現夢素描 〜
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秋月 涼 |
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雨上がりの朝だった。野原の草も木も花もしっとりと艶やかに濡れて、くきや葉に涙の宝石のような雫を浮かべ、雲間から降り注ぐ眩いばかりの光に優しくきらめいている。気温はかなり下がり、唇の隙間から洩れる吐息は白く、地面に近い場所をもやが漂っていた。不純物のない澄み切った風は冷たいけれども清々しく、身体を撫でて吹き抜け、心の中までも透明にする。 濡れた草を踏みしめて、一匹の雄の野ウサギが現れた。脚の毛が湿るのも気にせず、彼は疾駆する。しなやかで引き締まった全身の筋肉が機敏に動き、大地を蹴り、草の波を掻き分け、走り、走り――突如、長い耳を立てて停まる。大きいつぶらな瞳で野原の様子を注意深く観察し、硬い髭をピンと伸ばす。 再び動き出した彼の姿は見る見るうちに遠ざかり、後ろ姿は枯れ草の絨毯に覆われた森の果てへと消えてゆくのだった。 天を仰げば雲間に蒲公英色の空が拡がっている。翻って視線を落とせば、足元の浅葱色の花がゆうべの雨にしおれている。 薄い霧がかかる中を、背の低い細身の誰かがやってきて、野原に影を落とす――草で編んだ籠を持って幻のごとく歩き始めたのは苺狩りの少年だ。彼の金の髪は朝陽に照り輝き、くたびれた服装とは裏腹に、頭だけは黄金の彫像のように見える。世界が飼っている小鳥の唄が朝の誉れを頌え、高く響いている。 かつては世界の中心として栄えたマホル高原であるが、帝都マホジールから街道を南西に下り、ルドン伯爵領まで来ると多くの自然がありのままに残されている。東、南、北の峻険な山並みを背景に、遠くまで見渡せる高原のなだらかな土地が続いている。西側は町となっており、伯爵の居城である古びた砦と尖塔がそびえ立ち、屋上に掲げられた国旗が風にはためく。 雨が降るごとに、空に貼り付けられた限りなく薄いガラスの氷は一枚ずつ溶けていって――木々の落葉のように――そしていよいよ厳しくも気高い孤高の乙女、冬の空が見え隠れする。 それらの全てが、秋の終わりの切なくも美しい情緒である。 | ||
(了) | ||
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