四ヶ国会議の背景 〜
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秋月 涼 |
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マホジール帝国に属しているリース公国は、西海に面した小さくも豊かな農業国家と思われがちである。しかしながら、かの国は複雑な歴史を経ていた。年月がめぐり、時は満ちて、いま再びルデリア世界の近隣諸国から熱い視線を注がれている。 [歴史] 自国内の内乱に破れてメラロールの都を追われた、かつての〈メラロール帝国〉の皇帝は、残った軍を何とか取りまとめて自らの版図の南端であったリース町へ撤退した。だがそこで、彼は以前から冷ややかな関係にあったマホジール帝国と、新生のメラロール王国とに南と北から挟まれる形となってしまった。 そこで皇帝と側近は考えに考え、ぎりぎりの議論を重ねて、誇りを捨てて異国マホジールの軍門に下ることで命脈を保とうとした。あとはマホジール側がそのような無謀な提案を受け容れるかどうかだったが、結果的は成功する。マホジール帝国領のリース公国が誕生するに至り、美しき風車の町リースは戦火から免れた。新生メラロールと、マホジール・リース連合の両軍はオニスニ河畔で向かい合ったが、矛先を交えず共に退いた。 マホジール帝国は理解に苦しむ外交施策が多い。かつて広すぎる版図を持ち、もはやそれに匹敵する力も意志もなく、支配者から民衆までに蔓延する〈諦め〉によって、属国の離反と国家の縮小を繰り返してきた。頽廃の国家と言われるが、属国であったミザリアやシャムル、南ルデリア共和国のの独立時に軍事的行動を起こさず、しかも頑なに新国家を認めようとしない。 [民族] 現在のリース公国は、もともとメラロール系の国家の一部であったことは[歴史]の説明の際に触れた。そのためリース公国の民族構成は、メラロール王国と同じく北方民ノーン族となっている。親国家マホジールはウエスタル族が主であり、異なる。 [内部事情] 前代のリース公爵が五十代半ばで急死した後(これについては未だに暗殺説が絶えない)、リース公国の指導部は混乱した。公爵の直系の子供は、二十歳のリィナ公女しかいなかったからである。傍系の男性公爵を後釜に立てる話もあったが、争いを避けるために当面は公爵の座を空席とし、リィナ公女が公女の地位のままで公爵代行を務めるという形に落ち着いた。 リース公国は、政治的な中心地であり農村に影響力を持つリース町の他に、西廻り航路上にあって貿易の中継点となっている港町リューベルが都市としての力をつけてきている。リューベル町の新興商人たちの考えは、南ルデリア共和国と相通ずるものがあり、それらの勢力は決して無視できなくなりつつある。 [周囲の思惑] 豊かな恵まれた土地を持ち、文化も秀でているリース公国を虎視眈々と狙っているのは、今や世界最大の国家となったメラロール王国と、誕生して間もないが波に乗っている南ルデリア共和国である。両国は、隙や機会があればリース公国をマホジールから引きはがし、自国の傘下に加えたいと欲している。現状はまだ露骨な交渉はせず、互いに牽制し合っているような状態で、両者はリース公国への尊敬と対等な関係を強調する。 メラロール王国としては、もともと同じラディアベルク王家の血を分けたリース王家には親近感を抱いており、しかも住民もメラロールと同じノーン族が主である。かつて内戦で争った両者であるが、勝者のメラロール側は今やほとんど気にしておらず、秘かにノーン民族とラディアベルク王家の統合を目指し、外交官が暗躍している。他方、敗者のリース側の思惑は複雑だろう。 リース公国の南に位置する南ルデリア共和国には膨張指向があり、南東はミラス、そして北西はリースが狙われている。 南ルデリア共和国はマホジール帝国と同じウエスタル族が多く、たとえリース公国が南ルデリアの属国となったとしても、民族的な問題での大きな混乱はないだろうと踏んでいる。また南ルデリアの支配層が本当に欲しがっているのは、内陸のミラス町よりもむしろ港のあるリューベル町であり、リューベルの商人と結託しようという動きも見られる。彼らの多くは紳士的だが、中にはリース公国の東西分割も辞さないという強硬論もある。 これまで、遠国の属国の独立には黙認的態度を取ってきたマホジール帝国であるが、帝都マホジールから自国領のみを通って海に出られるのは目下のところリューベル町しかなく、リース公国の動向はお膝元の死活問題である。近年、属国のウエスタリア自治領が南ルデリア共和国として独立した際にも煮え切らない態度を取り続けたマホジール帝国が、喉元に槍を突きつけられた時にどのような反応を見せるのかは、注目に値する。 そこに絡もうとしているのが平和を標榜する南国のミザリアである。他国の内政干渉を良しとしない島国のミザリアであるが、このままリース公国が食われて国家力学のバランスが崩れれば、いつか良くない結果が現れることを非常に懸念している。 ミザリア国に、リース公国に関する直接の利害関係はなく、もちろんのこと妙な野望もない。これまではリースとミザリアはそれほど仲が良い国家というわけではなかった。だが、ミザリアの経済を支える香辛料貿易では南ルデリア共和国を通ってメラロールに至る西回り航路が最重要のため、何とか国家の枠組みは現状維持を保ち、戦を極力回避したいのが本音である。 [四ヶ国会議] ミザリアが提唱し、これらの当事者を集めてリューベル町で開催しようとしているのが、通称〈四ヶ国会議〉である。当事者のリース公国はマホジールの属国であるため数に含めず、マホジール帝国、メラロール王国、南ルデリア共和国とミザリア国の各国の精鋭外交官が集う。表向きは〈リース公国の次期公爵に関する提言〉と、今後の助力等について意見調整をするのが目的だが、いかに自国に都合の良い同意を引き出せるか、各国の思惑が絡み合っての複雑な駆け引きが懸念されている。 | ||
(了) | ||
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