2000年10月


2000年10月の幻想断片です。

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気分   ×


 10月31日− 

 太陽をまぶしそうに追い続けていたヒマワリも、あわい闇の中、今はこうべを垂れて、夢の中の太陽を追いかけている。
 


 10月30日− 

 光の輪を描き、七人の小妖精が踊っている。木の葉が舞い、草笛の音が高らかに響き渡っている。
 その様子を、幹の間から、熊の子が覗いていた。
 


 10月29日− 

「取り戻せない〈いま〉だから、私たちは〈いま〉を過去として記憶し、記録してゆく。時の川を流れ去った膨大な水、それを手の平に掬いとったのが、すなわち歴史書。その厚みは、小さな〈いま〉の積み重ねなのだ」
 午後一番の歴史の講義が始まり、ナミリアは早くも、次々と襲いかかる睡魔と格闘していた。
 


 10月28日− 

  歌声を風に乗せれば。
 ネミラは宿屋を出て。
  唄ってくれるよ、風もまた。
 秋風に吹かれ。
  響きわたるよ、通い合うハーモニーが。
 ふと思った。
  あの空の向こう岸まで。
 


 10月27日− 

 木々が腕を伸ばしたトンネルは、森の奥深くへ続いてる。湿った空気、独特の香りが辺りを満たしている。
 ――ちょっとだけ怖いけど、なんだか楽しみ。きっと、まだ誰も知らない世界が待ってるはずだよ……。
 ファルナとシルキアはしっかり手をつなぎ、ときどき顔を見合わせながら、一足ずつ歩みを進めていった。
 


 10月26日− 

 潮風を全身に受け、大海原を割って、大きな帆船が進む。あごひげがトレードマークである若き船乗りのナホトメは、船の先端に立って陸の方を見つめている。近づいては離れる岬と、ひなびた海辺の村が見渡せる。空の上では、帆船と同じ速度で、白い雲が流れていた。
 


 10月25日− 

 秋魚が跳ねる湖のほとりを、旅の行商人はゆく。彼が巡るのは、侯都セラーヌ、森の町リーゼン、歌の村アネッサ、そして雫の谷。集落と集落の間は一軒もない。
 あるのは、たったひとつ……麗しき森だけだ。
 


 10月24日− 

 細い川からは朝靄が立ちのぼる。青い髪のリアラは、川沿いの小道をまっすぐに歩いてゆく。やがて彼女は丘の上に出、遠い海を遙かに望むこととなるだろう。
 


 10月23日− 

「これはね……〈ゆめ〉という名の花なんですよ」
 デリシ町の山奥に、カーダ氏の研究農園がある。その一つである夢幻畑で、カーダ氏の若き助手テッテは、幼い少女二人を前にして易しい説明を続けていた。
「紫色のかわいらしい花でしょう。これはみんな、誰かの心の花なんです。誰かの心の中で夢が育っていくと、この花がきれいに咲くんですよ」
「すごいねー」
 少女のうちの一人、ジーナははしゃいでいた。他方、リュアは真面目な顔で、テッテに質問を投げかけた。
「この中には、私の〈ゆめ〉の花もあるんですか?」
「ええ、もちろんですよ」
 テッテは眼鏡の奥の瞳を和らげ、優しく応えた。
 


 10月22日− 

「玉ねぎはね、最初、思いきり縦に切るの。今度は、その切った面を下にして置いて、また縦に切る。それから今度は横にして、二、三回切れば、ちょうどいい大きさになるんだよ。こうして、こう……ほらねっ!」
 聖術学院に通っていたころ、リンローナは料理クラブに所属していた。料理の腕は、誰もが認めるほどの実力者。しかも技術を独占せず、質問には快く答えた。
「ラサラ先輩、どうもありがとう!」
「いつでも聞きに来てねっ」
 すると、間髪入れず、別の方からお呼びがかかる。
「ねえリンローナぁ、ちょっとこれ教えてくれない?」
「はーい、今、行きます!」
 彼女の周りには、いつも人だかりができていた。そんな忙しい状況でも、必ず美味しい料理を作り上げた。
 幼い頃に母を失くしてから、リンローナは積極的に家事と関わってきた。その結果としての技術だった。
「でもね、あたしのお母さんの手作り料理は、ほんと、ほっぺたがとろけちゃいそうだったんだよ……」
 リンローナは目線を下げ、声を小さくして語った。
 


 10月21日○ 

 麻里の小学校で、芋掘りがあった。一ヶ月に一度くらいの割合で、雑草を抜いたり、肥料を撒いたり、手入れを続けてきた学校農園。今日は嬉しい収穫の日だ。
「こんな奥の方から、おっきいのが出てきたよ!」
 どろんこの手も気にせず、麻里は思いきり叫んだ。
 


 10月20日○ 

 秋の空は高いけれど、手を伸ばせば届きそうだ。
 ルーグがそう思って腕を掲げようとした、その時。
 肘の辺りに温もりが覆いかぶさってきた。何者かが、彼の筋肉質の腕をつかんだのだ。そのタイプの温もりを良く知っていたので、ルーグはゆっくりと振り向く。
「何やってんの?」
 聞き覚えのある高い声が耳元で響く。そこには彼の予想を越えた、シェリアの弾けるような笑顔があった。
 彼は腕を伸ばし、その温もりの素をつつみこんだ。
 


 10月19日− 

「ねえエミリア。このお花、名前は何というの?」
 今年、二十一になったクリス公女は、とても気さくなお姫様だ。教養があるうえに、相手のことを自然と気遣え、しかも聞き上手。話し相手としては申し分なく、いっしょにいると楽しくなる人である。
 侍女のエミリアは、瞳を輝かせて応えた。
「はい、これは〈玲瓏〉と申します」
「ありがとう。とても品のあるお花ね」
 クリス公女は丁寧に礼を述べ、興味深く花を眺めていたが、しばらくして顔を上げ、エミリアと向き合う。
「私たちも、このお花、育てましょうよ。そして、お城にいらっしゃった来賓の方々に贈るの。きっと、シャムル町のいい思い出になると思うわ」
「は、はい! すぐにご用意いたします」
 歩きだそうとした侍女を引き留め、公女は言った。
「急いでないから、ゆっくりでいいからね、エミリア。あなたは色々なことをしてくれるから、私、本当に感謝しています。お花の件は楽しみに待ってるわね」
「はいっ、頑張ります!」
 やがて城の敷地の一角に、新しい花園が作られた。
 


 10月18日− 

 風の森を知っていますか。
 リース町から日の出の方角へ向かって、いくつかの峠を越えると、その場所が見下ろせます。風の妖精・セルファ族が静かに暮らしている、美しく幸せな森です。
 この季節、セルファ族の妖精は、ひとすじの秋風となって野山をめぐります。そして、夕焼けを溶かした絵の具で、花水木の実を優しい色に塗り変えるのです。
 湖のほとりで休んでいるのもいます。のどの渇きを癒したり、銀の長い髪の毛をすすいだり、どこまでも透き通る水面(みなも)を眺めたりしています。
 今の風……。
 もしかしたら、セルファ族かも知れませんね。
 


 10月17日− 

 湖面に落ちた一滴のしずくが、同心円状の波紋を描きながら、どこまでも広がっていく。それと似ていた。
 摩訶不思議な光景に目を見張る。ルーグが植えた〈ひかりごけ〉は、洞窟の壁を伝わり、闇を伝わり、じわりじわりと増えていく。空洞と空虚さとが、自然の灯で塗り替えられ、村人たちの歓喜の声が沸き起こった。
 


 10月16日○ 

「陽の当たりかたが、ちょっと変わってきましたね」
 月光の神者ムーナメイズ・トルディンは、誰に言うわけでもなく、ひとりつぶやいた。彼が住んでいるのは、ノーザリアン公国の中心地であるヘンノオ町だ。晩秋は北国の盆地を一足早くおとずれ、色づいた木々のこずえは、まるで焔の精霊が宿ったかのようだった。
 明け方、広場の噴水に群がるスズメたちの声が、秋の空気の内側で高らかに響きわたっている。その音楽を聞きながら、ムーナメイズは大きく伸びをした。
 


 10月15日△ 

「十八ガイト!」
「もう一声! おやっさん頼むぜぇ」
「うーん……これ以上はウチも厳しいんだが……これでホントに最後、十六ガイトでどうだァ?」
「思いきって十五!」
「わーった、じゃあ、これも付けて二十ぽっきりでどうだ。これ以上は俺も負けらんねぇ!」
「買った!」
「よっしゃ!」

 ズィートオーブ市の露店街は、今日も威勢がいい。
 


 10月14日○ 

 とんぼを乗せ、コスモスを撫で、木の葉を塗り替え、安らぎを振りまいて、秋の風が吹き抜ける。
 


 10月13日○ 

 夕陽の丘のてっぺんで、シャンとレイヴァの兄妹は大きな樹に寄りかかり、見はるかす。山と海に挟まれた細長い町が東西に広がり、その向こう――方向的には南側――には、エメラリア海岸の長い砂浜が伸びている。
 由緒あるエスティア家が代々統治し、ルデリア大陸随一の観光地として名を馳せている、この美しい町。
 人はここを、マホジール帝国ミラス町と呼ぶ。
 


 10月12日− 

 月がこぼした光の粉を集めて、砂時計をつくろう。これから進んでいく夜道を優しく照らしてくれるから。
 


 10月11日− 

 白い帆は潮風を孕んで大きく膨らみ、歓声がひときわ大きくなる。船長が敬礼をし、船員はキビキビとした動作で錨をあげる。帆船が緩やかに海を滑り出す。
 船長の視線の先はただ一点に注がれていた。病気がちの妻と、幼い二人の娘。彼女たちも、夫であり父である船長の姿を長いこと視界の内に留めていた。
 ――。
 しだいに薄れゆく往時の記憶を胸に呼び起こしつつ、あれから十年経ったリンローナは仲間に語った。
「あの時の気持ちは、複雑だったなあ……無理やり言葉で表現するなら、何とも言えない寂しい気持ち、かな。あたしは、まだちっちゃかったけど、直感したの。もう当分、お父さんには会えないんだなあ、って」
「小さくても、そういうのって分かるんですねえ」
 タックは慎重に言葉を選び、興味深そうに応じた。
 


 10月10日△ 

「うれしい!」
「気持ちいいのだっ!」
 風が吹き抜けると、すすきの穂が順番に首をかしげ、また首をもたげる。その、すすきの波の中を、ファルナとシルキアは思いきり駆けていく。どこからか赤や黄色の葉が流れ来て、実りの季節を優雅に祝福した。
 


 10月 9日△ 

 ぼろぼろの表紙と、ほのぼのした表紙絵が涼風に揺れる。シルリナ王女とレリザ公女、二人の目の前に、夢にまで見た〈物語〉があった。侍女からひそかに借りた貴重な一冊だ。政治や歴史や礼儀作法の勉強ばかりしてきた二人にとって、庶民の読む〈物語〉は憧れだった。
「じゃ、開けるね……」
 レリザ公女が期待に満ちた声でささやき、その隣でうなずいたシルリナ王女の心臓は高鳴っていた。
 


 10月 8日− 

 メラロール王国を南北に縦断する街道沿いにグーリ村がある。温かい陽射しの下、村はずれのりんご園では、茶色の髪をきゅっと束ねた背の高い少女が、鼻歌を唄いながら器用に赤い実を摘んでいく。少しずつバスケットが重くなり、やがて彼女は腰を下ろし、息抜きする。
「こんにちは。今年の獲れ具合はどうです?」
 通りがかりの商人に声をかけられ、彼女は応じる。
「あ、よかったら食べてみて下さい。おいしいよ!」
 商人は遠慮せずに受け取り、ほおばる。独特の甘酸っぱさが口の中に広がり、彼は故郷を思い出して瞳を閉じた。少女は微笑んで立ち上がり、再び作業を始める。
 空は徐々に色を変え、雲はゆっくりと流れていった。
 



 10月 7日△ 

 風邪ひきのリュナンの部屋から、一本の樹が覗く。
「こんな日に散歩したら、気持ちいいだろうな……」
 樹の周りでは秋の風が舞っていた。その中には、たくさんの精霊がいて、緑の葉っぱと戯れていた。色を塗り替えたり、小さなハサミで枝から切り離したりした。
 リュナンはそんな光景を描きながら眠りに沈んだ。
 


 10月 6日− 

 長い一分は、短い一秒の数珠繋ぎ。
 長い一時間は、短い一分の数珠繋ぎ。
 長い一日は、短い一時間の数珠繋ぎ。
 長い一年は、短い一日の数珠繋ぎ。
 長い一生は、短い一年の数珠繋ぎ。

 ……やっぱり一生は短い。
 


 10月 5日− 

 涼しい風の出所を求め、二人の少年がルデリアの森を行く。折しも月夜で、光の細い筋が注ぐ。枝を離れた落ち葉が風に身を任せる。少年たちも時に身を任せる。
 


 10月 4日○ 

「夢を信じたい」

 まぶしい太陽 さあ旅に出よう
 かっこ悪いクルマ乗って走り抜ける まっすぐに

 流れ去る時も 新しい明日も
 みんな全部 今の僕を形作る 宝物
 
 疲れたのなら 休んじゃおう
 無理して頑張るより のんびり生きよう

 青い空が待っている
 ほんとの自分に すぐ会えるから

 叶わぬと諦めても 何も残らない
 夢を信じたい
 


 10月 3日− 

 枯れてしまった心の花園に、一輪の花を植えよう。絶やさずに水をあげよう。未来への手紙を育てよう!
 


 10月 2日△ 

 夕暮れの空に三日月が架かる。星たちのステージが静かに始まる。赤い陽に照らされ、紅い葉は舞い飛ぶ。
 そして何もかもが燃える秋の夕暮れ。
 


 10月 1日△ 

 これからの季節、樹々はお日様のまねごとをする。
 広葉樹は向陽して昂揚し、黄葉から紅葉へ……。