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ま ん じ 万字 MANJI
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まんじたんざん MANJITANZAN
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み る と MIRUTO
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万字駅周辺には、かつて多くの炭鉱住宅が建っていた。
閉山から40年近くが経過し、民家も減って、ひっそりとしていた。
山々の稜線が柔らかく、大自然に囲まれた印象的な集落である。
桃色の山桜が咲き、さわやかな春の風が吹いていた。
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[2014/05/06 / 09:09]
万字駅の駅舎は「万字仲町簡易郵便局」として現存する。この日は祝日のため、郵便局は定休日であった。
広い駅前広場で、往時の繁栄を想像した。
写真の岩見沢市営バスは、当地の「万字バス待合所」を起終点としている。
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[2014/05/06 / 09:05]
駅舎の右側には記念碑が建っている。
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[2014/05/06 / 09:06]
外から駅舎内(郵便局)を撮影した。
窓口は、鉄道時代の再利用だろうか?
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[2014/05/06 / 09:06]
駅舎の裏側。
降車客を迎えたはずの改札口は塞がれていた。
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[2014/05/06 / 09:06]
ホームに降りる階段。
鉄道時代には屋根があったようだ。
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[2014/05/06 / 09:07]
万字駅のホーム(万字炭山方面)
右下に、コンクリート部分が見える。
鉄道駅の雰囲気は残っている。
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[2014/05/06 / 09:07]
万字駅のホーム(美流渡方面)
辛うじてホームの盛り土が分かる程度だ。
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[2014/05/06 / 09:07]
ホームから駅舎を仰ぎ見る。
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[2014/05/06 / 09:08]
万字駅前の様子。
左奥には炭鉱住宅が多数あったようだが、更地になっている。
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[2014/05/06 / 09:04]
万字駅前のメインストリート。
この道の途中、写真左奥に万字駅がある。
かつては民家や商店がびっしりと建ち並んでいたのだろう。
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み る と 美流渡 MIRUTO
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ま ん じ M A N J I
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あ さ ひ A S A H I
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美流渡も炭鉱の町だった。万字線の美流渡駅から「北星炭礦 美流渡礦専用鉄道」が分岐し、上美流渡で産出される石炭を運んだ。
なお「美流渡」とはアイヌ語に当て字をした地名であり、「シルトゥロマップ(山の間にある川)」を起源とする説がある。
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[2014/05/06 / 10:29]
毛陽交流センターからバスに乗り、美流渡交通センター(バス待合所)で下車した。ここが、かつての万字線・美流渡駅前である。
美流渡は今でも大きな集落で、奥行きがある。小中学校やコンビニも有り、人々の暮らしが感じられる町だった。
写真右側の白い建物が「美流渡交通センター」である。駅の雰囲気が感じられる。
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[2014/05/06 / 09:46]
美流渡駅跡に建てられたバス待合所「美流渡交通センター」の2階には「万字線鉄道資料館」がある。この日は祝日のため休館日であった。
鍵は、隣の建物の地元商工会が管理しており、申し出により開錠されるとの説明書きが貼られていた。
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[2014/05/06 / 09:35]
美流渡交通センターの横には、鉄道の車止めがモニュメントとして設置されている。
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[2014/05/06 / 09:37]
美流渡駅の敷地は広大だったようだ。駐車場は雪捨て場として使用されていた。
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[2014/05/06 / 09:36]
美流渡交通センターの裏に、踏切が設置されている。
穏やかな光の降り注ぐ、春の美流渡であった。
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[2014/05/06 / 09:37]
万字駅と同じ形式の碑が立っていた。 旧栗沢町の駅(万字炭山・万字・美流渡)には、この碑が建てられた模様。
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[2014/05/06 / 10:14]
美流渡(旧・栗沢町)の奥に、奈良町(岩見沢市)がある。ここには岩見沢市が建てた「万字線鉄道資料館」がある。
美流渡交通センターから徒歩10分ほど。
公共施設「奈良町連絡所」を兼ねていたが、2014年3月末で閉鎖された旨の張り紙があった。美流渡サービスセンターが引き継ぐという。
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[2014/05/06 / 10:13]
主な資料群。この他に、多数の写真パネルと、鉄道の歴史年表があった。
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[2014/05/06 / 10:07]
不思議なマネキン駅員がお出迎え。
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[2014/05/06 / 10:10]
記念切符やスタンプの類が整理され、大切に保管されていた。
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[2014/05/06 / 10:10]
万字線お別れ臨時列車「さよなら万字線・快速まんじ号」で使用されたヘッドマーク。
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[2014/05/06 / 10:10]
旧栗沢町の万字駅の資料が、岩見沢市の資料館にあるのは謎である。(栗沢町は合併し、現在では岩見沢市の一部ではあるが)
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[2014/05/06 / 10:10]
写真パネルより、開業の頃の万字駅。これだけ側線があったのは驚きである。開業当初より、ホームに降りる階段があったことが分かる。
今は自然に還ろうとしている。
※写真をクリックすると拡大します。
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[2014/05/06]
許可を得て、備品の記念スタンプを押印させてもらった。「わたしの旅」スタンプに似ており、好感が持てる。
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あ さ ひ 朝日 ASAHI
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み る と MIRUTO
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かみしぶん KAMISHIBUN
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朝日も炭鉱の町であった。駅跡は、岩見沢市により「万字線鉄道公園」として保存・整備され、木造駅舎やホーム、踏切等が残っている。
朝日炭鉱は大手に属さず、小規模な経営ながら、昭和49年まで採炭を行ったようだ。その後、万字線沿線の炭鉱は全て閉山となり、貨物営業は昭和53年に廃止。昭和55年の国鉄再建法を迎えることとなる。
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[2014/05/06 / 11:10]
美流渡から歩き、朝日に到着。
集落の外れに「旧朝日駅前」のバス停がある。
その向かいには――。
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[2014/05/06 / 11:11]
万字線跡では唯一の、木造の美しい駅舎が残っている。構内は「万字線鉄道公園」として保存・整備されている。
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[2014/05/06 / 11:35]
鉄道公園の全景。駅舎だけでなく、プラットホームや蒸気機関車、踏切も保存されている。
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[2014/05/06 / 11:17]
「そらち炭鉱の記憶マネジメントセンター」の方々が訪問されており、お話を伺った。朝日集落には家族経営のような小規模炭鉱が昭和50年位まで残っており、希有な存在だったとのこと。
万字・美流渡だけでなく、朝日も炭鉱の町だったという事実は初めて知り、勉強になった。
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[2014/05/06 / 11:12]
駅舎横には記念碑がある。
写真左奥は公園の案内板。
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[2014/05/06 / 11:23]
現役と言っても通用しそうな雰囲気だった。
昭和時代から時間が止まっているかのようだ。
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[2014/05/06 / 11:17]
国鉄のローカル線らしい、たたずまいである。
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[2014/05/06 / 11:21]
正面側の窓から撮影。施錠されていた。
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[2014/05/06 / 11:18]
桜が咲いており、良い雰囲気だった。
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[2014/05/06 / 11:16]
奥に見えるのは貨物用のホームと思われる。
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[2014/05/06 / 11:15]
古い駅名標も残っていた。
写真奥の方面に炭鉱の施設があった。
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[2014/05/06 / 11:25]
B20形蒸気機関車の1号機が展示されている。戦時中に製造された国鉄の入換え用の機関車で、小型である。あまりに小さく、営業列車を牽引することは困難だったようだ。
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[2014/05/06 / 11:32]
退色しているものの、おおむね保存状態は良好である。
現役時は小樽築港機関区に配属されていたが、万字線との関わりは不明。
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[2014/05/06 / 11:37]
公園の上志文寄りに、13キロポストが置かれている。(朝日駅は志文起点12.2km)
朝日炭鉱は写真右手の山にあり、朝日駅付近には選炭施設やホッパー(貯炭場)があったようだ。(⇒参考:Wikipedia「朝日駅 (北海道)」)
炭鉱の現役時代、朝日駅には多くの側線があった。炭住群は写真左奥の方向にあったようだ。
右の流水は、炭鉱から流れる排水の模様。
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[2014/05/06 / 11:36]
最後に散歩中の女性と話す機会があった。
炭鉱の稼働中は大いに賑わったが、その後は「とっても静かよ……」と、実感を伴って語っておられたのが印象に残った。
私は次のバスに乗り、この地を発った。
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かみしぶん 上志文 KAMISHIBUN
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あ さ ひ ASAHI
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し ぶ ん SHIBUN
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岩見沢市・上志文地区は、農業とスキー場の地区である。
ローカル線の万字線が多くの乗客で賑わう時期があり、それは冬のスキーシーズンだった。駅前には岩見沢市営「萩の山スキー場」がある。
札幌発・上志文ゆき直行臨時列車「上志文銀嶺号」「上志文スキー号」が運転され、多数の乗客で賑わったという。
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[2014/05/06 / 12:05]
バス停「上志文中央」、および上志文郵便局の近くに、上志文駅跡がある。
駅舎は鉄道の現役当時より縮小改造されているが、スキー場の倉庫として活用されている。
写真左側が万字炭山方面。
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[2014/05/06 / 12:04]
駅舎を横から。
写真左下の黒い石は記念碑である。
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[2014/05/06 / 12:05]
窓から駅舎内部を撮影した。
やはり倉庫になっている。
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[2014/05/06 / 12:06]
ホーム跡は、整地されてスキー場に取り込まれている。左側の柱は、廃レールの転用だろうか。
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[2014/05/06 / 12:08]
近くで農作業中の方にお話を伺う事ができた。
スキーの臨時列車が到着した時は、駅からリフト券の売り場まで、長蛇の列が出来たとのこと。
「(当時とは)色々なものが変わってしまったよ」と感慨深げに語っておられた。
駅周辺を快く見せて頂き、ありがとうございました。
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[2014/05/06 / 11:56]
ローカル線の小さな駅に“冬の特需”をもたらした、岩見沢市「萩の山市民スキー場」である。
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[2014/05/06 / 12:26]
万字線とは無関係であるが、付近には「メープル小学校」という変わった名前の学校があった。
ここから50分ほど歩き、バス停「緑が丘6丁目」で岩見沢駅方面のバスに乗った。
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