2000年11月


2000年11月の幻想断片です。

曜日
気分   ×


 11月30日− 

「今日は赤いのを拾ったんだ」
 と言って、シルキアは赤い葉を出した。
「ファルナは黄色ですよん」
 姉のファルナは黄色の葉を持っている。
 これらの葉を、二人は本に挟んで押し葉にしている。緑から黄色、そして赤へ……二人の大切な収集物だ。
 


 11月29日△ 

「あ〜あ、なんで私だけ……」
 咲子が大好きな星座も、今はくすんで見えた。自分の気持ちなんか誰も分かってくれやしない。自分のことなんか、誰も見てくれやしない。咲子は嘆いた。
 涼しい夜風が吹き、咲子は窓を閉めかける。
 と、その時……。
 


 11月28日− 

 天をゆく白い雲が、潮吹きするクジラに見えた。
「空クジラだね」
 それを見るたび、レイヴァは思い出すのだった。
 海モグラがくれた、小さくて懐かしい冒険を……。
 


 11月27日− 

 朝露の中に、一粒だけ混じっているんじゃよ……。
 婆さんはそう言ったきり、瞳を閉じて口をつぐむ。

 あの広大な森で、どうやって本物を見つけだす?
 不思議な魔力を秘めた、銀水晶のひとしずくを。

 俺が途方に暮れていると、横のタックが手を打つ。
 全員の視線がタックに集まり、やつは語り出した。
 


 11月26日○ 

「また来年まで、お別れだね」
 放課後の帰り道、小学二年生の麻里はつぶやいた。その視線の先には、葉を散らせてゆく柏の木がある。
「ゆっくり休んでね。おやすみ、柏さん」
 


 11月25日△ 

「ねえ、ミラーさぁん、夕飯おごってよー」
 こうやってシーラに抱きつかれると、ミラーはすぐに陥落してしまう。ミラーはいちおう魔術師だが、シーラの誘惑は魔法以上の効果を現すので、防げない。
「……仕方ないなー」
 財布の中身と相談したミラーはこう応える。出費を抑えることが出来たシーラは、もちろん大喜びだ。
「ミラー、大好きっ!」
「喜んでくれて、僕も得した気分だな」
 どこまでも人の良いミラーであった。
 


 11月24日− 

 風の感触が、優しくなりましたね……。
 彼女は心の中でつぶやく。眼下には果てしない森が広がり、その中を河が蛇行しながら進んでいる。彼女の銀の髪が秋風にたなびき、憂いを含む清き瞳が瞬かれる。亜熱帯のフォーニア国では紅葉が起こらず、見渡す景色は森の碧と空の蒼ばかり。その風景は夏の間と大差ないように見えるが、空気は確実に秋だった。
 着物の長い裾に、猫と栗鼠が混じりあったような不思議な生き物が頬を寄せる。彼女はそれを抱き上げ、テラスを後にした。魔幻の塔は再び静寂の中へ隠される。
 夢幻の神者ファナ、夢の中に生きる女性(ひと)。
 


 11月23日− 

 現在では南ルデリア共和国の南東に位置する、リンドライズ平野からエメラリア海岸にかけての温暖な地域には、かつてマホジール帝国の庇護の下、二つの小国が栄えていた。一つは内陸のメポール町を都とするリンドライズ侯国。もう一つがエスティア家領のヒムイリア侯国で、ヒムイル河の河口にあるヴァラス町に都を置いていた。これらの小国は南ルデリア共和国の発足期に次々と編入され、森大陸ルデリアの地図上から姿を消した。
 さて、現在はどうか。メポール町はやや斜陽化の傾向が見られるものの、依然として陸路交通の要衝である。もう一方のヴァラス町は、ミラス町(エスティア家が治めている)との連携を深め、ミザリア国との貿易を開始して商業が発達するなど、ますます栄えている。
 


 11月22日△ 

「あたいとは逆なんだねぇ」
 あたいらは、寒くなると毛が増える。なのに、あいつらは、寒くなると毛を落とし、暑くなると緑の毛を増やすんだ。涼しくなってくると毛の色が黄色になる。
「変な生き物も、居るもんだねぇ……」
 もやの漂う冷えた朝、老いた猫は背中を丸め、一枚二枚と葉を落としてゆくイチョウの樹を見つめていた。
 


 11月21日× 

 ここはミザリア海に浮かぶ〈妖精の島〉と呼ばれる孤島である。森の中の小枝を避けながら飛んでいるのは、小妖精族で十一歳になったばかりのリッピーだ。
 彼の趣味は、いたずらに尽きる。突然、落ち葉の竜巻を起こしてメルファ族の少女を驚かせたり、草を急激に成長させて蜜蜂の行く手を遮ったり……。
「さぁて、今日は何してやろう?」
 好奇の心を沸騰させ、リッピーは今日も空を行く。
 


 11月20日△ 

 夏祭りも、緑の草原も、今は遠い過去へ……。
「どんどん降ってくるのだっ!」
 窓の向こうを見つめていたファルナが、嬉しそうに叫んだ。綿のかけらのような粉雪が、ふわありふわりと、空の果てから北風に乗って舞い降りてくる。
 部屋の中は暖炉のおかげで過ごしやすく、窓ガラスはすぐに曇ってしまう。それを何度も布で拭きながら、ファルナは茶色の瞳を大きく広げ、飽きることなく白い天使たちを眺めていた。地面では、色とりどりの落ち葉のじゅうたんが、純白に塗り替えられてゆく。
「おねーちゃーん、スープ作り手伝ってよぉ!」
 奥の厨房から妹の声がしても耳に入らず、ファルナはしばらく窓のそばから離れなかった。こうしてサミス村は、長い永い雪の季節を迎えたのだ。
 


 11月19日− 

 エルヴィールは古都と呼ぶのに相応しい。かつて栄えたゴアホープ公国の公都は、いまも世界的な文化都市として成長を続けている。古き良き伝統を守り、新しき賑わいを吸収する。この二種類の流れがぶつかり、文化という名の川は大きく膨らんでゆく。このような傾向は、メラロール市やモニモニ町など、文化や魔法研究の栄えている町の共通項といえよう。
 本町に滞在し、ぜひ本町の良さを体験して欲しい。

(エルヴィール町を紹介するパンフレットから引用)



 11月18日− 

 サンゴーンは浜辺に腰を下ろし、行き交う波を目で追い続けていた。波は色の深みをいくぶん増している。
 ――秋の海は、楽しかった夏の頃の思い出に耽っているみたいですわ。そう、まるで私のように――。
 やがて波は凪ぎ、風は止み、暮れてゆくのみだ。
 


 11月17日− 

 ルデリア世界のどの町にも一つはある、背の高いレンガの塔。これは避雷針ならぬ〈避魔針〉であることが多い。誰かが魔法を悪用し、町の中に魔源物質が溢れようとした場合、それを察知し、魔源物質を吸い取って魔法を骨抜きにしてしまう。それが〈避魔針〉の役割だ。
 これにより、魔法の犯罪や事故が防がれている。
 


 11月16日△ 

 朝の空気はひんやりとして気持ちよかった。南ルデリア共和国は秋の真っ最中である。ズィートオーブ市の並木は色づき、風が吹くたびに黄金色の渦を起こす。その渦の中を、リュナンは足取り軽く歩いていた。
「健康なのって、いいなぁ!」
 病み上がりの身体が、新鮮な秋へ心地よく溶けていった。あの角を曲がったなら学院は目と鼻の先だ。
 


 11月15日− 

 ねずみ色の空から雨がこぼれ出す。セラーヌ町の目抜き通りは、しだいに濡れていった。背負い袋から雨合羽を取りだしたタックは、おもむろに着込む。リンローナは、ちょうど見つけた雑貨屋で古びた傘を買った。
「ねえケレンス、入りなよ」
 雨足が強くなり、リンローナは横のケレンスに傘を差しだした。雨対策の装備は完璧なタックも奨める。
「こんな所で風邪ひくと困りますし」
 しかしケレンスは、面倒くさそうに首を振っただけだった。そんなケレンスに傘を差してあげようと、リンローナは必死に背伸びする。彼女は少し声を荒らげた。
「ねえ、ねえ。傘、ほんとに要らないの?」
「……わあったよ、俺が差せばいいんだろ?」
 ケレンスは少し恥ずかしそうに言いながら、リンローナの傘を奪い取り、空に掲げた。リンローナは微笑みながらケレンスの傘の下に潜り込み、感想をつぶやく。
「えへっ。なんか恋人みたい……」
「馬鹿言え!」
 ケレンスは語調を強めて怒り、顔と耳を赤く染めた。隣で見ていたタックは、さも嬉しそうに笑っていた。
 


 11月14日△ 

 ある冬の晩でした。外はしんしんと冷え込み、大粒の雪が降り続いていました。でも家の中は温かです。おばあさんは暖炉の前で、揺り椅子に腰かけ、編み物をしていました。しばらくの間、パチパチという火の粉の弾ける音だけが、家の中の音のすべてでした。
 トン。
 ドアを叩くような音がしたのは、そんな時でした。きっと、積もった雪が屋根から滑り落ちたのだろうね。おばあさんは編み物の手を休めませんでした。
 トン、トン。
 二回目のノックが鳴り響きました。確かにノックの音です。おばあさんは編みかけの手袋を足下に置き、立ち上がって首をかしげました。こんな寒い夜に、誰がわざわざ訪ねて来たんだろうねえ。
 トン、トン、トン。
 三回目です。おばあさんは不思議そうに腕を組み、厚い上着を羽織ってドアの方へ歩き出しました。
 


 11月13日− 

「俺さあ……」
 一枚の葉は楕円を描いて舞い降り、苔むした大木の幹の匂いが風に流れる。うるさいほどの静寂の中、切り株から立ち上がったケレンスは口ごもった。一気に話すことの多い彼にしては珍しい沈黙だったので、相手のタックは真顔になった。
 ケレンスは親友を見つめ、ゆっくりと語りだす。
「冒険者になりたいんだ」
 それを聞いたタックは、ケレンスと目を合わせようとしない。やがて大きく伸びをして、それから少し息を吐き出し、真面目な声でぽつりと応えた。
「それで、出発はいつにします?」
 何もかも悟りきったような返事だった。ケレンスはそれを予期していたようで、満足そうにつぶやく。
「お前との腐れ縁は、まだまだ続きそうだな……」
 こうして二人の若者の旅立ちが決まった。
 


 11月12日○ 

「ひとつひとつ増えてく、星を眺めていた〜」
 これはアネッサ村の歌会で詩人ローディが唄ってくれた歌だ。もちろんローディのように上手くは唄えない。だけど、リンローナはしっかりと心を込め、夕焼け空に向かって唄った。憂鬱になりかけていた気持ちが、不思議なことに、少しずつ自然と和らいでいく。
「たくさんの思い出、ありがとう〜」
 遠くで鳴いていた鳥の声が途切れ、草原は静まる。
「今日よ、おやすみ……」
 リンローナの歌の余韻だけが辺りに溶けていった。
 


 11月11日− 

 すすきの穂は砂色の波と化し、潮風の代わりは秋の匂いを含んだ涼風です。日暮れとなれば、空気の表面まで凪ぎ、夕陽色に染まったたように感じます。
 秋という名の海は、日ごと深みを増してゆきます。
 


 11月10日− 

 肩にかかるくらいの黄金色の髪を揺らし、ウピは月曜日のミザリア市街を歩いていた。今日は商人下積みの仕事もお休みだ。売る側から買う側になるわけである。花屋に八百屋、魚屋に薬屋、服屋に小物屋。あちこちから声がかかり、ウピは色々な物に目移りしてしまう。財布と相談し、値段交渉し、欲しい物を手に入れる。
「心のモヤモヤの解消は、これに限るっ!」
 午後からは、友人であるレイナとルヴィルと合流する予定だ。こうしてウピの楽しい一日が過ぎてゆく。
 


 11月 9日○ 

 フォトスは山奥の村である。日増しに涼しくなる夕べ、ノンは空から降りてくる白い光の粒を見つけた。
 あら、もう粉雪の季節が来たのでしょうか……。
 ノンは薄いコートを羽織り、闇迫る外へ踏み出す。
 粉雪の正体は、ほのかにまたたく一匹の蛍だった。
 


 11月 8日○ 

 イラッサ町、丘の中腹、木陰にて。南国の陽射しは、秋となっても芯の強さを失わない。もぎたての桃色の実は水っぽく甘かった。太陽が薄雲に隠れ、すぐに顔を出すと、丘いっぱいに光の精霊が舞い飛んだ。
「今、太陽がウインクしたよね」
「ハイですの!」
 レフキルとサンゴーンは向き合い、微笑んだ。
 


 11月 7日◎ 

 丘の向こうにぽつんと建っているカーダ氏の研究所にも、夕闇が迫った。電灯などない。本が読みづらくなって、カーダ氏は今日の作業の終了を告げた。
 弟子のテッテは分厚い専門書をパタンと閉じて大きく伸びをし、窓の外、はるか上に広がる夕焼け空を嬉しそうに、まぶしそうに見つめた。そして言った。
「いつも夕陽が見られるって、ほんと、いいですね」
 


 11月 6日− 

 涼しい風が、小さな町のすみずみまで秋を運んでいく。小鳥たちがささやきあっている。
 森の中でファルナはゆっくりと瞳を閉じた。
 こんな日は、森の精霊の足音が聞こえそうだから。
 


 11月 5日− 

 広場のすみっこで、猫がひなたぼっこしていた。あたしが通りかかっても、眠そうに片目を開いただけで、ぜんっぜん興味なさそう。きっとノンビリ屋なんだな。
 ふとサンゴーンの顔が脳裏をかすめた。その瞬間だった、道の向こうから、あたしを呼ぶ声がしたのは。
「レフキル〜、こんにちはですの!」
 不思議。まるで私がサンゴーンを呼んだみたい。
「やっほー」
 笑顔で手を振り返す。足もとの猫はあくびしてた。
 


 11月 4日− 

 ゆっくり歩けば、色んな事に気付くね。
 朝の空気は冴えた色だし、コスモスもきれい。
 光はずいぶん斜めになったし、霧がただよう。
 ……いつも、いつでも、こんなふうに。
 自分に合ったスピードで生きられれば、いいナ。
 


 11月 3日○ 

 鍵を作ろう!
 閉じられた心の扉の合い鍵を。
 この鍵は、他の誰にも作れない。

 そして、心の扉を開け放とう――。
 


 11月 2日○ 

 月ヶ丘に、月の光の雨が降る。
 しんしんと、光の糸の雨は降る。
 積もらず溶けた光の粉は、
 闇夜をちょっぴり暖める。
 


 11月 1日− 

 よわい あめ は すき
 きり と あめ の まんなか
 おちてきても
 ふわり
 と そら へ
 かぜ に のって まいあがった