うよ」 「ありがとうですわ」 とてもほっとした気持ちで、私は素直にお礼を言いました。 さて、レフキルは視線を再びお花の方に向けました。 「ところで、この花、なんて名前?」 「えっ?」 その時、初めて違和感を覚えて、思わず聞き返しました。レフキルは全部知っていると思っていたんですけど、違うのかな? 〜 ・ 〜 ・ 〜 ・ 〜 ・ 〜 ・ 〜 あたしの質問に、サンゴーンは何故か驚いて聞き返した。 「えっ?」 「ん?」 これには、あたしも困惑した。もしかして噛み合ってない? それでもサンゴーンは懸命に答えようとして、考え込んだ。 「えーと、ア……」 「あ?」 「アルアザンですの」 その名前を聞いた時、何か心に引っかかったような気がした。思い出せそうで思い出せないから、口に出して言ってみる。 「なんか聞いたことあるなぁ。これがアルアザンなんだ」 「レフキル、本当に知らないんですの?」 サンゴーンが怪訝そうに言った。いよいよ、これはおかしい。 あたしはついに究極の質問を投げかけるのだった。 「このお花、どうしたの?」 「あらあ?」 サンゴーンは素っ頓狂な声を上げて、少し目を逸らした。 「レフキルの紹介じゃなかったんですの?」 「あたしの……紹介?」 慎重に言葉を選びながら返事をした。大事なことを思い出せそうで思い出せず、次第にもどかしい気持ちが高まってくる。 「うーん」 微かな風が止まり、暑さが追い打ちをかける。あたしが唸り声をあげて悩んでいると、サンゴーンが助け船を出してくれた。 「メイさんから頼まれましたの。レフキルの紹介って」 「んー」 アルアザンの花、メイおばさん。あたしは腕を組んで考え込んでいたが、ようやく先日の話を思い出して両手をポンと打った。 「あーっ、分かった! あの時の話か」 そういえば、アルアザンの花が元気ないって言ってたっけ。 「紹介ってほどでもなかったんだけど……お花に詳しい知り合いがいないか聞かれたから、サンゴーンの名前をちらっと出したんだ。そっか、あれからサンゴーンの所に持ってったんだ」 思い出しながら喋って一息つくと、友達が相槌を打った。 「そうだったんですのね」 あれからメイおばさんはうちのお店に来てないし、サンゴーンとも会ってなかったから知らなかった。あたしはすぐに謝った。 「面倒なことになっちゃって、ごめんねー」 「ううん。楽しかったですわ」 サンゴーンは軽く首を左右に振り、優しく微笑むのだった。 〜 ・ 〜 ・ 〜 ・ 〜 ・ 〜 ・ 〜 それから数日が経ち、アルアザンの花はすっかり元気になった。一度見に行った時、半透明の花びらは艶やかで、穂のような形をきれいに完成させていた。太陽の光が射し込むと、まるでランプの明かりみたいに、ぼんやりと麗しい輝きを秘めた。 翌日、メイおばさんが取りに来て、大喜びして帰っていったとサンゴーンから聞いた。その後、店のおやっさんが言ってたけど、アルアザンの花って、かなり貴重で高価なんだって――。 貴重な花が元気になったこと自体は良かったと思う。でも、あたしは何だか腑に落ちなかっし、後味が悪かった。高い商品を生き返らせるためにサンゴーンが利用されたみたいで。結果的にそれに加担した形になってしまった自分自身も嫌だった。 そしてあたしは、お店でメイおばさんと対峙していたんだ。 「〈草木の神者〉の魔法で、ちょいちょい、なんだろう?」 「おばさん」 相手の目を見て、あたしはもう一回、強い口調で言った。 「おばさん」 おばさんは唾を飲み込み、少したじろいだように見えたけど、結局は何事もなかったかのように平静な口調で返事をした。 「何だい?」 あたしはカチンと来た。でも深呼吸を一つして、自分自身の気持ちを落ち着けながら、一言ずつ大切に語りかけるのだった。 「ふぅー。サンゴーン自身は〈魔法〉なんて使ってないよ」 店のおやっさんが見守っていてくれる視線を背中に感じる。騒がしい広場だけど、辺りの雑音が遠くになったように思えた。 おばさんは気にせず、太い声で自信たっぷりに反論をした。 「だけど、あの子は〈草木の神者〉なんだろう? 先代は数々の魔法で、色んな奇跡を起こしてくれたみたいだけどねえ……」 先代――。 亡くなったサンローンおばあさんの厳しくも優しい顔が脳裏をよぎった。あたしも随分良くしてもらった。サンゴーンの実の祖母で、先代の〈草木の神者〉だったサンローンさんは、イラッサ町の町長を長く務めて敬愛を集めたんだよね。でも亡くなる間際の、サンゴーンへの〈草木の神者〉の世襲は批判を集めた。 両親が遠い国にいて独り身のサンゴーンは、今は〈草木の神者〉を継いだことで名目的な町長という扱いになってる。大したことはしてないのに町からのお金で暮らしてて、あんまり良く思われてないみたい。先代みたいに魔法を使える訳じゃないし。 「でもサンゴーンは魔法を使わずに、奇跡を起こしたんだよ?」 あたしは言った。あんな立派なサンローンおばあさんが、単に世襲でサンゴーンに〈草木の神者〉を任せた訳じゃないと思う。優しくて穏やかで、草や花を心から愛しているサンゴーンが、身近な人の中で一番ふさわしいと思ったから選んだと信じてる。 「もし、魔法を使ったとすれば、それはサンゴーンじゃない」 いつの間にか熱っぽく、あたしは語っていた。メイおばさんと、おやっさんは黙って聞いている。広場の秋の風は凪いでいた。 あたしは続けてこう言った。 「アルアザンの花がもともと内に秘めていた、生命力の〈草花の魔法〉を……サンゴーンがちょこっと引き出しただけなんだよ」 〜 ・ 〜 ・ 〜 ・ 〜 ・ 〜 ・ 〜 「色々迷惑かけたねえ、サンゴーンさん」 メイさんが、大きな声で申し訳なさそうに言いました。突然の言葉に、私の方こそ驚いてしまって、手を横に振るのでした。 「いえいえ、迷惑だなんて、そんなこと無いですの〜」 そして私は、メイさんと一緒に来たレフキルに訊ねました。 「どういうことですの?」 「メイおばさんが、色々と話したいみたいよ」 レフキルが答えました。私はメイさんの方に向き直りました。 「私、アルアザンのお花とお友達になれて、とっても楽しかったですわ。おうちに帰ってからも、あのお花、お元気ですの?」 心配だったので訊ねると、メイさんはすぐにうなずきました。 「あぁー、もう元気も元気さ。ついに売れて行ったよ」 「……そうなんですの。寂しくなりますわね」 私がそういうと、メイさんは私の顔をまじまじと見つめてから、レフキルを見ました。レフキルはメイさんに目配せしました。 「ほらね。サンゴーンは、ほんとにこういう子なんだよ」 レフキルが小声で言うと、メイおばさんは低く唸るのでした。 「うーん」 二人が何の話をしているのか良く分からず困惑しましたが、家の入口でこのまま立ち話をするのは失礼かなと思いました。 「良かったら、中にいらしてくださいの。お茶の用意をしますわ」 〜 ・ 〜 ・ 〜 ・ 〜 ・ 〜 ・ 〜 「というわけ」 レフキルちゃんの話が終わり、少し間があいた。 サンゴーン嬢ちゃんの家の風通しのいい立派な客間で、あたしとレフキルちゃんと三人、メフマ茶を楽しんでいた時だった。 「あのー、よかったら教えて欲しいんだけども」 話が弾んできたところで、あたしゃ率直に切り出した。この子たちに策は通じない。素直にぶつかるのが一番ってもんさ。 「一体、どうやってアルアザンを元気にしたのかね?」 あたしとレフキルちゃんの注目が集まると、若き〈草木の神者〉のサンゴーン嬢ちゃんは恥ずかしそうに軽く目を伏せた。 「えーと、あの……」 部屋の中を、心地よい秋の風が通り抜けていった。 「サンゴーン」 そう名前を呼んでレフキルちゃんが口元を緩め、やや大きな耳を少し動かしたのは、友達の気持ちを落ち着かせる合図だ。 するとサンゴーンちゃんは顔を上げて、碧色の澄んだ瞳を輝かせ、あたしの方を真剣に見ながら静かに語り出すのだった。 「試行錯誤ばかりで良く分からないんですけど、お庭に植え替えたりとか、肥料を取り替えたり、近くに草を植えたり……」 「うん、うん」 あたしは邪魔しない程度に相槌を打った。相手は続けた。 「あの、近くに草を植えたのは、話し相手を作るためですわ」 「話し相手?」 その発想にはさすがに驚いて、あたしゃ大きな声をあげた。うちにとって花は売り物であり、生活の糧だ。その直後、レフキルちゃんが掌を耳に当てて〈まずは聞こう〉と伝言を送ってくる。 「やっぱり、おかしいですの?」 サンゴーンちゃんが心配そうに言うので、あたしは否定する。 「そんなことないさ、参考になるよ。あとは?」 「あとは……」 そこで一度口ごもったが、彼女は勇気を出して語ってくれた。 「元気になってもらいたくて、お唄を聞かせましたの!」 〜 ・ 〜 ・ 〜 ・ 〜 ・ 〜 ・ 〜 「お花の種、すっごく喜んでたね」 サンゴーンの家を出て帰る途中、あたしはメイおばさんに言った。預けたアルアザンを元気にしてくれたお礼に、おばさんは余ってる花の種を何種類かサンゴーンにプレゼントしてくれた。 「いやー、あの子にとっては、花はほんとに友達なんだねぇ」 メイおばさんは心底、感嘆した様子で呟くのだった。 「あれは確かに、魔法なんかじゃない。レフキルちゃんの言い分、改めてサンゴーンさん本人の話を聞いてみて分かったよ」 「ほらねっ」 あたしは歩きながら軽く胸を張り、安堵の息をつくのだった。 「ふぅ。おばさんが話の分かる人でよかった」 南国の太陽の光はまだまだ強く、午後の町を照り付けている。多くの人が帽子をかぶって、まぶしそうに目を細めて歩いている。風だけはやや涼しくなって、街中を通り抜けていった。 「うーん。こうなると、あの子自身が魔法みたいなもんだわ」 よほどサンゴーンの純真さが新鮮だったみたいで、おばさんは唸りの後に深い声で語った。あたしは軽く笑い飛ばした。 「ははっ。言い過ぎじゃない?」 「いやいや。タイプは違うけど……やっぱりあの子は、サンローンさんの孫だねえ。今回の一件でだいぶ印象が変わったよ」 あたしは少し間を置いてから、ゆっくりと重厚にうなずいた。 「うん。もちろん!」 サンゴーンのおばあさん、サンローンさんは町の誰もが認める立派な〈草木の神者〉だった。だけどサンゴーンも、おばあさんとは違った形の〈草木の神者〉として活躍できると信じてる。 「あたしも、小さなことから少しずつ、手助けするつもりだよ」 「それにしても近頃は珍しい〈夢見る乙女〉だったわ」 おばさんが本来の大らかさを取り戻してきて、豪快に笑った。 「はっはは。まるで、あたしの若い頃みたいだよ!」 冗談には冗談で返事をする。後半の話を軽く聞き流し、サンゴーンを〈夢見る乙女〉だと評した言葉にわざと突っかかった。 「ふーん。じゃあ、あたしは〈現実的な乙女〉ってことぉ?」 そうは言っても、すねたふりをしたのは言葉だけ。瞳で抜目なく笑ってみせると、対するメイおばさんも口元を緩めて応じた。 「そりゃあ、そうだよ。ちょっと〈乙女〉は余計だけどね!」 風が凪ぎ、一瞬の間があった。 「ぷっ」 それからあたしたちはほとんど同時に吹き出した。おなかを抱え、身をよじって、しばらく道の真ん中で大笑いするのだった。 いつもの広場が見えてくる。店の前に姿を現し、待っていてくれたおやっさんが、あたしたちの姿を認めて高く手を挙げた。南国の太陽の下で、あたしたちは大きく手を振り返すのだった。 | ||
(了) | ||
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