2012年 4月

 
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2012年 4月の幻想断片です。

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  4月30日− 


[お持ち帰りの水鏡]
 
「透き通った水は、透き通った風に近づくのですね」
 村の若き賢者、オーヴェル女史が感慨深そうに言った。小さな林檎形の池の水は、彼女のほっそりした姿と白樺の木々を映している。池の表面には波紋ひとつ立たず、鏡のように済みきっていた。底の薄茶色の砂はそのまま掴めそうなほどだ。
「持ち帰りたいな、この池。部屋の壁に貼り付けたい」
 シルキアが両手を合わせて、水をすくう仕草をした。
「壁に貼り付けたら、こぼれますよん」
 姉のファルナが驚いて目を丸くした。妹は頬を膨らませる。
「もー、お姉ちゃん。例えだよ、た・と・え!」
 腑に落ちない顔をして首を傾げながら、ファルナは尋ねる。
「んー、じゃあ、何に使うつもりだったのだっ?」
「もちろん、身だしなみだよ〜」
 シルキアは茶色の後ろ髪をさらさらと撫でた。一方、ファルナは一瞬理解出来ずに固まったが、不思議そうに聞き返した。
「えー? 別に、そんなに変わらないのだっ」
 するとシルキアは顔を赤くして、むきになって言い返した。
「変わるもんっ! 髪型だって、たまには違うのにしてみたい。お姉ちゃんこそ、酒場の看板娘としての自覚を持ってよ!」
「ファルナには鏡は必要ないですよんっ」
「あたしには必要だもんっ」

 姉妹喧嘩をよそに、オーヴェルは緑の梢を仰ぎ見た。
「風の中にも、見えない水が含まれているのかしら……」
「オーヴェルさん! 鏡は要る?」
「オーヴェルさん! 鏡は要らない?」
 シルキアとファルナが、突如、年上の賢者に詰め寄った。
「えっ、鏡ですか? そうですね……」
 急に左右から問い詰められたオーヴェルは苦笑したが、しばらく上目遣いで考えてから、高原の村の姉妹に返事をする。
「もし、水の鏡があるならば、私は持ってみたいですね」
 妹は嬉しそうに飛び跳ねようとし、姉は見るからにがっかりする。その時、若き賢者は姉のファルナを見て言葉を重ねた。
「そのまま顔も洗えそうですしね」
「あ、それは便利なのだっ。それなら欲しいですよん」
 ファルナは身を乗り出した。池に姉妹の顔が仲良く映った。
「もう、お姉ちゃんったら。ますますお寝坊しちゃうよ〜」
「だって、外に水を汲みに行くのは、大変なのだっ」
 話し続ける姉妹を、オーヴェルは優しく見つめている。優しい春の風が、森の中を駆け抜けていき、三人は青空を仰いだ。

オーヴェル ファルナ シルキア
 




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