2001年 9月


2001年 9月の幻想断片です。

曜日
気分   ×


  9月28日○ 

 月冴えて
  胸に沁みゆく
   秋の風
 


  9月27日○ 

「すみません。月鍛冶という者を探しているのですが、ご存じではありませんか。どんな断片的なお話でも構わないのですが……そうですか、残念です。月鍛冶はですね、闇夜に月の光を熱し、叩いて伸ばし、器を作られるそうです。その器に純水を汲めば、夫の病が治るそうなのですが……いいえ、こちらこそ申し訳ありませんでした。別の場所で伺ってみます。ありがとうございました」
 


  9月26日− 

「お姉ちゃんと二人で出かけるなんて、ほんっと久しぶりだね!」
 薄緑の髪を右に左に揺らし、ときどき背の高い姉を見上げながら、リンローナは小さな身体いっぱいに嬉しさを発散させている。
「あんたねぇ、遊びじゃないんだから……分かってんの?」
 と口ではいつも通りの語調だったが、足取りは思いのほか軽いシェリアだった。調査とはいえ、姉妹だけの町歩きは珍しいことだった。ふだんはシェリアがリンローナを敬遠しているからである。
(絶対、ルーグとタックに仕組まれたわね。私のいないとこで)
 苦笑いしつつも、シェリアは不思議な楽しさを味わっていた。
 


  9月25日− 

「サンゴーン、何になりたいのか分からないですの」
 コスモスの咲き誇る草っ原のてっぺんで、遠い熱海(ねっかい)を見下ろし、サンゴーンが言った。瞳は虚ろで、声は震えていた。
 親友のレフキルはその言葉をずっしりと受け止める。秋の風がふっと流れたあと、サンゴーンは抱えた膝の上へ顔を伏せた。
「レフキルは商人さんになりますの。でも、わたしは……」
「だいじょぶ、サンゴーンにしか出来ない事がゼッタイあるよ!」
「でも、それがぜんぜん見えないですの、分からないですわ。このままじゃサンローンおばあさまに合わせる顔がないですの」
「サンゴーンは今のサンゴーンのままでいいと思うよ。サンゴーンらしさを大切にしてれば、分かってくれる人が出てくる。あたし以外にも、きっと、ね。そしたらさ、サンゴーンにしか出来ないことも見つかると思うよ。今まで通り、焦る必要はないんじゃない?」
「レフキル!」
 サンゴーンは親友の胸に飛び込み、熱い涙をぽろぽろとこぼす。橙色の西日が二人の後ろに長い影を伸ばしていた。
 


  9月24日○ 

「んーっ……」
 まぶしい朝の光が優しく夢から醒ましてくれる。小学二年生の麻里が上半身を起こすと、涼しい空気が背中に吸い込まれてきた。一気に頭がすっきりし、カーディガンを羽織って立ち上がる。
「もう、秋なんだ!」
 太陽の視線は優雅に傾き、空は透き通る青いガラスだった。
 


  9月23日○ 

「海と空はお互いを映しています……似たような色をしているでしょう。空は果てしなく高く、海は限りなく深いんですよ」
 岬を見下ろす丘に立ち、テッテが言った。ジーナとリュアは静かな心持ちで、テッテの言葉と風の旋律に耳を澄ましていた。
 


  9月22日○ 

 中央山脈の麓にあるフォトス村では、一雨ごとに気温がぐんと下がる。春に花を咲かせた南風は北の果てで夏を過ごし、秋になると木の葉の色を塗り替えながら南へ赴く。永遠の渡り鳥である風がさらに冷え込めば、フォトス村から初雪の便りが届くだろう。
 


  9月21日○ 

「やれやれ、やっと見えたな」
 ケレンスがつぶやいた。日の暮れかかる峠を登り終えたとき、曲がりくねる下り坂の先に城壁で囲まれた円形の町が見えた。中央にそびえる貴族の塔が西日に照り輝いている。
「もうちょっとだね」
 リンローナはそう言って大きく深呼吸した。
 


  9月19日− 

 海風と山風が押し合いをしている。
「負けるな、押せ押せ」
「押し返すんだ、ほらよっと」
 さあ、今日はどっちが勝つのかな。
 


  9月15日− 

「秋〜♪ たそがれ〜♪ 収穫はうれしいワ〜♪」
 自称・大吟遊詩人のメリミール女史がまた即興曲を作ったようだ。通りの人々は耳をふさぎ顔をしかめ逃げ去ってゆく。
(あらまあ、あまりの感動で皆さん帰っていくのね……)
 さらに上機嫌となり、本人は構わず歌い続けるのであった。
 


  9月14日△ 

(休載)
 


  9月13日△ 

(休載)
 


  9月12日△ 

(休載)
 


  9月11日− 

 森の妖精と呼ばれるメルファ族は、かつて巨大な樹の中に町を作ったそうです。冬暖かく、夏は涼しい大樹の町……人間の知らない森の奥へ行けば、今でも見つかるかも知れませんよ。
 


  9月10日− 

【数日前に見たルデリアの夢〜シェリアが消えた!】

「おい、元気出せっての。お前らしくないじゃんか、な?」
 街の酒場の片隅で、ケレンスがリンローナを励ましている。ケレンスは冷や汗タラタラだ。それもそのはず、落ち込んだリンローナがどんよりしたオーラを発し、周りの雰囲気まで重くしているからである。普段は明るい彼女にしては珍しい状態だ。
「うん。でも……」
「姉貴なら、その辺から出てくるって。なあ、タック?」
 と言って横の親友の席を見たケレンスは唖然とした。
「およっ? あ、あの野郎……」
 やられた、逃げられた、お守りを押しつけられた。ケレンスは悔しくて仕方がなかったが、今にも泣き出しそうなリンローナの手前、吠えることも出来ず、拳を握りしめるのみだった。

 一方その頃、ルーグとタックは夜の街を歩いていた。
「そう遠くへ飛ばされたとは思えないんだ」
「ええリーダー、僕もそう思います。きっちり調査しましょう。リンローナさんは、とりあえずケレンスに任せとけば大丈夫ですよ」
「今のリンローナには、誰かがついてないと駄目だからな」

 リンローナをかばって変な幻術師の奇妙な魔法を浴びたシェリアが一瞬にして姿を消した。幻術師は〈異次元送致〉と言い張って逃げ出したが、その呪文は古代に封印されており、万が一、封印が解かれたとしても一般人に扱えるとは思えない。
 この街を舞台とした連続失踪事件には裏がありそうだった。
 


  9月 9日○ 

 星降る夜に昔を謡う吟遊詩人の音楽が、今日も領主と配下の者のすさんだ心を和ませて、しばし彼らは夢を彷徨う。
 


  9月 8日− 

【今日のボツ原稿〜ファルナとシルキアの紹介文】
 姉妹の髪の毛と瞳は明るい茶色で、ほとんど変わりがない。年齢よりも、やや幼く見られるという点も共通している。
 ただ、十七歳のファルナと十四歳のシルキアとでは背丈がかなり違う。顔の造りも姉は母親似でおっとりしているのに対し、妹は父親似で割とはっきりした顔立ちである。性格も、姉はのんびり屋・頑張り屋で、最近は〈すずらん亭〉の看板娘としての自覚も生まれつつある。他方、妹の方はしっかり者ではあるが自由奔放で、まだまだ子供らしさが残っている。

(こういう説明文を書かず、物語中の行動や台詞で表現できるようになりたいので、敢えてボツ。忍耐、努力、精進ナリ)
 


  9月 7日△ 

「北見大曲駅予定地の春」 2001. 5.27.

 雪の重みで潰れかかった空き家が点在していた。天は抜けるように青く、さわやかな風は澄み渡って、長い眠りから醒めたばかりの虫たちが新しい季節を謳歌していた。
 百人以上いた開拓者は去り、すべては自然に還ろうとしていた。その見捨てられた土地にも分け隔てなく〈春〉は訪れた。
 永遠に叶わぬ車窓にはタンポポの黄色がゆれていた。
 


  9月 6日− 

【キャラの裏設定・その一】
 レフキルとサンゴーンは親友同士であるが、その結びつきは普通の親友以上に強固である。さて、人間族とメルファ族の混血であるリィメル族はどちらの種族からも半端物と思われ、長い間、直接的あるいは間接的な差別に苦しんできた。妖精の島にほど近いイラッサ町では、リィメル族の構成比は他の町に比べると少なくなかったのだが、残念ながら他の町と同様の傾向は否めなかった。それを変えようとしたのが、サンゴーンと血の繋がった祖母であり、前代の草木の神者だったサンローン・グラニアである。彼女は草木の神者とイラッサ町長という二つの肩書きを良い方に利用し、差別を無くそうと長年に渡って熱心に取り組んだ。その結果、しだいに多数の賛同者を集め、ほとんどのミザリア国民の意識を変えることに成功したのである。これは魔法でも奇跡でもなく、サンローンの人柄と努力に依る所が大きい。リィメル族であるレフキルも、サンローンの活動に救われた一人である。
 サンローンが老衰で病気となり、いよいよとなった時、彼女は後継の草木の神者に誰を指名するのだろうか、という議論でミザリア国内が持ちきりになったことがある。彼女を裏で支えた町の役人や親友の名が噂の的になった。常に冷静で的確な判断を下し、町中の尊敬を集めていたサンローンが臨終の間際に指名したのは、意外にも血の繋がった孫娘のサンゴーンであった。ついに祖母の息が絶えて泣きじゃくる孫娘の胸元には、緑色の美しい宝石をはめた首飾り・草木の神者の印がかかっていた……。
 居場所を知っている唯一の親類である祖母を亡くしたショックは、ようやく十代後半になったばかりのサンゴーンには大きすぎた。泣いてばかりで暮らしていると、立派だった祖母とよけいに比べられ、サンゴーンは白い目で見られることになってしまう。そういうサンゴーンを陰に日なたに支えたのがレフキルだったのである。しょっちゅう遊びに出かけて励ましたり、逆にレフキルの家へ招いて母のご馳走を振る舞ったりしているうちに、サンゴーンの心の傷はしだいに薄れていった(もちろん完全に消えることはなかったが)。それから紆余曲折の議論の末、サンゴーンは次の町長に指名されるが、まだ若すぎると彼女自体が断って、当面は代理人を立てることになった。これでサンゴーンは草木の神者として、のんびり過ごすことになったのである。とりあえず安心したレフキルは自分の夢である商人を目指して再び頑張り始める。
 今でもサンゴーンは寂しくてたまらなくなる時がある。確かに祖母を失った穴は何者にも埋められない。しかし、サンゴーンは決して独りぼっちではない。どんな時でも味方になって支えてくれる大切な親友がすぐそばにいるのだから。
 サンゴーンの仕草を見、痛みを知るがゆえの優しさに満ちた言葉を聞き、ある意味で人間離れした澄んだ心に触れていると、レフキルは時々思うのだ。草木の神者の後継者は〈サンゴーンしかいなかった〉のではなかろうかと。天上界へ旅立ったサンローンは、決して血縁関係などで優遇したりするような人ではなかった。ということは、思慮深い彼女が検討に検討を重ねた結果、サンゴーンが後継者として相応しいと判断したはずなのだ。今は神者の力を上手く操れていないけど、サンローンの選択が確かならば、そう遠くない将来、きっとサンゴーンは祖母に負けないくらいの立派な人になる。まだ他の誰にも伝えていないけれど、レフキルはそんな日が来るのを固く信じているのだった。

(という裏設定が長い間、眠っていたんですけど、これを使うと短編が重くなりそうなので封印気味になっています。いつか、サンゴーンとレフキルが出てくる少し長めの物語を書く機会があれば使うことになるだろうと思いますが、いつになるやら……)
 


  9月 5日− 

「くしゅん!」
 そのくしゃみで、ランプの炎がふっと消えた。でも、字は何とか読むことが出来る。いつの間にか東の空が青白くなっていた。
「ずいぶん涼しくなったのね……」
 夜通し読んでいた分厚い魔術書を、賢者のオーヴェルは机に置いた。それから物置へ出向き、薄手の上着を羽織る。青白い空はやがて黄色を帯び始めた。それが橙色になれば陽が昇る。
 


  9月 4日− 

 最果てのタルロ村は林業と漁業で細々と自給自足の生活を続けている。ここで生まれた木こりの息子は外の世界に憧れ、魔術師になるのを目指して陸路を延々と東進、そして南下した。
 トズピアン公国の都である〈マツケ町〉に着いたのは、とある初秋の日のことだった。海は凪ぎ、風は涼しい。その青年はナブレグと名乗り、さっそく魔術を習うために学院を探し始めた。
 


  9月 3日− 

 しだいに暑さが和らぎ、季節は移り変わろうとしていた。
「そろそろ秋が来るのかな。涼しさと紅葉、楽しみだなぁ」
 リュアが瞳を輝かせる。他方、ジーナの表情は冴えない。
「あーあ。夏が終わっちゃった……来年まで待ちきれない!」
 別々の季節を思い描きながら歩く、学舎帰りの路だった。
 


  9月 2日△ 

「かーっ、うめえ!」
「仕事のあとの一杯は最高よねぇ!」
 最初の一口を飲み、俺とシェリアは同時に叫ぶ。
「ケレンスとシェリア、珍しく話が合うと思えば……」
「何のことはない。お酒の話、ですね」
 ルーグとタックは顔を見合わせて苦笑している。仕事を終え、一っ風呂浴びた後、俺らは報酬を手に町の酒場へ繰り出した。
「お姉ちゃんもケレンスも、あんまり飲み過ぎないでね」
 一人でジュースを飲みながら、心配そうにリンが言った。
 


  9月 1日△ 

「あたしに任せときなっ!」
 そう言うなりルヴィルは駆け出した。ミザリア市の魔術学院で同級生だった三人の中では一番の行動派で姉御肌だ。
「ちょ、ちょっと待ってよ〜」
 商人志望のウピは慌てん坊でおっちょこちょい、だけど憎めない女の子。三人の間を取り持つ潤滑油となっている。
「今は二人を追うべきでしょうね……仕方ありません」
 頭脳派のレイナは慎重な判断を下す。この三人、誰が欠けてもバランスの崩れる、ある意味「究極の親友関係」だ。