クリスマス |
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秋月 涼 |
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「サンタクロースなんか、いないんだよ」 学校帰り、友達のケンタが言いました。 「どうして?」 あゆみがびっくりして訊ねると、ケンタは笑いだしました。 「あははは。馬鹿だなあ、あゆみちゃん。サンタはね、ほんとはパパなんだよ」 「嘘だあ? サンタさん、絶対いるもん。お母さんが言ってたよ。『寝てる間に、サンタさんが……』」 「じゃあ、見たことあるの?」 「……」 あゆみは、それきり黙ってしまいました。 早瀬あゆみは小学二年生です。今日は二学期の終業式がありました。そして、待ちに待ったクリスマス・イヴです。 「ケンタ君、またね」 家の前で、あゆみは小さく手を振ります。ケンタはあゆみの目をじっと見つめ、もう一度言いました。 「サンタクロースなんか、いないんだよ」 部屋に入って、ランドセルを静かに下ろします。あゆみは机の椅子に腰掛けました。そして、ぼんやりと考えています。 (サンタさんって、本当にいないのかなあ) なんだか急に悲しくなってきました。 台所に行くと、お母さんがクリスマス・ケーキを焼いています。とてもいい香りがしましたが、あゆみはそれどころではありません。 「ねえ、お母さん」 「なあに?」 「あの……」 「成績の話?」 「あ、そうだった。通信簿持ってくるね」 あゆみは成績表を持ってきました。お母さんは電子レンジにケーキを入れ、ボタンを押したところです。ピッという音がして、レンジから黄色い光が漏れだしました。 「はい、お母さん」 「ちょっと待ってね」 お母さんは手を洗い、タオルでよく拭いてから成績表を受け取ります。 「どれどれ……あら、いいじゃないの。頑張ったわね」 「あのね、お母さん」 「なあに?」 「……」 あゆみが心配そうな顔をしているので、お母さんは不思議がりました。 「どうしたの?」 「サンタさん……いるよね?」 お母さんは笑って、優しく答えます。 「ええ、いるわよ」 「でもケンタ君は『いない』って言ってたの」 「あらあら」 お母さんは困った顔をしましたが、ちょっと考えてから、大きくうなずきます。 「サンタさんは絶対にいるわ。大丈夫よ」 「うん」 「靴下を用意して、今夜は早く寝なさい」 「……わかった。お母さん、ありがとう」 あゆみはいったん安心して部屋に戻りました。でも、ケンタの言葉が気になって仕方ありません。お母さんの顔とケンタの顔とを交互に思い浮かべながら、あゆみは夜を待ちました。 お父さんが帰ってきました。お夕飯です。居間の隅にはクリスマス・ツリーが飾られていて、赤・青・黄・緑、色とりどりの電球が順番に光っています。 食事の後に、完成したケーキが出てきました。スポンジケーキの上に、生クリームで英語が書かれています。 「お母さん、これ、何?」 「『メリー・クリスマス』って読むのよ」 「ふうん」 ケーキをほおばります。とてもおいしかったので、あゆみはにこにこしています。お母さんも楽しそうです。お父さんは、あゆみの成績を誉めてくれました。あゆみはいっそう嬉しくなって、二きれ目のケーキもたいらげました。 夜になり、冷たいお布団に潜り込みます。あゆみはその時ふっと、ケンタの言葉を思い出しました。 (サンタさん……来てくれるかな) 不安でしたが、あゆみは枕元に大きな靴下を用意します。 (今年こそ、サンタさんに会えるといいな) 闇の中で、まぶたを開こうと頑張ります。あゆみは必死にまばたきを繰り返しています。 でも暖かい布団に包まれていると、どうしても眠くなってしまうのです。あゆみはとうとう眠ってしまいました。 ……カチャリ。 ドアのノブが回り、誰かが部屋に入ってきました。ミシミシと響く足音で、あゆみは目を覚まします。 「ふあっ?」 まだ真っ暗です。机の電気スタンドをつけると、弱い光が部屋全体に広がります。 あゆみの目の前に黒い人影が浮かび上がりました。その人は肩に大きな袋をかついでいます。 あゆみは目を丸くしました。 「サンタさん?」 「ああ。わしはサンタクロースじゃよ」 白髭のお爺さんは優しく笑いました。赤い帽子に赤い服、プレゼントを入れた白い袋。間違いなく、本物のサンタクロースです。 「サンタさん、やっぱりいたんだ!」 「ああ。いるとも」 「トナカイさんは?」 「窓の外を見てごらん」 あゆみはカーテンをちょっとずらして、夜の空を見上げました。 「あっ!」 二頭の茶色いトナカイが、仲良く窓辺に浮かんでいます。毛並みはとても綺麗です。木でできた大きなそりがつながれています。 「サンタさん、あたしのところにも来てくれたんだ……」 「あのそりに乗って、雪をかきわけて、世界中の子供にプレゼントを配るんじゃよ」 あゆみは嬉しくて、嬉しくて、サンタの手を握ろうとします。 「あれっ?」 変です。いくらやっても、その度にすり抜けてしまうのです。あゆみの顔は曇りました。 「サンタさんって、お化けなの?」 サンタのおじさんは笑いました。 「お化けじゃないよ。サンタはサンタじゃ。ところであゆみちゃん、サンタクロースは本当にいると思うかい?」 「……わかんない」 「サンタはね、サンタを信じる子供にしか見えないし、触ることもできないんじゃよ」 「そういえば、サンタさんの色、薄いね」 サンタは半透明で、はっきりとは見えません。 「サンタクロースは、ちゃんといるんだよ。サンタを信じる子供の中に……」 「……」 あゆみは黙りこんでしまいました。サンタは辛そうに言います。 「みんな、大きくなると、わしを信じなくなる。それは仕方ないんじゃ。あゆみちゃんと会えるのも、今年が最後だろう」 「そんな……」 あゆみの小さな瞳が、涙で潤みました。冬の空気がとても冷たく感じます。今夜は特に冷え込んでいるようです。 ちりんちりん。 その時、窓の外で鈴が鳴りました。 「トナカイが呼んでいる」 そう言うと、サンタは歩き出しました。 「サンタさん、行っちゃうの?」 「ああ。他の子供たちが待っているからね」 「……」 「あゆみちゃんがサンタクロースを信じていてくれれば、また会えるよ」 「本当?」 「本当だとも。だから、安心して眠りなさい。風邪をひいてしまうよ」 「うん」 あゆみは、まだぬくもりの残っている、自分の布団に入りました。 「サンタさん、おやすみなさい」 「おやすみ。いい子だね。あゆみちゃんへ、素敵なプレゼントをあげよう。お星様を砕いた、白い粉だよ」 「白い粉?」 あゆみがじっと見ていると、サンタは大きな袋を引きずって、窓をすり抜けて、そして消えていきました。トナカイの鈴の音が遠ざかっていきます。 気がつくと、朝でした。電気スタンドがつけっぱなしです。あゆみはあわてて消しました。その時に、枕元のプレゼントを見つけます。 「何だろう……」 包みを開くと、あゆみが欲しがっていたお人形です。あゆみは、あとでお父さんにお礼を言おうと思いました。 カーテンのすき間から、まぶしい光が差し込んできます。いつもと違う、不思議な光です。あゆみは思い切ってカーテンを開けました。 「……すごい!」 庭も、道も、向こうの屋根も、全てが真っ白。夜中に雪が降り積もったのです。 「サンタさん、プレゼントありがとう!」 厚いセーターを羽織り、手袋をはめ、長靴を履いて、あゆみは庭に飛び出しました。 「おーい」 そこにケンタが現れます。 「あ、ケンタ君!」 「あゆみちゃん。みんなが公園で待ってるよ。一緒に遊ぼう」 「うん!」 二人は銀色の世界に吸い込まれていきました。 ――あゆみは今でも、クリスマスが来る度にサンタクロースを思い出します。そして、自分の子供たちにこう語るのです。 「サンタさんは絶対にいるのよ」 今年も、残りわずかです。 | ||
(了) | ||
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