2009年 7月

 
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2009年 7月の幻想断片です。

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  7月12日− 


「風が、変わった」
 僕が呟くと、隣にいたボルが素っ頓狂な声をあげた。
「あ?」
「南西からの温かく湿った風が凪ぎ、北東の涼しい風が吹き始めた。出発の時が来た。魔術師は火炎魔術・大地魔術・天空魔術・氷水魔術を操るが、それぞれの性格で得手不得手がある。僕は天空魔術が得意だから、風を読むのが上手いんだよ」
「相変わらず、口数の多い魔術師だなァ。エリオン・カルシュさま、よ」
 ボルの皮肉を、僕は微笑みでやり返す。
「ふふん。褒めてくれて有難う」
 いつものやりとりをした後、僕たちは再び歩き始めた。
 


  7月10日− 


[あの日見たもの]

「いやいや、魔法船なんて、ご大層なものじゃない」
 白いものの混じるあごひげをたたえた紳士は首を振り、はるか遠くを見つめるように目を細めた。
「あれは、風舟(かざふね)だったよ」
 夏の始まりの白くまばゆい光がいっぱいに降り注いでいる。
「高い峰を島から島へ渡るように進む、あの〈風舟〉ですか」
 私が尋ねると、少し経ってから、紳士はかみしめるような口調で、はっきりと断言した。
「そうだ」
 薄青い〈天が海〉を、ルデリアの大地を見下ろし、雲の波を縫って悠々と渡る小さな〈風舟〉の姿を、しばし私は思い浮かべるのだった。
 


  7月 8日− 


[夏の雪]

 目を細めてユイランが指さした。
「あの山、ずっと溶けないんだ」
 すると横にいた先輩のメイザがおっとりとした口調で呟いた。
「万年雪かな?」
 遠く茶色い山並みの北側に、微かに、だが確かに、鋭く切り立ったひときわ高い山が見える。その頂きに近い場所は雪を残しているのか、白っぽかった。夏でも雪の消えない山が見える北辺の小都市、トズピアン公国の都――それがマツケ町だ。
 


  7月 7日− 


[空の海原]

 夏にしては青い西の空を、低い白い雲が快速に駆けてゆく。
 向こうの丘に登れば届きそうなほどだ。

 あの雲は海原を行く空の小舟だろう。
 魚釣りをしているのだろうか。釣れたのは私の視線か。

 そして東に広がる灰色の雲は、果てしなき空の大陸だろう。
 絶えず変化し、時の経過とともに造形を変えてゆく。

 その間にも空の小舟は遠ざかってゆく。
 向こうが覗けてしまいそうなほど、透明感のある雲だ。

ある夏のムーナメイズ・トルディンの手記
 


  7月 3日− 


[目]

「朝顔のつるは、どうして棒を見つけられるの?
 麻里が難しい顔をして尋ねた。
 すると母は少し考えてからこう答えた。
「それは、朝顔にも目があるから」
 麻里は驚いて聞き返した。
「朝顔に、目に見えない目があるの?」
「ええ」
 母はうなずいた。
 それから二人は目を合わせて微笑むのだった。
 


  7月 2日− 


 道が交わる小さな峠で
 ささやかな草の広場に
 曇り空から光が満ちて
 赤い小さな花がゆれる

 ひっそりしたその午後
 風は穏やかに流れ過ぎ
 白い蝶は軽やかに舞う
 




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