2008年 7月

 
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2008年 7月の幻想断片です。

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  7月31日− 


 青空の麓、木の下で
 蝉たちの主張がひびく
 
 枯れてもなお遺る紫陽花の花に
 過ぎた季節を映しながら
 


  7月29日− 


 日だまりのなかに
 葉が落ちてゆく

 ぱらぱら、ひらひら
 なにかの暗号みたい


2008/07/29
 


  7月27日− 


 雷と雨が往って
 雲の切れ間から光が差し込んだ

 空は赤紫
 そして、しだいに橙色の世界へ

 時が経っても変わらぬ山並みが
 くっきりと浮かび上がる

 夏の不安定な天気が魅せた
 刻々と変わる絵の具の夕暮れ


2008/07/27
 


  7月14日− 


 窓辺を流れる緑が
 緑の河に見える朝――

 遠い街を思い出して
 記憶がふっとよぎる時
 


  7月13日○ 


[二つの眠り]

「身体が、地面に吸い込まれていくみたいですわ〜」
 弾んでいる、甘えた声だった。隣のベッドで横になっているサンゴーンが言った。彼女にとって、普段の夜はたった一人の静かすぎる時間だけど、その夜はあたしの家に泊まりに来てた。
「そっか。あたしは、海に浮かんでいるような気がする」
 朝から夜まで、ずっと身体を起こしていて――寝る前になって何もかもやめて横たわる時、溜まっていた疲れに気づくんだ。
 南国の昼を照らしつけていた灼熱の太陽はとうに眠りにつき、今は涼しい夜風が部屋のカーテンを波のように揺らしていた。
 
 ランプの明かりが照らしていて、部屋はぼんやりと明るい。
「まぶたを閉じると、さっきの星たちが見えてきますの」
 優しく穏やかに、サンゴーンが呟いた。あたしは眼を閉じ、さっき一緒に見た星空を想像してから、再び目を開けて同意する。
「うん」
「みんな、たくさん、きれいに……輝いていましたわ」
 そう言った友達の声にまどろみの響きが混じってきていた。
「あの星のきらめきが、きっと明日の太陽を作る気がする」
 喋ったのはあたし。
「あたしたちも、夜にぐっすり休んで、希望をもっと膨らませる」
「ええ。私も、今夜なら出来ると思いますわ」
 彼女は落ち着いた口調で語り、あたしは相づちを打った。
「うん。大丈夫だよ」

 気持ちのいい夜風が、微かに潮の香りを運んでくる。
 しばらく黙った後、あたしは友達の名前を呼んでみた。
「サンゴーン?」
 すると相手は返事の代わりに、安らかな寝息を立てていた。
 あたしは静かに立ち上がって、ランプの炎を吹き消してから、再びゆっくりとベッドに潜り込んだ。柔らかで安らか、清らかな闇が部屋を満たしていて、細い月明かりが差し込んでいた。
 
 毎日、たった一人の夜って、どれだけ心細いんだろうな。
 ゆうべは泣いて、よく眠れなかったって言ってたサンゴーン。
「きっと、いい夢、見られるよね」
 あたしはそう呼びかけ、少し遅れて眼を閉じたのだった。
 


  7月12日− 


[雨宿り]

「ほんとに、すごいね……」
 シェリアの妹のリンローナは堅い言葉で言った。
「歩いている時ではなくて、本当に良かったですね」
 タックが足を組み替えながら言うと、俺も仲間たちもうなずく。
「雨の表情にも、色々あるのね」
 テーブルに頬杖をつき、外を見ていたシェリアがぽつりと呟いた。昼間だっていうのに薄暗くなった空から、大粒の雨が叩きつけるように降っている。雷が天を伝って轟き、稲光が閃いた。
 
 仲間たちが黙ったまま耳を傾けていると、シェリアが続けた。
「夏の神スカウェル様は、力強いけど、ちょっと癇癪持ち。さっきまで、あんなに熱い太陽が照っていたのに、今はこれだもの」
「なるほどな」
 座ったまま相づちを打つと、シェリアは俺の方を横目で見た。
「で、秋の女神ラーファ様の司る季節は、雨も柔らかで長続きする感じ。冬のシオネス様の雨は、いつしか冷たいミゾレになる」
 その時、雷の低い音がシェリアの言葉を言葉を中断させた。
 
 いつしか外の人通りは途絶ていた。派手な音と光に彩られているのにも関わらず、不思議な〈静寂の時間〉が流れていた。
 一人、腕組みして立っていたルーグが振り向いて語った。
「春の女神アルミス様の雨は、気まぐれで温かい」
「ええ」
 シェリアが同意する。雷の音は少し遠ざかったようだった。
 


  7月11日− 


(休載)
 


  7月10日− 


(休載)
 


  7月 9日− 


(休載)
 


  7月 8日− 


 あの冬の
 冴えた夜空の星たちは
 季節の向こうに遠ざかった

 明るい夜に星はなく
 静けさもついに満ちることなく
 闇の消えぬまま朝が来る
 


  7月 7日− 


 雨は声を持たないけど
 リズムと音の楽器になれる
 
 光は言葉を紡げないけど
 色で気持ちを伝えられる
 


  7月 6日− 


 あの遠い海沿いの駅に
 今日も夕暮れが近づいた

 古びた二両の電車が着いて
 小さな乗客が降り立った

 重厚な黒い瓦屋根の集落に
 温かな夕餉の匂いが漂っていた

 駅から母が現れて
 小さな乗客が近づいた

 赤い電車のドアが閉まり
 景色が動き出し、離れてゆく

 何か言葉を交わした二人の
 並んだ背中が見えなくなった


2008/07/06 Higashi-Hazu
 


  7月 5日− 


 不安と不安を吐き出せば
 つかの間の安らぎになることもある

 いつの日か
 もっと大きな安らぎに辿り着くために
 


  7月 4日− 


 日の出の頃に土砂降りは過ぎて
 雲の切れ間から晴れ間が覗いた

 濡れたり渇いたり忙しい土は
 心を映す瞳に似ている
 


  7月 3日− 


 少年が駆け寄り、声をあげた。
「あっ、ハート!」
 住宅地の塀の蔓にハートの葉っぱが連なっていたのだ。
 その母が、そして周りの人々に笑顔がつながっていった。
 


  7月 2日− 


 人が去り、家が壊された後に
 時を刻み出したのは雑草たち

 空に向かって背丈を伸ばし
 仲間を増やして町を作る――
 


  7月 1日− 


 子雲の群れから
 小雨がぽつぽつ舞い降りた

 大雲たちから
 ざあざあ雨が降り注いだ
 




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