諜報ギルド

 〜森大陸(しんたいりく)ルデリア・幻想結晶〜

 

秋月 涼 


(一)

 出会ったばかりの頃、夜――宿屋の一階の酒場にて。
 メラロール王国にたどり着いて間もない十四歳(当時)のリンローナは、できるだけ声をひそめて、冒険者の中でも〈盗賊〉という物騒な役割についている二歳年上のタックに切り出した。

「ねえ……タックさん」
 その声と表情はあまりに硬かった。そのため彼女の隣に座っていたタックは、相手の警戒心を解こうとして柔らかく微笑む。
「僕のことは〈タック〉で構わないですよ」
「うん」
 リンローナは小さくうなずいたが、気持ちは晴れないようだ。

 ごくりと唾を飲み込み、覚悟を決めて、彼女は顔をもたげる。
「じゃあ、タック」
「はい。何でしょう」
 タックは相づちを打つと、隣席の小柄な少女が話し始めるのをじっと待った。こう言う時、無理に急かさないのは彼の長所だ。
「あのね、ちょっと聞きたいんだけど、いいかな」
 リンローナは相変わらず不安そうな口調で、再び口ごもる。

 さっきまではルーグとシェリアと談笑していたケレンスが、思いきり聞き耳を立てている。少し酒が回ってきているようだ。
「代わりに答えてやろーか?」
「あの……あたし、タックに訊いてるんだけど」
 リンローナは顔をしかめた。すかさずタックは質問する。
「何か、ケレンスに聞かれてはまずいことでしょうか?」
「へいへい、お熱いこったな」
 ケレンスの方は興味なさそうに、頭の後ろで腕組みをした。
 困ったようにうなだれ、リンローナはタックとケレンスを交互に見つめた。どうも手持ち無沙汰だったので、優雅にカップを持ち上げて傾け、温かい紅茶を口に含む。心の中が安らいでゆく。

「あのね、別にケレンス……に聞かれても困らないと思うよ」
 うっかり〈さん〉付けをしそうになり、話し方がぎくしゃくする。
 補足しても、ケレンスはふてくされて皿の肉をつついている。これ以上引き延ばしても、だめ――リンローナは結論を出す。

 顔を上げ、薄緑色の大きな瞳を輝かせ、少女は素直に言う。
「単刀直入で、失礼だったらごめんね!」
「ええ」
 タックは口元を緩めて了解し、次に続く言葉を期待する。

「タックって、盗賊ってことは……」
 リンローナは再び音量を落とし、囁き声で訊ねるのだった。
「つまり、泥棒さんなの?」
 
 
(二)

 勇気を振り絞って訊ねたリンローナの発言が終わってから一呼吸置いて、抑えきれぬ笑いを我慢するような声が起こった。
「ぷくくっ……」
 それはタックではなく――言わずもがな、ケレンスであった。

 リンローナの方は何だか拍子抜けしてしまい、怒る気にもなれず薄緑の素直な瞳を素早く瞬きしていたが、タックはケレンスの反応を完全に無視し、いつも以上に冷静な口調で答える。
「そう思われるのも仕方ないと思いますよ」
 まずは相手の疑問を溶かすために前置きをする。事実、少女は安堵の胸をなで下ろし、本来の和やかな表情を取り戻す。

「大きな声では言えませんが、このメラロール王国において、盗賊ギルドの位置づけは他国と明らかに違っているのですから」
 タックは口に手を当てて筒状にし、周りの席に洩れないように注意し、序章を始める。リンローナは小さく慎重にうなずいた。

 するとテーブルの対面から興味津々に身を乗り出したのは、リンローナの姉で、やはり外国からやって来たシェリアである。
「私にも教えて頂戴。ちょっと気になってたのよ、そのギルド」
 言い終えてから彼女は振り向き、右斜め後ろの男性を見た。
「ルーグの夢に影響がないか、ってね」

 彼らのリーダーに決まったルーグの念願は、メラロール王国の騎士になることである。だが、今年の採用は終わったばかりとのことで、当分は冒険者として修行を積むよう提案された。
 国家権力に近く、国土防衛や治安維持に従事する騎士にとって、秩序を乱す者は敵のはずだ。泥棒まがいの可能性もあるタックと行動することによって、冒険者が所属する冒険者ギルドに悪い報告がもたらされ、ひいてはルーグの将来に直接的・間接的に影響を与える――それがシェリアの畏れている事態だ。
 ルーグは黙ったまま、すまなそうにうなだれる。

「一応、そこらへん、ちゃんと理解した方がいいと思うのよね」
 全くひるまず、シェリアはお構いなく得意の早口で続けた。

 ルーグが言い出せなかった本音を彼女が代弁したのだろう、とタックは解釈したが、そのような思考は微塵も表に見せぬ。
 突如として話題の渦中となった〈盗賊〉は、シェリアの指摘に相づちを打ち、それが一段落するまで待ち続けた。レンズの抜け落ちて壊れた眼鏡の奥から、鋭く真剣な眼光を発したまま。

 シェリアの唇が閉じられると、その場には緊張感が走る。話を最後まで聞き終えたのち、タックは率直に謝る所から始めた。
「僕としたことが……気が利かずに済みません」
 そして他の四人の注目を集める中、静けさを保ちつつ喋る。
「これから長きに渡り、寝食を共にするとなると、僕がどんな組織に所属しているかの秘密もお伝えしなければなりませんね」

「個人の秘密に、必要以上には介入するつもりはないが」
 今の今まで意見を述べなかったルーグが重々しく口を開く。
「差し支えぬ程度、教えて貰えると有り難い。嫌でなければ」

 そこで割り込んだのは、口を尖らせていたケレンスである。
「気をつけろよ。こいつは結構、こう見えて腹黒いからなァ」

 タックは無言で、自分の余ったビールのグラスをケレンスに手渡しする。効果てきめん、幼なじみの悪友は大人しくなった。
 残ったビールを飲み干すケレンスを横目に、パーティーの会計係に就任したタックは財布を出し、勘定のため店員を呼んだ。

 それから不思議な世界へ誘うかのように、優雅な礼をする。
「では場所を変えるとしましょう。宿屋の……僕らの部屋へ」
 
 
(三)

「今からお話ししますが、その前に一つだけ約束して下さい」
 ベッドに腰掛けて皆の顔を見回し、タックは口火を切った。

 ルーグは冷えた木の床にあぐらをかき、リンローナは壁によりかかって小さく膝をかかえている。シェリアはルーグのベッドに座って細い両脚を色っぽく組み合わせ、だいぶ酒の抜けてきたケレンスは自分の布団に大の字を描いている。ここはルーグ・タック・ケレンスの三人が泊まっている宿屋の男部屋である。
 自らの出した条件に対し、その場の全員が同意するのを確認し――ケレンスは横たわったまま、右足の親指を面倒くさそうに曲げただけだったが――タックは表情を変えず、重々しく語る。
「出来る限り真相を話したいとは思いますが、どうしても言えない部分もあります。それは皆さんが危険な目に遭う可能性を回避するため、とご理解下さい。秘密を知ることで皆さんに迷惑がかかるのは、僕としては何としても避けたいと思っています」
「分かった。では、ともかくまずはタックの話を最後まで聞こうと思う。質問はのちほど、まとめてということで良いだろうか?」
 ルーグが全体的な方針を提案すると反対意見は出なかった。その五歳年上の男と視線を交わし、タックは丁寧に礼を言う。
「ありがとうございます、リーダー。その方が助かります」
「前置きはいいわね。じゃあ始めて頂戴」
 焦れったくなったシェリアが、前髪を掻き上げて先を促す。

「はい」
 タックは返事をし、やがて茶色の瞳をゆっくり閉じていった。
 
 
(四)

 タックは目を開けると、言葉を選びつつ丁寧に語り始める。

〜 ・ 〜 ・ 〜 ・ 〜 ・ 〜 ・ 〜

 ずっと昔から、そのような制度があったわけではありません。

 僕らがいま生活をしているメラロール王国でも、かつては他の国と同じ程度には盗賊団がはびこっている時代がありました。念のために付け加えるのならば、ここで言うメラロール王国とは正式にはメラロール市を中心とするラーヌ公国の地域ですが。

 盗賊団に話を戻しましょう。彼らは秘密裏の徒弟制度を築き上げ、追跡やスリ、鍵開けや罠の設置といった専門技術を培いました。その中には、ナイフ使いやパチンコでの投石などという暴力的なものも含まれます。彼らはボスを頂点とする厳しい階級社会を作り、大きな組織は〈盗賊ギルド〉を名乗ってアジトを作り、対立するグループと裏社会での抗争を繰り返しました。

 珍しいお宝を狙う冒険家の集団もいたのですが――身近な所では空き巣や引ったくりはもちろん、時には無辜の市民が盗賊団同士の抗争の巻き添えを食うこともありました。今では世界一安全な町と呼ばれるメラロール市でさえ、その頃、夜に一人で出歩くには相当の覚悟が必要だったと伝えられています。

 治安の維持に悩んだメラロール王国では色々な案が出されました。まずは市内の兵を増やし、徹底的な弾圧を加えます。それらの取り締まりは一定の効果を生みますが――何しろ敵は逃走や偽装、潜伏のプロです。結局のところ、にわか仕立ての兵隊では歯が立たず、完全な根絶やしには至りませんでした。ほとぼりが冷めると活動再開し、いたちごっこが続きます。

 そんな八方ふさがりの時、一人の若い役人が現れました。
 
 
(五)

 若い役人は奇抜とも思えるほどの案を出しました。

『盗賊団を、盗賊団の取り締まりに使いましょう』

 かつての三帝国時代に〈知の国〉と呼ばれていたメラロール帝国の流れを継ぐメラロール王国は、もともと作戦を練るのが得意なお国柄なのですが、彼の発言はまさにその象徴でした。
 しかし物事は最初から上手く運んだわけではありません。彼の提言はあまりに突飛すぎたため、消えかかろうとしました。
 それを拾ったのは当時のメラロール市助役だった人物です。盗賊団の取り締まりにほとほと困り果てており、どんな愚策だろうが、とにかく藁にもすがりたいほどの思いだったようです。

 助役は、提案者の若い役人を特命の盗賊団対策責任者に任命します。その会議で素案は徹底的にたたき上げられ、最終的には〈知の国〉の面目躍如たる対策案へと発展していきます。
 ちなみにここで言う〈若い役人〉とは、のちに市内治安長官に就任するディラント子爵であることを付け加えておきましょう。

 さて、盗賊団自らを盗賊団の取り締まりに使うとはどういうことでしょうか。考えれば考えるほど矛盾するように思われますが、実はこれこそが最も有効で、かつ有益な手だてだったのです。
 それは盗賊団を分断し、抗争を利用するということを意味します。治安を悪化させる盗賊団を、むしろ治安維持に使うのです。盗賊団を撲滅する方法は、盗賊団が一番詳しいのですから。

 言うのは簡単ですが、いざ実行に移すのは困難を極めます。平民時代の若かりしディラント子爵を中心とする盗賊団対策会議では、最終的な目標から遡り、どう持っていけば一つ一つの問題点を確実に乗り越えられるか激論に激論を重ねました。

『盗賊団の中でも最大かつ最強の集団を、メラロール王国子飼いの治安維持部隊にする。そのためには盗賊団を分断させる必要があり、そのためにはグループ同士の抗争を利用する。抗争を起こさせるため、公認諜報ギルドの奨励金、および治安維持部隊の身分の保証をちらつかせ、王国派と反王国派……』

 ちょっと難しかったでしょうか。ケレンス、あくびをしないで。

 もちろん一つのギルドが力を持ちすぎないように、あらかじめ手を打っておくことも必要でした。そのような巨大で強力な組織が台頭すれば、逆に治安の足かせとなるからです。もはや他に誰にも止められなくなってしまうでしょう。まさに諸刃の剣です。
 対策会議の若い委員たちは熱き意見を交わし、検討を繰り返しました。そしていよいよ、最終的な提言が出されたのです。
 
 
(六)

 予算獲得のため、若かりしディラント子爵は盗賊団対策の責任者として市や王国の財政部局と折衝を繰り返し、必要性と重要性を粘り強く訴えました。ついには市長らとともに当時の国王に謁見する機会を与えられ、謹んで最終報告書を献上します。
 国王は賛意を示され、予算が下りました。思考は実戦の段階へ急速に移ります。ディラント氏に休む暇はありませんでした。

 まずは相手を分断させるため、二番目と三番目に強力なグループを一方的に〈王国公認盗賊ギルド〉に指名します。ここで最強の派閥を指名しなかったのは、いきなり最も強いグループに特権を与えれば、そこが力を持ちすぎて誰も対抗できなくなるからです。そして二番目と三番目を協力させつつ、時には反目させながら、王国側の都合のいいように仕組んでいくのです。

 最初、当然ながら盗賊団のメンバーは上から下まで、王国側の誘いを相手にしませんでした。取り締まる側の、新手の検挙作戦と考えたのです。しかしもともと野心の高い者が集まっている闇の互助組織では、裏切りはつきものです。ディラント氏らは、まさにそのスキを狙い、各個撃破を目論みました。効果はすぐには現れませんが、一人、二人と盗賊団を抜けて王国側に寝返り、密告する代わりに多大な報酬を得る者が現れました。

 鍵開けや罠設置、登攀や追跡、スリなどの特殊技術に留まらず、数々の盗賊ギルドは元締めのボスから末端の少年に至るまで情報収集能力に長けた集団でした。放っておいても、どす黒い血のように噂は深い場所でじわじわと浸透していきます。
 たいていのメンバーは、王国について成功した者を〈サクラだろ〉と無視するか〈裏切り者め〉と敵視します。当然、王国特殊部隊員になった者は大きな危険を背負うことになります――盗賊団全体を敵に回すことになるからです。そのぶん報酬は多く、与えられる装備も充実していました。万能ではありませんが国家という盾もついています。彼らは盗賊団討伐の任を負い、仲間を誘ったり秘密情報を王国側に洩らせば臨時収入がもらえました。そして重要なのは、彼らが盗賊団の内情を良く知っていたことです。ディラント氏が予言した、盗賊団には盗賊団をという逆説的な作戦が功を奏す時がいよいよ到来したのでした。

 かつて所属していた盗賊団との争いで命を落とす者も決して少なくありませんでしたが、自分の利益を冷静に考えた結果、王国特殊部隊員という正式の身分を保証された上に給金の確約があるのならば、盗みよりも割がいいと考える者も現れました。かつて鉄の団結を誇っていた組織のタガが緩み始めます。
 最初のうちは〈王国公認盗賊ギルド〉に指定された二つの集団から、まるで水滴が垂れるように個々人で秘密裏に王国側へ志願するのが普通でした。しかし、それがある程度大きなうねりになると、指導力の極めて高い一部のボスに集まった忠誠心の高いグループを除いて、盗賊ギルドはおおむね崩壊へと突き進みます。大量離脱と分離独立、下克上による混乱は、王国側から〈公認ギルド〉に指定された派閥だけでは済まず、最大勢力から小規模集団まで、内と外から激しく揺さぶりました。
 
 
(七)

 盗賊ギルドと公認ギルド間の抗争は熾烈を極めました。相手のやり口を知っている者同士が、専門的な手段で一歩出し抜こうと争うのです。死傷者は双方に出ました。しかし、その影響で民衆が盗みや殺人の犠牲になることは格段に減ったのです。

 その頃になると、話は〈対策委員会〉の権限の範疇を越えています。委員会は発展的に解消し、あとは王国治安担当の上層部が直接に指示を与えるようになりました。同時にディラント氏は出世し、そのまま担当局のメンバーに格上げされました。

 権限は拡大され、次々と新しい施策が打ち出されます。
 だいぶ公認ギルド員が増えたため、いくつかのグループに再編します。敵の首領や要人を捕まえたり人材を引き抜いたり重要な情報を入手した場合などに、各グループ単位で報奨金を出すことにしました。ギルドのグループを競わせ、グループ内においても相互に見張らせ、集団責任を取らせる形にしたのです。

 これらの案をまとめたのもディラント氏だと言われており、氏にはいつしか護衛が付けられるようになりました。組織をズタズタにされた盗賊団からしてみれば、ディラント氏は敵の中枢の一人だったのです。逆恨みですが、まあ仕方はないのでしょう。

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 その辺りから、公認ギルドは暗に〈諜報ギルド〉と通称されるようになります。もともとの〈盗賊ギルド〉と区別するためです。
 ただ、盗賊ギルドのメンバーを示す〈盗賊〉という呼称はその後も生き残り、代用となるべき〈諜報員〉は浸透していません。

 僕も盗賊と名乗っていますが、そういう組織に属す者と考えてもらって構いません。話の流れから察して頂ければ幸いです。

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 では、僕らはどういう任を負っているのか、説明できる範囲でお教えします。ここではまた例のディラント子爵が登場します。

 ディラント子爵は〈情報〉というものに着目しました。かつてマホジール帝国が魔法の情報網によって世界の半分を治めたことを知っていましたし、盗賊ギルド員の従来からの情報収集能力の高さに着目したのです。諜報ギルドの方は荒くれた盗賊ギルドとは異なり、王国の潤沢な資金をつぎ込んで特別な教育が施されました。メンバーが情報を集め、集めた情報を駆使して戦いを優位に進める。知の王国、メラロールらしい作戦です。

 いまでは各市町村に諜報ギルドの出張所が設けられ、ひそかに情報交換を行っています。諜報ギルドの暗躍で盗賊ギルドはほぼ壊滅しましたが、各地でおかしな動きがないか調べ、さらなる治安維持を図るため――住民の不満をひそかに吸い上げるため、僕らは影の集団となって任に当たっているのです。

 大丈夫ですよリンローナさん、怖がらなくても。ごく普通に暮らしている一般市民の皆さんに迷惑をおかけすることは、まずありません。むしろ、それを防ぐための情報網なのですから。必要もなく無辜の市民を脅したり、事情聴取することもありません。
 相互互助であり相互監視組織である諜報ギルドは、そんな輩を許してはおきません。自由な発言の出来ない、息苦しい国家になってしまいますからね。僕らの原動力は常に愛国心です。

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 市民からは諜報ギルドへの税金投入に反発も出ましたが、実際に事件は減り、しだいに黙認する形となっていったようです。つまり、治安維持の特殊部隊として理解を頂けたわけですね。

 かつての盗賊ギルドの中で、戦いだけが取り柄の危険分子の一部は、より危険な暗殺者ギルドと呼ばれる地下組織へ移動したようです。その壊滅も、僕らの重要な任務の一つです。

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 以上、諜報ギルドと〈盗賊〉について、ご理解頂けましたか?
 
 
(八)

「何か質問はありますでしょうか?」
 タックは声の調子を親しげに変えて、仲間たちを促した。
「ふーん」
 腕組みたまま、シェリアは首を動かさず、声だけで相づちを打った。直後、しなやかな脚を組み替え、思いきり伸びをする。
「んーっ!」
「……」
 彼女の妹のリンローナはタックの話を全般的に回想しながら、物思いに耽っていた。盗賊団の血で血を洗う抗争を頭の中に描き、寒気がするかのように一瞬だけ身を震わせたが、すぐに手を組み合わせて口元に近づけ、犠牲者のために祈りを捧げる。
「ふむ」
 重々しくうなずいたのはリーダーのルーグだ。
「じゃあ、騎士になるっていうルーグの夢に影響はしないってわけね。むしろ、メラロール王国側ってわけ……ふぁーあぁ」
 確認するように呟いたシェリアは、そのまま大あくびをする。

「リンローナさん」
 突然、タックに声をかけられ、少女ははっと気がついた。緑色の澄んだ瞳を素早くしばたたき、不思議そうに首をかしげる。
「うん? なあに?」
「そこのお水を頂けませんでしょうか」
「あ、これ……わかった!」
 ぬるくなってしまったが美味しい井戸水が半分ほど入っている縦長のガラスのビンを両手で慎重に支えて引き寄せ、少しずつ傾けてタックのグラスに注ぐ。部屋には清々しい音が響いた。
「はい、どうぞ」
「ありがとうございます」
 リンローナから受け取ったグラスの中身を舌の上で転がし、喉に染み渡らせ、タックは長きに渡って喋り続けた渇きを癒した。
 わずかの後、彼はせっかくの水を吐き出しそうになった。
「じゃあ、タックは〈いい泥棒さん〉なんだよね?」
 もちろんリンローナの台詞であった。

「げほっ、げほっ。ま……まあ、そうである、とも言えますね」
 タックはむせてしまい、肺のあたりを叩きながら苦しげに応えた。シェリアはぷっと吹き出し、真面目なルーグも頬を緩める。
 一方、リンローナは勢いに乗って素朴な疑問をぶつける。
「うーん。悪い泥棒さんに狙われたりしないのかなぁ?」
「冒険者として地方に赴けば、盗賊自体の絶対数が少なくなります。確かに、都の盗賊の中には地方に落ち延びて山賊や海賊になったものも若干います。そのかわり僕の仲間の諜報部員も各地にいますから、何かあった時には守ってくれますよ」
「そっか……」
 リンローナが納得した時、シェリアが再びあくびをする。
「ふぁ〜らぁ。私、そろそろ限界だわ」
「あたしも眠くなっちゃった」
 リンローナも瞳をとろんとさせ、睡魔に半分やられている。

〜 ・ 〜 ・ 〜 ・ 〜 ・ 〜 ・ 〜

「この話は、くれぐれもご内密にお願いしますね。脅かすわけではありませんが、面倒な揉め事になるのは避けたいですし」
「ああ。約束しよう」
 タックの念押しに、ルーグは右手を差し出した。二人は固い握手をする。シェリアは目で同意し、彼女の妹は無言でうなずく。
「あと一つ。町に着くと酒場で情報交換をしますが、そういう時はそういうものだと考えて、ほったらかしてもらえれば嬉しいです。有力な情報があれば入手しますが、地方の面倒な話に深入りしたり、皆さんの損になるようなことはしません。絶対に」

〜 ・ 〜 ・ 〜 ・ 〜 ・ 〜 ・ 〜

「それじゃね」
「おやすみなさい」
 シェリアとリンローナは姉妹連れだって自分たちの部屋へ戻っていった。タックは軽く寝床を整え、ランプを消す準備をする。

 ケレンスは寝息を立てており、ルーグは彼に毛布を掛ける。
 メラロール市の夜はこうして平和に更けてゆくのだった。

(了)



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