2001年 1月


2001年 1月の幻想断片です。

曜日
気分   ×


  1月31日△ 

 踏み切って、一瞬だけ空を飛んで……その後は良く覚えていない。砂に埋まった右足を素早く持ち上げる時に、
「三メートル六十一センチ」
 その声が聞こえた。
 走り幅跳びの自己最高記録だった。最後の最後の記録会で、力を出し切り、自分の記録を塗り替えた。
 やればできるんだ!
 少年は、こみあげる嬉しさの渦にひたっていた。
 


 幻想断片一周年 
 2000. 1.31.〜2001. 1.30. 

 掲載:353日
 休載: 13日

 合計:366日


  1月30日× 

 この悔しさをバネにできたら……。
 きっと明日も生きていけるはずなのに。
 


  1月29日△ 

「冬のおひさまは優しいですの……」
 二階の奥にある南向きの部屋で寝そべっていたサンゴーンは、まぶたがどんどん重くなるのを感じていた。その隣では子ネコが、すでに夢の世界へ迷い込んでいた。
 


  1月28日○ 

 よく手入れされた庭は、小さいけれど、確固とした世界を形作っていた。花は恒星、草は惑星、飛び交う蜂は流れ星……一つの宇宙が、そこにあった。
 


  1月27日○ 

「大切なものを失ってからでは遅いんですよ」
 黒いコートを羽織った時の魔導師は、細い腕を高く掲げた。優しくて淡い色をした純白の光が夜空いっぱいに漏れだして、広がって、私は思わず目をつぶったのだ。
 


  1月26日− 

「おい、どこ行ってたんだよ!」
 ケレンスは不機嫌そうに声を荒らげた。
「心配したんだぞ! ったく、この……」
「ごめん。ちょっと道に迷っちゃって」
 リンローナはすまないという思いで謝りながら、一方では何故か嬉しくて、笑みがこぼれた。それに対してケレンスはあきれ顔で、腕組みしたまま溜め息をついた。
 


  1月25日△ 

(休載)
 


  1月24日− 

 池の氷、霜柱、道端に残る雪の山。今や、にわかゲレンデとなった下り坂を、そりはゆっくりと滑り始めた。
 


  1月23日△ 

「今日のお夕飯、何にしようかなーっと」
 聖術学院からの帰り道は黄昏てゆく。はずむ息、はずむ足取りのまま、リンローナは小走りで駆けていった。
 ミザリア海に映った夕陽がきらきらと揺れていた。
 


  1月22日− 

 小さな風車だって台風を起こせる。
 いつもいつでも可能性は無限大だ。
 たとえ昨日の翼を破り捨てても……。
 明日はもっと高く強く羽ばたけるよ。
 


  1月21日− 

 溶けだした雪の唄う歌――サワサワ、シャワシャワ、シュワシュワリ――うたた寝で聞く麗しの歌。
 


  1月20日○ 

 おそらく猫の足跡です、あの白い雪の上を点在しているのは。きっと、ゆうべは寒かったろうね。朝が来たよ。
 


  1月19日− 

 変な言葉に穴があき、
 見晴らし台は立ち上がり、
 雨の模様が壊れ出す。
 


  1月18日− 

「困ったなー。どこいったんだろ?」
 レフキルは手を休めて座りこみ、腕組みして首をひねった。リィメル族に特有の長い耳が中途半端に垂れる。しきりにボヤきながら部屋のすみっこで何やら作業に没頭していた彼女は、大きな伸びをしたあと再開する。箱の中から物を取りだしては広げ、見つからないと別の箱を持ち出す。当然の成り行きとして部屋の中はごちゃごちゃだ。
「あー、見つかんないよ〜」
 まだ捜してる。
 


  1月17日× 

 この冷えきった北風が吹き抜けていくのは、冬空ではなくて、もしかしたら私の心の中かも知れない。
 


  1月16日− 

 雪だるまがしゃべりだして、麻里は二人で遊んだ。
 ……夢だった。
 窓を開けると、町は雪化粧して優しく微笑んでいた。
 冷たい空気の中を弾け飛ぶ朝の光は、まぶしかった。
 


  1月15日△ 

 ミザリア国のイラッサ町、冬の太陽は暖かである。ひなたぼっこをしているレフキルの横で、子猫も眠っている。しだいに色んな雑踏が遠ざかって、夢と現実の境目を越え……それでも椰子の木の枝はかすかに揺れていた。
 


  1月14日− 

 バイオリンが〈はじまりの楽〉を奏でる。鉄琴は軽やかにメロディーを唄い、ダブルベースが大らかに響いている。ピアノの伴奏は静かに、確かに灯り続ける。
 世界にたった一つしかない、君の曲が始まったのだ。
 


  1月13日− 

 雲が黄色く染まり始めた。冬の朝焼けは、寒ければ寒いほど美しい。白い吐息は森の呼吸と入り混じり、消えてゆく。狩人のシフィルは長い髪を後ろで束ね、木製の頑丈な弓を持って、坂道を登り始めた。曙の光はいくぶん強まっている。
 


  1月12日△ 

「わしはここに残ることに決めたよ」
 老人はどこか遠いところを見つめながら言った。
「この町の灯を守るためにな……」 
 それを聞いたキタミオーマガリの村長は、こうべを深く垂れた。一方、老人は七色の回数券を取りだし、びりびりに破り、赤々と燃える大きな炎に散らせた。
 


  1月11日△ 

 シルキアは氷柱(つらら)の棒でスープを混ぜていた。
「えへへー。いいでしょ、お姉ちゃん?」
 氷柱の分を含めて、ちょうど良い濃さになるように、あらかじめ材料を調整してあるのだ。氷柱入りのスープ。
「面白いのだっ……」
 姉のファルナは不思議そうに鍋を覗いていた。シルキアは手袋の毛がスープの中に落ちないように気をつけながら、短くなっていく氷柱を握り続けていた。
 


  1月10日△ 

 雪の積もる音が聞き分けられるほどの静かな晩。月光の神者ムーナメイズは暖炉の前で読書にふけっていた。
「さて」
 パタン、と本を閉じる音が響き、
「そろそろ寝ますか」
 と彼が言った時だ……その音が聞こえ始めたのは。
 とろん、とろろん、とろろろん……。
 


  1月 9日− 

「私に優しくしないで!」
 小さな天使は刃物を握りしめたまま強く言い放った。
「これ以上、近づかないで。人間なんて大っキライ!」
 


  1月 8日− 

 あの曇り空へ、七色の橋を架けよう。
 秘密のメッセージは風に乗せて……。
 いつかきっと、想いは必ず届くから。
 


  1月 7日△ 

 初めての雪が慰めてくれた。
 こぼれた涙はみぞれとなって消え果てた。
 


  1月 6日△ 

 一粒の星の中に長い時間と距離が刻まれている。
 どこだって、誰だって、不思議を見つけられる。
 それは、あなたの心しだい。私の心しだい。
 大切なものは、きっと一番近くにあるから。
 


  1月 5日△ 

「最初はやっぱり反対されたんだ」
 リンローナは静かに語りだした。
「聖術学院での生活は順調だったし……でも、最後はみんな分かってくれた。あたしの意志が固かったから」
「それで学院を休学して、北へ旅立った訳か」
 俺が訊ねると、やつは小さくうなずいた。
「うん」
 


  1月 4日− 

 あちこちの家の軒先から伸びているツララから水のしずくが垂れている。久しぶりに晴れたサミス村では、道を雪かきしている人たちがたくさんいる。
「お疲れ様なのだっ!」
「ちょっと休憩はいかがですか〜?」
 ファルナとシルキアは特製スープを作って配った。
 雪かきできる人は雪かきで。できない人は、できない人なりのやり方で、雪かきに協力する。
 これが冬場のサミス村のルールなのだ。
 


  1月 3日△ 

「ここでは、あなたの〈想い〉によって、道は刻々と変化するのですよ。道を創るのは、あなた自身です」
 泉に住まう乙女は、そう言って白地図を手渡した。
「この森を抜ける手助けとなりますように……」
 彼女はそう言い残し、ぼんやり霧の後ろへ隠れた。
 


  1月 2日△ 

 黄昏の刻、何もかも凪ぐ。
 水面も、風も、人の心も。
 ほんのわずかな間だけれど……。
 


  1月 1日◎ 

「今年はどんな年になるのかしら……」
 星空を見上げて、シェリアは一人つぶやいた。
「今までだって、それなりには楽しかったけど、もっともっと楽しくって、実のある一年になるといいわね」
「そうなるように、頑張らなきゃな」
 後ろから現れたルーグが言った。シェリアは音もなく振り向き、ゆっくりと、だが力強くうなずいた。