[秋はこの胸に]
「春は遠くに、秋はこの胸に」
真面目な顔で心臓の辺りに両手を置き、サホは瞳を閉じた。それから相好を崩して茶化した。
「なーんてね」
「……分かる気がするなぁ」
リュナンは気持ちよさそうに、柔らかな日差しの降り注ぐ青空を仰いだ。二人の少女はズィートオーブ市の旧市街に連なる並木道を歩いていた。風は少女たちのスカートを揺らし、髪をなびかせた。時折、黄色や紅に染まった木の葉を背中に乗せて。
「春は腕を広げるように、海から山へ、ずっと遠くまで広がっていくけど……秋は戻ってくる。季節が、ねむちゃんのところへ」
居眠りが多く《ねむ》という愛称がついたリュナンは、自らをその名で呼んだ。きらきら光る木漏れ日に、サホは目を細めた。
「だんだん影が長くなって。やがて、冷たい風が吹きつけてさ。心で冷たさを受け止めきれなくなった日が、冬のはじまり」
晩秋という季節が、二人の少女を詩人に仕立て上げた。
「春は遠くに放ち、秋はこの胸に宿る」
リュナンがぽつりと呟いた言葉は、小さな風になった。
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