草木の町 〜
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秋月 涼 |
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背の高い白樺の林を縫って、心地よい風が流れてゆく。風は木々の葉をかすめて流れ、波のようにざわめきが立ち、きらびやかな木洩れ日は刻々と姿を変える。それはどんな魔法でも見ることができない、不思議な安らぎに充ちた素敵な景色だ。 「ふぅーっ」 宿屋の次女の十四歳、中肉中背のシルキアは立ち止まって胸を開き、口を開けて思いきり深呼吸した。右手には、さっきまでかぶっていた白い帽子を持っている。その帽子は彼女の汗で少し湿り、琥珀色の髪の毛が一本だけ付いていた。白を基調とした七分袖の夏物のワンピースは、襟元に小さなレースの付いている可愛らしい服で、シルキアはきれいなうなじを露わにし、泥が付いているやや使い古しの焦げ茶の革靴を履いていた。 「気持ちいいのだっ……」 姉のファルナは額に手を当てて、森の木々を見上げた。麦わら帽子をかぶり、今日は汚れてもいいような長袖の青と白の格子柄のブラウスと、紺色のズボンを履き、靴は妹とお揃いだった。ファルナは妹と三歳離れていて、背丈は頭一つぶん高い。 「森も、あたしたちと似てるのかも知れないね。お姉ちゃん」 急にシルキアがつぶやいたので、心を解放してぼんやり白樺の梢を仰ぎ見ていたファルナは、はっとして聞き返すのだった。 「えっ?」 「だって、この風って、きっと森の息づかいだよ」 空気には適度な湿り気があって、木々の根元には緑色の苔が生えている。山菜をはぐくみ、地味で花びらは小さいけれども赤く色づいた山の花が足元に寄り添うように咲いている。鳥たちは枝を渡りながら重層的に歌声を響かせ合い、小さな羽虫が飛び交う。地を這う足の多い虫たち、シダ植物、きのこ――。 急な坂道や滑りやすい道、細い道や迷い道、そして最も危険な熊など、気を付けないと危ないことはあるけれど、姉妹の顔は森の中で晴れ晴れとしていた。楽しい想像は膨らんでゆく。 冷たく透明な湧き水のせせらぎを指さして、シルキアが言う。 「ほら、水を飲んで大きくなるし」 すると姉は少し考えてから、落ち着いた口調で返事をする。 「ファルナは、オーヴェルさんから聞いたセラーヌ町のことを考えてたんですよん。セラーヌ町は、ラーヌ河の中流にあるから」 「うん、知ってる」 妹は呟き、それからお気に入りのワンピースの裾が汚れないように注意しながらしゃがみ込んで、帽子を脇の下に挟み、両手を合わせて下へ差し出した。清々しい音を立てて小さな流れの水を掬い、指の隙間から少しずつこぼしつつも持ち上げて、口に注ぎ、喉を潤した。純粋な水が身体に染み込んでいった。 「河の水を飲んで、落ち葉を食べて。森だって、あたしたちと同じなのかなぁ。春に目覚めて、冬に眠って……熊と似てる?」 再び立ち上がったシルキアは、手の水を払いながら語った。 一方、姉は草や木に話しかけるような穏やかな口調で言う。 「小鳥さんは、森の喉? 木々の葉は髪の毛、それとも帽子? 背骨は……樹の根? 土はたぶん、身体だと思いますよん」 「こわーい熊は、森の眼なのかも知れないしね!」 シルキアはほとんど明るく――ほんの少しだけ自嘲気味に笑った。彼女の琥珀色の瞳は悪戯っぽい光を浮かべ、瞳と似た色をした艶やかな前髪が折からの爽やかな風に揺れ動いた。 「花も木も、それぞれ頑張って咲いたり、伸びたりしてる。草や木も、人も、森も、町も……みんな、仲良しになれるかな?」 いつになく神妙に訊ねた妹に対し、姉は明快な答えを出す。 「ファルナたちは、もうとっくに、森さんと友達なのだっ」 次の瞬間、シルキアは姉の屈託のない笑顔を見つめて、まばたきをする。それからほっと息を吐き出し、素直に聞き入れた。 「そうだよね……きっと」 その言葉に姉はしっかりとうなずき、一言だけ忠告をする。 「シルキア。せっかく新しい服を作ってもらったのは分かるけど、森に来る時は動きやすい格好の方がいいのだっ……お母さんも言ってたけど。よそ行きじゃない方が、友達らしいですよん」 さっそく、森の〈友達〉談義をダシに、ファルナは注意した。 するとシルキアは素早く白い帽子をかぶり、ほっそりした白い腕を高く掲げて、森じゅうに大きな声で呼びかけるのだった。 「友達だからこそ、お気に入りのお洋服を見せたいんだよ〜」 その声に反応したのか、いくぶん強い風が通り抜けて、木々の枝と葉を揺らし、ざわめいた。鳥たちの合唱は盛り上がる。 ファルナは感激に充ちた声で、静かに言葉を紡ぐのだった。 「ここは、草木の家が立ち、動物や虫が住む町ですよん……」 | ||
(了) | ||
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