始まり 〜
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秋月 涼 |
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「あんた、冒険者になるって意味、わかってんの?」 十八歳の姉は呆れ果てて叫んだ。ここはモニモニ町のとある屋敷の居間であった。四角いテーブルを囲んで、父、長女、次女の三人が腰掛けている。テーブルの脇には若くして亡くなった美しい母の似顔絵が小さく飾られ、その場を見守っていた。 「……」 船長の父は苦しげな表情で、下を向いて押し黙っている。 その時、必死の形相で口を開いたのは十四歳の妹だった。 「お姉ちゃん、あたしにだって想像力はあるよ。全部は分からないし、ちっとも楽だとは思ってないけど、それでも、あたし……」 「分からず屋! いつから、あんたはそんなになったわけ?」 姉は身を乗り出し、目を見開き、相手を脅すように言った。彼女としては、自分と恋人との旅を邪魔されたくなかったのだ。 「お父さんのこと、しっかり考えてんの? 私が出てくだけじゃなくて、あんたまで出てったら……それに学院はどーすんの?」 姉の追及はある意味当然であったし、予想の範囲内だった。妹は一瞬たじろぐが、自らの決意に従って、体勢を立て直す。 「もちろん、お父さんのことは悪いと思ってるよ。でも、あたしの直観が、今しか無いって告げてるの! どんなに辛くても、旅に出なきゃいけないんだって……あたしのワガママ、今回は分かってもらたいんだ。悪いけど、学院は休学にしてもらって……」 「何のたわごとを言ってんのよ。これまで学院の学費、誰が払ったと思ってんの? お父さんが貿易船を率いて、世界を……」 姉は紫色の瞳で睨み、きつく唇を結び、四つ下の妹に迫る。 それでも、ここが正念場とばかり、妹も引かないのだった。 「分かってる。そんなのは、あたしだって分かってるよ。でも、分かんない……あたしだって分かってるし、なのに旅に出たい気持ちは止まらないんだもん。分かんないよ、分かるけど、分かんない! だって、どんな困難があろうとも、やってみたいの!」 その気迫に押されて、姉は驚き、まじまじと妹を見つめた。いつも穏やかで、家庭的で、姉に対しても反抗することの無かった妹の初めての〈反乱〉に、どう対応すべきか戸惑っていた。 鼓動が痛いほどの、緊張の刹那の刻が流れ……。 次に重々しく言葉を発したのは、黙っていた父であった。彼はゆっくりと顔を上げ、次女の薄緑色の瞳と視線を合わせ、苦しげに――けれども決然とした大人の言葉遣いで応えるのだった。 「君の意志は分かったよ、リンローナ。思う存分やりなさい」 「お父さん……」 感じやすい妹は瞳を潤ませ、憤懣やる方ない姉は怒鳴った。 「お父さん! それでいいの?」 「ああ。旅というのは私の生活と似たようなものだ。その想いとて、私の血を確かに引いたという証拠だろう。行きなさい、リンローナ。ただし、自分で決めたことを、後悔してはいけないよ」 乾いた夜風が薄いレースのカーテンを撫でて、行き過ぎる。 「うん……あたしのワガママ、聞いてくれて、お父さん……」 後は言葉にならなかった。妹は泣き崩れ、両眼を手で覆う。 姉だけが一人、腕組みし、苦々しい顔で宙を見つめていた。 〜 ・ 〜 ・ 〜 ・ 〜 ・ 〜 ・ 〜 ――それすら、今となっては一年も前の出来事である。 | ||
(了) | ||
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