2007年 1月
2007年 1月の幻想断片です。
曜日
月
火
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木
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土
夢
気分
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−
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◎
☆
1月31日−
順番待ちじゃない。
きっと必ず咲くために。
幻想断片七周年
2000. 1.31.〜2007. 1.30.
掲載 :---日 + 1827日= ----日(--.-%)
休載 :---日 + 197日= ---日
期間計:365日 + 2192日= 2557日
1月30日−
[栞]
「オーヴェル、ごはんよー!」
階段の方から母の声が飛んで来た。温かな食べ物だけが持つ食欲をそそる匂いは、既に下の方がら流れて来ていた。
けれど少女の返事はない。部屋は至って静かだ。
黄昏時を過ぎ、しだいに闇の染み込む薄暗い部屋の中には、本のページを繰る音と、微かな息遣いだけが響いていた。
机の片隅に置いた、ぼんやりとしたランプの明かりを頼りに、今から十年ほど前――のちに若くして〈賢者〉の称号を獲得する
オーヴェル・ナルセン
は、本の奥の世界の虜となっていた。
瞳をまばたきさせると、繊細な睫毛が動いた。長い髪は邪魔にならないように後ろで結んでいた。
間もなく母がゆっくりと木の階段を登ってくる足音が聞こえ始める。そこでオーヴェルは中断の時がきたことをどこか遠くの心で感じ取る。本の中の夢は夢のままで――あるいは現実のままで――もう一つの、オーヴェルが生活している世界の現実が還ってくる。それは夕方に夜が染み込んでくるのに似ていた。
もう一度、母に強く名前を呼ばれる前に、オーヴェルは手元の本から視線をあげ、自分から大きな声で返事をするのだった。
「はーい、いま行く」
開いていたページに、本の中の時間を止めてくれる魔法をかけて――少ししなびたシロツメクサの緑の葉を挟み込んで。
「またあとでね」
本を閉じて、オーヴェルは立ち上がった。いつしか部屋はすっかり暗くなっていて、ランプの明かりが温かく、優しかった。
1月29日−
(準備中)
1月28日−
(準備中)
1月27日−
(休載)
1月26日−
(準備中)
1月25日−
(準備中)
1月24日−
(準備中)
1月23日−
[闇の太陽(1)]
歩くほどに森は深まっていった。木々の葉は幾重にも手を合わせて僅かな光を集め、針葉樹の下枝はどれも枯れていた。日中だというのに、まるで日暮れ後のごとくに少しずつ薄暗さの増す中、地面に生える草はシダ類や苔類ばかりで、それらの匂いを含んだ風は重く湿っていた。シダは成長を遂げ、苔は木々の幹にも繁殖している。時折、見たこともない暗い色をした虫が地面を這っている。多足のもの、ギザギザのもの、体が長いもの、毒々しい朱色が混じったもの、触角が長いもの――。
進むほどに奥へ来ているのが分かる。鬱蒼とした森はなお深まり、既に辺りは夜ではないかと思うほどに暗かった。上下の勾配が緩いのは救いだが、曲がりくねった細い獣道はいつ果てるとも知れずに続いている。草やシダを踏み締める音が規則的に、時々は不規則に響く。それはしばしば、苦しい叫びのように聞こえる鳥の大きな啼き声や、激しい羽音で掻き消される。
「グェー、グェー」
「キェッキェッキェッ」
特に、前触れも無く突然に耳をつんざく怪しげな鳥の叫びは、瞬間的に私の心臓を射て、足を止めさせ、鼓動を速まらせた。
(続く?)
1月22日−
[海峡の調べ(1)]
気まぐれな海峡の風が落ち着いた順風の時は、どこからかバイオリンの音が切れ切れに聞こえてくる――ことがあるらしい。
「今日は、風のご機嫌を損ねたかな」
呟いた僕の声は、甲高い声を上げて疾駆する鋭い突風の群れにかき消された。黒い髪の毛は逆立ち、横に流れ、せわしなく揺れ動いた。ずいぶん離れているけれど、とてもこれ以上近づく気にはなれなかった。何もかも飲み込もうとするかのように海は荒れ、波はぶつかり合って、崖を叩きつける。時折、轟音を立てて崖を打ちつけた波が登ってきて、白い水の壁が弾けた。
(続く?)
1月21日−
(休載)
1月20日−
(準備中)
1月19日−
(準備中)
1月18日−
[境界線]
白いまな板がまぶしい。
良く研いだ包丁を下ろしてゆく。
茶色の四角いケーキを切っていた。
――昔のいちばん良い頃に。
突如、暗転――。
記憶が混濁する。
誰かが声をかける。男の声だ。
「よろしく頼むな」
記憶を――。
暗転。
そこは見知らぬ列車の中だった。
薄暗く、電灯が燈っている。トンネルの中のようだ。
規則的であり、不規則でもある揺れが続いていた。
トンネルの先から光が洩れ出していた。
明るくまばゆいが、出たときに何が見えるのだろう。
しがみつく記憶は夢の奥へ。
体は現実へと引き戻される。
次に覚醒したのは電車のドアが開いたときだ。
そこは降りるべき駅だった。
終列車から出て、立ち止まり、小さく息を吸った。
1月17日−
[交錯と明滅(1)]
薬指の大きさほどしかないスポイトの中身は、暗闇の中で淡く輝いていた。足元も闇だった――が、それは目が馴れてくるとカーペットに見える。数え切れない程の、色とりどりの小さな宝石たちが、一面にきらめいているからだ。
いつものように軽く息を吐き出して、気持ちを一度落ち着けてから、徐々に神経を指先に集中させる。最初が肝心だ。
両眼は足元を見つめる。いま立っている場所は、周りに比べると宝石の数が少なく、闇はいくぶん濃密だった。
利き手の親指と人差し指で挟んでいるスポイトに力を込めてゆく。一粒以上、二粒未満――つまり、ぴったり一粒を落とすには、長年の訓練と勘が物を言う。絶妙な力加減が必要だ。
スポイトを充たした光の中身は少しずつ、だが確実に押し出されてゆく。日の出の頃の太陽のように、膨らんでいった。
実際にはあっという間の出来事だ。ほとんど無意識のうちに、最適な力を指先に込めた。明るい輝きは自らの重さに耐える。
ついに、限界まで膨らんだ光の粒がスポイトを離れた――。
(続く?)
1月16日−
(準備中)
1月15日−
[雲の橋]
その朝、冴えた青空に長い長い雲の橋が架かっていた。一度に見切れないほどの大きさのアーチ橋だ。
丘陵地帯に低い木がまばらに立つ冬枯れの広い野原に立ち、冷たい朝風に厚手の上着の裾をはためかせて、彼は空を仰いでいた。唇のすき間から洩れ出す吐息は白い。
足元の枯れ草は霜の化粧をして美しく、光は低い角度で優しく降り注いでいた。
疲れた首を左右に動かして、彼はぽつりと呟く。
「色のない、虹か」
その言葉に応える者はいなかったが、色も大きさも様々な小鳥たちは、背の低い木の枝を行き交いながら変わる事なくさえずっていて、辺りは静かな中にも賑わいがあった。
彼は再び視線を上げる。
「竜を見たことはないが……」
彼は感嘆した様子で、軽く溜め息をついた。
「伝説の竜はこんな感じなのかな」
雪の冠をかぶった遠い山並みが厳然と連なる枯れ草の野原で、彼はひとりごちる。
「誰だろうな、色を塗らずに伸ばしたのは……」
空いっぱいに架かる優美な白い雲のアーチ橋は、所々でかすれながらも、それは確かにどこかの地上と繋がっていて、遠い場所同士を結び付けていた。
光の加減は微細に変化し続け、早朝の澄み切った時間はしだいに溶けてゆく。朝は、午前という時間に移ろっていった。
虹と似た曲線を描く細長い雲をしばらく見つめていた彼は、誰に語るわけでもなく呟いた。
「ま、あの方が好きな色に塗られるからいいか」
黄色でも青でも紫でも。どんな色にでも塗られる。
いつしか彼の姿も、霧のように溶けて消えていた。
彼の務めである、夜と朝との橋渡しを無事に終えて。
こうして新しい朝は、今日も無事にやって来たのだった。
白い雲の橋のたもとで。
1月14日−
(準備中)
1月13日−
(準備中)
1月12日−
[冬空の贈り物(4)]
(前回)
「スプーンって、何?」
空から目を離し、相手の顔を見つめてレイベルが聞いた。太陽の光を浴びていた湖の厚い氷が、ミシッと鳴る。風が吹く。
ナンナはいたずらっぽく笑った。
「へへへっ、わかるかな?」
喋る間も魔法への集中は途切れさせない。ほうきが落ちて壊れたり、なくなったりすれば、ナルダ村に帰れなくなるからだ。
「う〜ん」
レイベルは腕組みし、ちょっと首をかしげて考えた――再び天のかなたを見上げて。どこまでも深く青く、果ては分からない。
「吸い込まれそう。ほうき、大丈夫かな……」
レイベルは少し小さな声で呟いた。心細くなったようだった。
氷の湖に灰色の影が走る。それは大きな翼をゆったりと動かして、張り詰めた冬空を力強く翔ける鷹だった。太陽の光を背に受けて、一瞬きらめく。新しい風を起こすことのできる羽音と、時折、天を雷のように切り裂きそうな甲高い鳴き声を響かせて。
(続く?)
1月11日−
[冬空の贈り物(3)]
(前回)
「あーっ」
という感嘆の声をあげたレイベルは、まぶしそうに目を細め、額に手を当てて空を仰いだ。その間も樹のほうきは遠ざかってゆく。ずっと見ていると、それは青い空に向かって上がってゆくというよりも、空の深みへ吸い込まれてゆくように感じられた。
深い針葉樹の森の中にひっそりとたたずんでいる、名前もない小さな澄んだ湖に、二人は遊びに来ていた。その湖に注ぐ河は無く、湖から流れ出す河もない。ほうきに乗って高いところから見下ろせば、秋晴れの日にはまるで青い鏡のように見えた。今の季節は凍っているので、宝石のごとく薄青色をしていた。
「ほうき……もうすぐ、スプーンになるよ☆」
口元を緩めて、声とともに白い息を吐き出し、ほうきの行く先をまっすぐに指差してナンナが言った。赤い葡萄酒色のコートに身をつつみ、湖の厚い氷をも溶かしそうな朗らかな笑みを浮かべた少女は、白い雪原に咲いた一輪の春の花のようだった。
「スプーン?」
レイベルは瞳を輝かせ、夢心地で訊ねた。村長の娘で優等生の彼女も、ナンナの魔法にはいつも心奪われているのだった。
(続く)
1月10日−
[冬空の贈り物(2)]
(前回)
ナンナはほうきを手に取り、地面に立たせると、小声で呪文をつぶやいた。詠唱が終わる時、ほうきの柄を天へ押し出した。
「フィリラ!」
すると少女の手袋の指先から小さな白い光が生まれ、明るくきらめいた。ナンナが手を離すと、ほうきは自分で立っていた。
ほうきは、目覚めたばかりのように軽く身震いする。
「ナンナちゃん、どうするの?」
息を切らして、レイベルはナンナのもとに駆けつける。
次の瞬間――。
広い青空に向かって、ほうきは真っ直ぐ飛んでいった。
「いけーっ」
冴えた青空にこぶしを突き上げたナンナは、友に向き直る。
「レイっち、見ててね☆」
ナンナは〈魔法使いの卵〉だ。だが母親が期待していた都会の学院魔法科への進学に失敗し、祖母に連れられてナルダ村へとやって来た。勉強も魔法もだめだったけれど、ナンナには得意なものがあった。本来、とても扱いが難しいといわれる浮遊系の魔法を、十二歳の少女は自在自在に使いこなしていた。
さっき二人を乗せて飛んだ不思議なほうきは、今はナンナの指示でまっすぐ天高く昇ってゆく。奇妙な形の鳥のようだった。
友達の多いナンナだったが、ほうきに三人以上は乗れない。空を飛んで遠くに出かける時は、一番の親友であり、ナルダ村の村長の娘である同級生のレイベルをだいたい誘っていた。
(続く)
1月 9日−
(準備中)
1月 8日−
[冬空の贈り物(1)]
「湖は凍るのに、空は凍らないのかな」
凍りついた湖の上に立ち、真っ青に澄んだ空をあおいで、レイベルがつぶやいた。毛皮のコートに帽子をかぶり、手袋を着けて、ズボンは二枚重ねという完全防寒のいでたちだ。鼻と、薄桃色の健康的な唇からは、おぼろに白い吐息が昇っていた。
「きっと、空も凍るよ☆」
そう言って笑ったのは、黒髪族の多いこの辺りでは珍しい、金色の髪のナンナだった。小さな身体を赤いコートでつつんでいる。手袋や帽子で防寒にぬかりないのは、レイベルと同じだ。
「空も?」
聡明そうな黒い瞳をにわかに輝かせて、レイベルは友達のナンナを見つめた。凍った湖面を、冷たい冬の風が渡ってゆく。
「うん。やってみるね!」
ナンナの行動は早かった。あっという間に湖面を駆け抜けて、短い雪原を進み、湖を囲んでいる森の入口――針葉樹の根元にたどり着いた。そこには一本の古びたほうきが立てかけてある。それは二人がここまで乗ってきた、魔法の乗り物だった。
(続く)
1月 7日−
(準備中)
1月 6日−
(準備中)
1月 5日−
(準備中)
1月 4日−
(休載)
1月 3日−
(準備中)
1月 2日−
(休載)
1月 1日−
冷えた朝だった。池には氷が張り、畑には霜がおり、霜柱が土を持ち上げていた。凛とした澄んだ空気が辺り一面を満たしていた。かといって、必要以上に緊張しているわけではない。
山並みは白く雪化粧し、空は青かった。
祝週――森大陸ルデリアの新年――を迎えた朝、町はどことなく優雅で、ゆったりとして、穏やかだった。それでいて楽しげで浮かれるような、祭りの雰囲気をも含んでいた。ゆうべの騒ぎが嘘のように静まっているけれど、時折、通りには子供や若い女性の歓声、老婆の皺がれた声、男の野太い笑い声が響く。
ちょっと遅めの朝、まぶしい光が奥の方まで差し込むベッドで、小鳥たちの歌声を夢の中のように聴いた。上半身を起こし、彼女は思い切り伸びをする。ゆうべ寝たのは遅かったのだ。
「うーんっ」
こうして新しい年が、真新しい幕を開いたのである――。