ナルダ村の二月

 〜森大陸(しんたいりく)ルデリア・幻想結晶〜

 

秋月 涼 


「最近、鉢植えが元気がないの……」
 櫛で整えた黒髪を揺らして首を垂れ、村長さんの娘のレイベルは溜め息をつきます。ようやく雪はやんだけれど、外はどんより曇っています。ここ数日、彼女は太陽の光を見ていません。
 こんな雪だらけでは鉢植えが元気がなくなるのは仕方のないことでした。おまけに、北国のナルダ村はとても寒いのです。
「まかせといてっ。すぐ元気になるよっ☆」
 いくぶん気軽すぎる口調で言い放ったのは、レイベルの学友のナンナです。少しカールした金の髪が目立つナンナは十二歳で、南の国からやって来た転校生です。実は魔女の孫娘で、ちょっとした魔法を使えます――いつも失敗ばかりなのですが。

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「これ、これっ。これでもうバッチリだよ☆」
 ナンナが自分の家の物置から見つけてきたのは、スズメの家にちょうど良いくらいの大きさの、古びた四角い茶色の木箱でした。不思議なことに、ふたもなければ底も抜けています。箱というよりは〈角張った筒〉という方がふさわしいかも知れません。
「ナンナちゃん、無理しないでね」
 今までが今までなのでレイベルは不安そうな様子でしたが、ナンナの指示通り、恐る恐る筒の中に鉢植えを入れました。

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「大地の力よ、天と仲良くなる裏切り者のこの箱を、遠いお空の彼方に届けて。地下水を吹き出すように……ラーグリアン!」
 ナンナとしては珍しくスラスラと呪文が言えたのは、箱に呪文を書いた紙が貼ってあったからです。まさに棒読みでしたが、その詠唱を横で見ていたレイベルは、いつものようにうろ覚えのメチャクチャな呪文よりは、何だか期待できるように感じました。

 ナンナが両手をかざすと、橙色の光が出ました。その直後、筒の下の地面がにわかに動き始め、丸く盛り上がりました。
 するとどうでしょう。
 突然、筒は跳ね上がるようにして、ものすごい勢いで天高く昇っていきます。反対向きの氷柱(つらら)のように立ち上がった地面が、筒を支える長い長い土台となって、天と地をつなぐ橋になろうとしています。ナンナは照れくさそうに頭をかきました。
「あっ……成功しちゃったかも。どう、レイっち?」
「すごいわ、ナンナちゃん!」
 レイベルの方は曇り空の彼方を見上げて、感嘆の叫びをあげました。木の幹のように伸びてゆく土の柱の先は見えません。

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 雲の向こう側の青空へ鉢植えを連れてゆき、光をあびせる。
 アイディアを考えるだけでなく、実現するのがナンナです。

 だいぶ時間が経ってから、小さな魔女は呪文を唱えました。
 すると茶色の架け橋はどんどん縮まり、土の中に帰ります。
 いよいよ例の筒が見えてくると、二人は歓声をあげました。

 待ちきれずに飛び上がり、背伸びをしました。
 そして少女たちは首を突き出し、覗き込みます――。

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「レイっち、ほんとにゴメンねっ……」
 普段は元気印のナンナですが、足取りの重い帰り道でした。
「ううん、ナンナちゃんはぜんぜん悪くないわっ」
 レイベルは精一杯、友達を慰めようとします。けれど彼女自身もかなり落ち込んでいるようで、話が途切れると溜め息ばかり出てしまいます。村のどこを見ても積もっている雪の深さは進路をはばむだけでなく、心まで冷たくのし掛かってくるようでした。

「空の上って、とても寒いところなのね」
 レイベルがぽつりと洩らしました。
「また明日、別の方法を考えよーよ。ねっ?」
 と、元気を振り絞って呼びかけたのはナンナの方です。レイベルは顔を上げて応えました。村長さんの家はあとちょっとです。
「うん。ありがとう……それじゃ、また明日ね」
「バイバーイ!」

 二人は立ち止まり、手袋をはめた右手を振って別れ、それぞれの家路を急ぎます。吐息は薄暗い空に溶けていきました。

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 戻ってきた鉢植えは、花びらも、がくも、くきも、根も、葉っぱも――鉢植えの土までもが白くカチカチに凍っていたのでした。

(了)



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