凧揚げ 〜
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秋月 涼 |
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「わっ、すごい力!」 ナンナの小さな身体はのけぞり、黄金(こがね)の髪が揺れました。その視線のはるか先には、竹の枠に薄い紙を貼り付けた凧が浮かんでいます。ナンナは合わせた両手に力を込め、しっかりと大地を踏みしめ、一生懸命に凧を操ろうとしていました。 その隣では、友達のレイベルが心配そうにつぶやきます。 「ナンナちゃん、無茶しないでね……」 「だいじょーぶだってば☆」 そのナンナの手には何も握られていません。さらに奇妙なことには、凧の方にも糸は付いていません。それでも凧は風を受けて膨らみ、天の高みを目指して少しずつ昇ってゆきます。あとちょっとで、青空に浮かぶ白い羊雲の群れまで届きそうです。 〜 ・ 〜 ・ 〜 ・ 〜 ・ 〜 ・ 〜 「雪が降るところを近くで見られたら、きっと素敵ね」 レイベルの、その一言が始まりでした。 「そんなの簡単、バッチリ見れるよ!」 魔女の卵のナンナはいつも通り自信たっぷりに言いました。 「本当に? でも……」 さんざん出来損ない魔法に被害を被ったレイベルは、最近、半信半疑です。口ごもった彼女の心の中では、それでも友達を信頼したい気持ちと、隠しきれない不安な思いが混じります。 「凧揚げって知ってる?」 突然のナンナの質問に、レイベルは首を振りました。 「シャムル島から輸入された外国の遊びなんだけどね、ナンナもよくわかんないけど、軽いものを風に乗せて飛ばすの。うちの物置にあったのを、偶然見つけたんだよ! それで雪雲をつかんで持ってくれば、目の前で雪が降るとこを見れるはずだよ」 「その凧っていうのは、どうやって飛ばすの?」 「えへ……それはね。魔女におまかせ☆」 〜 ・ 〜 ・ 〜 ・ 〜 ・ 〜 ・ 〜 「きょっへぇー!」 ナンナは奇声を発し、自分を励まします。レイベルは手を合わせて、ナンナと、風の強い冬空を漂う凧のために祈りました。 実は、あの凧は魔法仕掛けなのです。糸で支える代わりに、ナンナの魔力を細く長く送り込んで、凧の動きを操るのです。 「ダメダメダメぇ! 切れちゃダメ!」 ナンナは目をつぶったり、開けたりして、何とか集中を維持しようとしました。見えない魔法の糸が切れる寸前なのです。 「お願い、もうやめて! ナンナちゃんの気持ちは嬉しいけど、そんなに無理してもらっても、ナンナちゃんに良くないわっ」 「あと、ちょっと……」 凧の頭が、低い雪雲にかかる寸前のことです。 「あっ!」 ナンナのその一言が全てを象徴していました。前向きな彼女には珍しく、驚きと、失望と、無念さに彩られた声色でした。 凧はクルクル周りながら、空の螺旋階段を下りてゆきます。 「ごめーん、糸が切れちゃった。今年、第一号魔法も失敗〜」 すぐに立ち直り、舌をぺろりと出して頭の後ろをかくナンナに、レイベルは抱きつきました。きれいな瞳は少し湿っています。 「ナンナちゃん、ごめんね、変なお願いしたばっかりに」 「どーしたの? 気にしないでね。ナンナももう気にしてないし、魔法の練習になったから助かったよ。今年もよろしくねっ☆」 相手を気遣って元気に言ったナンナから身体を離して、レイベルは涙を拭き――とびきりの笑顔を取り戻して返事をします。 「うん。私こそ、よろしくね」 感動的な場面は、残念ながら長続きしません。 レイベルの真上を目指し、凧が落っこちてきたからです。 「きゃあ、助けて!」 「こっちこっち〜!」 二人にとって、またしても大騒ぎの一年が幕を開けました。 | ||
(了) | ||
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