思惑 〜
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秋月 涼 |
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町の〈焼き栗屋〉からは栗を焼く香ばしい匂いが漂っている。 「秋の終わりィ〜、葉っぱが落ちますワ〜♪」 突然、メラロール市の街角で立ったまま即興で歌い始めたのは、年齢不詳の女性だった。小さな木の弦楽器にバンドを付けて斜めにかつぎ、ポロポロと指先で奏でながら高らかに唄う。 「何だ、吟遊詩人か」 荷物をかついでいた男がギョッとして立ち止まった。 「私の観客も、落ち葉のように減りまァす〜♪」 真面目なのか不真面目なのか――妙な歌が商店の壁に反響し、大通りの遠くまで届けられた。歌い手の女性は旅にくたびれた革のマントを身にまとい、フードをかぶっていた。その姿は確かに誰がどう見ても旅の吟遊詩人であり、吟遊詩人はこの町では少なくないのだが、女性は珍しいので目を引いた。 「あっ、メリミール女史」 分厚い本を小脇に抱えた通りすがりの少女が足を止める。 「あの人の知り合いかい?」 干し豆や干し果物を満載したカートの間から表に出てきた乾物屋の老人が、白い口ひげを動かしながら嗄れ声で尋ねた。 「いいえ。昨日アルミス様の宮殿の前で見た方です」 少女の答えに対して、顔や手に深い皺が刻まれていて自らが干物の一種であるかのような乾物屋の店主はうなずいた。 「ほう。それにしても良い声じゃな」 〜 ・ 〜 ・ 〜 ・ 〜 ・ 〜 ・ 〜 「だけどォ〜、気分は上々なの〜♪」 その間もメリミールの唄はゆったりと続き、しだいに盛り上がっていった。他にも子供や青年、若い女たちが立ち止まった。 「何かしら、あの唄」 「変なオバサン!」 「でも歌唱力はすごいですな」 「歌詞は滅茶苦茶だけどね」 人々はメリミール女史を半円状に取り囲んだ。彼女の後ろには〈焼き栗屋〉があり、食欲をそそる匂いを振りまいている。 「なぜかしら〜、なぜかしらァ〜♪」 吟遊詩人の唄の問いかけに、観客らは一様に首をひねる。 「わかんない」 「そんなもん、分かるか」 そう言いつつも何かを期待している雰囲気が広がっていた。 木の葉を散らす晩秋の涼しい風が通りを駈け抜けていった。すると〈焼き栗屋〉の香ばしさも見えない尾を伸ばすのだった。 ポロロン、と楽器を爪弾いてから、吟遊詩人は息を吸った。 「秋は、美味しい食べ物が、増えるから〜♪」 メリミール女史の答えは、秋の空高く吸い込まれていった。 「はぁ?」「え?」 観客たちが一斉に叫んだ。大きく膨らんだ疑問は、すぐに諦めの溜め息に代わり、次にしらけた雰囲気が辺りに蔓延した。 メリミール女史はそこですかさず即興の歌詞を紡ぐのだった。 「例えばぁ、それはぁ、焼きマロン〜♪」 観客たちは愚痴を呟き、メリミール女史の半円の包囲を解きながら、今度はなぜか〈焼き栗屋〉の前へ一列に並び始めた。 「つまらん唄を聞いたから腹が減った」 「そうね」 「栗でも食べて、帰ろうぜ」 ところで吟遊詩人はおもむろに楽器を片づけると、何食わぬ顔で〈焼き栗屋〉の裏口に入っていったが、特に誰にも気づかれなかった。通りがかりの人の中には店の行列が気になって新たに並ぶ者も出始め、続いた列はなかなか短くならなかった。時ならぬ繁盛で〈焼き栗屋〉の主人はてんやわんやとなり、表の大通りから裏の小道の方まで香ばしさが流れていった。 客が掃けた後で〈焼き栗屋〉の主人は心の底から機嫌が良さそうな笑みを浮かべ、二十ガイトの銀貨を相手の掌に載せた。 「ありがとう。俺の思惑は大成功だ」 「ど〜ゥも〜」 宣伝費の銀貨と、おまけの焼き栗を受け取ったメリミール女史は、今宵の宿屋を目指して夕暮れの大路を歩いていった。 「私の思惑も大成功でしたわ」 生きるためには意外としたたかな一面も持つ彼女であった。 | ||
(了) | ||
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