夕餉前のひととき 〜
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秋月 涼 |
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「メラロールの都市なんて、そんなに数は多くないんだよな」 ケレンスは胸を張り、タックに目で合図を送りながら言った。 「そうなんだ?」 「ふーん」 リンローナは相づちを打ち、シェリアは気のない返事をする。 ルーグは声に出さず、ゆっくりとうなずいた。 タックの返事がないので、ケレンスは敢えて呼びかける。 「なあ?」 「まあ、そうですね。では具体名と位置を言ってみて下さい」 古くからの相棒を試すように、タックは何の感情も籠めない口調を装って語った。ケレンスは背中と脇の下がじっとりと湿るのを感じながら、慌てず、思い出した順番に挙げていくのだった。 「北がミグリだろ、で、東がセラーヌ、中央にメラロール、近くにラブール、そんでもって……南の要がオニスニってな感じだ」 「〈ラーヌ三大候都〉ではメレーム町が抜けてますが……まあ、ケレンスにしては合格点をあげても差し支えないと思います」 タックが淡々と評価すると、ケレンスは肩の荷を下ろす。が、改めて友の言葉を吟味し、不満そうに口を尖らせて詰め寄る。 「要するに、合ってるってことだろ?」 「さすが詳しいね」 リンローナは場を収めるため、素直に感想を洩らした。するとケレンスの表情はぱっと明るくなり、彼は額の汗を手で拭う。 「まあ、自分の国だからな」 「別にすごくはありませんよ。一般常識です」 頭の後ろで手を組み、飄々とつぶやいたタックを、ケレンスはさも悔しそうに、睨む訳でもなく苦々しげに見据えるのだった。 ケレンスに助け船を出したのは、リーダーのルーグだった。 「そういえば、シェリアとリンローナは、町中には詳しいのだが、地理はあまり得意ではなかったような記憶があるのだが……」 「そうねぇ」 今度はシェリアがすぐにうなずいた。その姉の言葉を聞き終わってから、リンローナは首を傾げつつ、思い起こすのだった。 「うーん。細かいところ……料理とか町の様子は良く覚えてるんだけど、地図上でどこかっていうのは弱いかも知れないなぁ」 「一般的に、そういう傾向は存在しているのかも知れませんね。僕らだって、おおまかな計画は僕らが立てて、細かな肉付けをシェリアさんとリンローナさんにやってもらっている気がします」 「そうそう、それは言えてるぜ」 ケレンスは元来の調子の良さを取り戻して、タックの発言に便乗した。リンローナは指折り数えながら、明るい口調で言った。 「泊まるところの雰囲気とか、お料理とか、大事だよね〜」 そして姉の方に向かい、同意を求めるべく訊ねるのだった。 「ね、お姉ちゃん?」 「まあね。特に料理は大事よね」 うなずくシェリアを見て、ベッドに腰掛けている他の四人は思わず吹き出した。シェリアは顔を赤らめて、取り繕うのだった。 「な、何よ。一番大事なことじゃない、ごはんが」 〜 ・ 〜 ・ 〜 ・ 〜 ・ 〜 ・ 〜 その時、部屋のドアにノックの音があり、話は中断される。 「どうぞ」 シェリアが言うと、ドアが開いて宿のおかみさんが顔を出す。 「お食事ができましたので、冷めないうちに下にいらして下さいね。こちら、男性のお部屋はどうです? 良いお部屋でしょう」 「ええ」 ルーグが応えた。ケレンスは立ち上がりながら、つぶやく。 「さあ、お待ちかねのごはんだぜ!」 部屋の雰囲気はさらにもう一歩、和らいだ。他の仲間たちもベッドに手をついて勢いをつけ、立ち上がる。シェリアは思いきり顔をしかめた風を装い、口元だけに笑みを浮かべて拳を堅く握り、ケレンスを殴るふりをして宙を素早く空振りするのだった。 | ||
(了) | ||
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