白昼夢

 〜森大陸(しんたいりく)ルデリア・幻想結晶〜

 

秋月 涼 


 昨日は太陽が顔を出して、小川の水もぬるみ、根雪を溶かしました。なじみのお店へ買い物に出かける時、予想以上の陽射しの強さに驚いて、薄手のコートを着ようか迷ったほどです。
 ところが今朝は粉雪が舞い飛び、厚い氷が張りました。澄んだ青空に代表される、冬という名の安定した古風で頑固な一枚岩は、春の空気に当たって風化し始めました。せめぎ合う季節は押しつ戻りつしながらも、少しずつ次の段階へ移ろいます。

 細かな名残雪は、音もなく降ってはやみ、降ってはやみ、を繰り返しています。空を埋め尽くす雲は、雪や氷と同じように、日に日に薄くなっています。幻なのか目の錯覚なのか疑わしいほどの、ささやかな粉雪が消えると、時折、か弱い乙女のように儚く美しい、奇蹟のごとく淡い神秘の陽射しも垣間見えます。

 わたしは窓辺に立ち、ぼんやりと外を見ていました。鼻から洩れた生の息がガラスを白く変えてしまい、外の粉雪をより一層、曖昧なものに変えてしまいます。暖炉の炎はパチパチと爆発し、激しくも円やかに、そして艶やかに、短い命を全うします。
 厚い窓ガラスが何度も曇るので、わたしはその度ごとに手近な布で拭き取るのでしたが――キュッキュと音を立てて――少し放っておくと、すぐに水滴がつき、大粒の涙となって滑り落ちます。内包していた春が幾つも芽吹こうとし、卵の殻のように壊れてゆく冬の、それは涙のようにさえ、わたしには思えます。

 温かくなりかけた後の寒さは、身に堪えます。今日はきっと、なじみの〈すずらん亭〉の娘さんたちも遊びに来ないでしょう。

 こんな日の午前中に、わたしは長い夢を見ます――ひどく現実的な問題として、空腹感を覚えるまで。わたしは想います。
 わたしは望みます――あの薄墨色の雲が一掃され、虹の橋ならぬ雲の橋が現れて、やや煙った青空の下地を背景に、粉雪ではない花びらの吹雪が舞う光景を。桃色の花びらの雪を。

 わたしは窓辺に立ち尽くし、微睡みの白昼夢に溺れます。

(了)



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