食材クエスト 〜
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秋月 涼 |
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「セリカさん、あなた本当に大丈夫ですか?」 学院の〈生活科目〉の先生に念を押されたセリカ・シルヴァナは、分かっているのかいないのか、正面を向いたまま応えた。 「たぶん大丈夫だと思っちゃってます」 〜 ・ 〜 ・ 〜 ・ 〜 ・ 〜 ・ 〜 「お買い物〜」 言いながら、早歩きでもなく駆け足でもない微妙な〈小走り〉を保ちつつ、セリカはしだいに日の暮れかかる放課後のセラーヌ町を、驚くほど規則正しい速さで直線的に進んでいた。黄金色の髪を後ろに垂らし、黄緑の星の模様を散りばめた白っぽい七分袖のブラウスを着て、焦げ茶の膝下のスカートを穿き、リボンがついているお気に入りのベルトで細い腰回りを束ねている。 メモを見つつ、一人言を呟きながら瀟洒な通りの左側を進み続けた十七歳の少女は、緩いカーブを曲がった角にある入口の広い大きな店の前で、何の前触れもなく突然に立ち止まった。 棚ごとに整頓されて、籠の中には残りわずかになった緑や赤の野菜や、色艶の良い果実が幾分無造作に並べられている。 「らっしゃい」 金の髪を短く刈った目つきの鋭い中年の男がぬっと現れる。 ――そこは行きつけの八百屋であった。 〜 ・ 〜 ・ 〜 ・ 〜 ・ 〜 ・ 〜 「野菜ばっかりだな、嬢ちゃん、野菜炒めでも作るのかい?」 言われた品物――細長くて赤っぽい、煮込むと甘くなる野菜や、独特の苦みがある緑色のもの、この地域で採れる丸いネギなど――を袋に入れ、数年前に店を継いだ店主は訊ねる。 「はい。学院に持っていくようなのかも知れません」 セリカは彼女独特の妙な言い回しで応えた。八百屋は言う。 「嬢ちゃん、野菜炒めの手順は完璧かい?」 親爺は馴れた手つきで袋を手渡し、反対の手でお代を受け取った。会計はしめて六ガイト半、割合と良心的な価格設定だ。 「……で、完成だと思っちゃってます」 セリカは簡潔に、野菜炒めの一般的な作り方を喋った。 伝統のある八百屋を父から継いだ店主は、真剣にうなずく。 「おう。基礎は分かってるみたいだな。可もなく不可もねえが」 「確か今日、学院で習ったばかりなのかな、と思ってます」 「そーか、それで今晩さっそく作って、明日持ってくんだな」 すると少女の眼鏡の奥の青い瞳が、にわかに激しく瞬いた。 「そう……ですか? そう、だった、ような……そうです」 セリカが口の中でモゴモゴ言っているうちに、別の客が現れ、店主は対応に追われた。彼女は何となく釈然としないまま帰途につく。日は沈み、東の空から少しずつ闇の幕が降りてくる。 「気のせいか、大切なことを忘れてしまった気がします」 確認するように口に出して言ってはみたものの、思い込みの激しいセリカは自力で正解にたどり着くことが出来なかった。 〜 ・ 〜 ・ 〜 ・ 〜 ・ 〜 ・ 〜 その翌日。 「まあ、セリカさん、貴女は私の話を聞いていましたか?」 野菜炒めを持ってきたセリカに、先生も生徒たちも仰天した。 「昨日習った作り方で、野菜を炒めると思っちゃってますけど」 セリカが落ち着いて自らの見解を述べると、先生は嘆いた。 「本日の調理演習でやる予定でしたのに、貴女という人は!」 「あ、調理演習……忘れてましたけど、今、思い出しました」 彼女が無表情に言うと、場の空気はどんより曇るのだった。 | ||
(了) | ||
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