夜空 〜
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秋月 涼 |
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「夏の夜空はいいねぇ」 黒い前髪をかきあげ、闘術士のセリュイーナ師匠が言った。北国マツケ町の夏の夜を涼しい風が通り過ぎる。 星明かりの下、その場に何人かいた後輩のうちの一人、ユイランが率直に問うた。 「なんでですか?」 するとセリュイーナはあっけらかんとした口調で答えた。 「空気が涼しくて、いつまででも見てられるや」 「それって夜空自体とは関係ないんじゃ……」 ユイランが軽い驚きを込めて疑問を口にすると、セリュイーナは気を悪くした様子もなく、良く響く声で笑い飛ばした。 「だって、まあ、冬にこんなじっくり見てたら死んじゃうもんなぁ。アッハハ」 マツケ町の冬は雪と氷とに覆われ、厳しい寒さが君臨する。 「んー、そうっすねぇ」 ユイランはとりあえず納得した様子だった。 その時、横から抑えた笑い声が聞こえてきた。 「ふふっ、ふふふ」 横のやりとりで笑いの感覚を刺激されたのか、ユイランの先輩にあたるメイザが口元を抑えて震え始めたのだった。 「そんな面白いか?」 師匠のセリュイーナが唖然といらつきと困惑を混ぜた口調で尋ねると、メイザの笑い声は逆に高まった。 「ふふ、ははっ」 「よく分からんね」 師匠はそう言って肩をすくめ、ユイランは微笑んだ。 年下の後輩のマイナは目をしばたたいて皆の様子を見回していたが、ユイランにつられて顔をほころばせた。 「そういえば、夏になると星をよく見るっすよね」 そのユイランが場を仕切り直す。メイザは笑いを休め、他の皆も顔をあげて宝石箱のような空を仰いだ。それからしばらくの間、闘術士たちは気まぐれな星のきらめきを見つめていた。 「星が降りてくるみたいね……」 メイザが澄んだ声でつぶやいた、夏の日の夜だった。 | ||
(了) | ||
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