2002年10月

 
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2002年10月の幻想断片です。

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 10月31日− 


[友情の壷(22)]

 聞きたいこと、話したいこと、相談したいことは山ほどある。とっかかりは何にしようかと、柄にもなく悩んでいるうちに、ねむの方から話しかけてきた。もちろん紙とインクを通してだけどね。
 
 サホっちの家の勝手口まで来て、迷ったけど軽くノックしたら、すぐサホっちのお母さんが出てきて、ここに案内してくれたよ。朝市に行こうと思って、今さっき起きたばかり、って言ってた。


「そっかー」
 まるで空腹の子供が大好きなお肉料理にありついた時を思わせる純粋な夢中さで、あたいの関心はねむの言葉に吸い込まれていった。いくつかの謎が解けて、大きくうなずいてみたけど、一人じゃどうにもつまんない。わざと毛布のすそを持って軽く前後に動かしてみる。と、相手もすぐに意図を飲み込んで、あたいの握っているのと反対の方の場所を振って応えてくれた。
 ねむの身体のほっそりした洞窟は、あたいにはほんの少し狭い。空気の流れと、毛布と、そして不思議な魔力を通じ、さっきから向こうの動静は分かってたけど、新たな段階へ突入したようだ。今こうしていると、お互いの気持ちまでが重なってゆく。
 その安定した世界は瞬時に緊張をはらんでしまった。部屋の薄暗さも濃度を増したかに思える。ねむがまた咳をしたんだ。
 居ても立っても居られず、あたいは台帳と筆をひったくる。

 さむかったでしょ。無茶して、かぜひくよ。だいじょぶ?


 我ながらひどい字だ。書き直したい衝動に駆られたけど、後の祭り。いつものように開き直って、気にしないことに決めた。
 ねむの方は珍しく返事を書くのにやや時間を要した。言葉を選び、躊躇している様子だ。心の距離がわずかに遠ざかる。

 今は寒くないよ。この毛布、サホっちの体温、あったかいね。


 こっちを心配させたくないという思惑が露骨に分かり、あたいはよけい心配になった。どうやらねむは、この話題は打ち切りにすることを望んでいるようなので、あたいの方から先手を打つ。

 とにかく、ぶじで良かったよ。天気は今日も良さそう?


 書いている間に、あたいの頬は堅く、重くなっていった。頭の中では、あの不吉で腹立たしい焦げ茶色の壷の壁が浮き上がり、眼前に立ちふさがる光景が、まざまざと繰り広げられた。陽が昇って沈む間に、あたいは青空と再会できるんだろうか?
 青空だけじゃない。あたいの本当の部屋、学院生活、おっかぁ、大好きな旧市街の街並み、幼い弟や妹、あたいの自由、希望――そして、ねむ。どれを取っても、みんな大切な宝物だ。

 ねむちゃんは無事だけれど、サホっちは無事じゃないよ。


 今度のねむの返事はかなり直接的なものだった。いつまでも雑談をしてる訳にはいかない。あたいらには目的があるんだ。
 あたいの脳裏に一つの確信に充ちた予想が自信たっぷりに湧き上がってくる。ゆうべ寝る前に、既に至っていた結論だ。

 ねむ、聞いて。あたいは考えた。
「つぼがこわれて、あたいは変なところにいる」
 だから、あのつぼを元にもどそう。やるだけやってみよう!


 毒気を抜かれてバラバラに散らばった壷の冷たいなきがらを、あたいは睨みつけた。破片は同じくらいの大きさに分裂している――まるで絵合わせ遊びのように。数は三、四十枚ほどだ。
 その一つ一つ、割と厚みがあるのは相変わらずで、特殊な魔法を加えた漆の糊(のり)を使えばどうにか復元できそうな気がする。物置を探せば特殊な糊くらい出てくるだろう。なんてったって、うちはこの町で昔から店を構えるオッグレイム骨董店だ。

 私もその可能性は大いにあると思うよ。
 色々やってみるしかないかもね。ねむちゃん手伝うよ!


 妙な壁に遮られているとはいえ、部屋はかなり明るくなった。じきに夜明けを迎えるだろう、一日で一番気温が低い時間に。
 いよいよ、あたいとねむの小さな挑戦が始まったんだ――。

(続きは「完全版」として「ルデリア物語」で公開予定)
 


 10月30日− 


[友情の壷(21)]

 自分では決して認めたくないけど奇妙な交換日記がだいぶ板についてきたあたいは、相手の順番だよとの合図に、凍える木の床へ台帳と筆を置いた。予想通り、それはすぐに動き出す。
 朝の光は焦げ茶の壁に阻まれて射し込まないだろうけど、部屋の中はさっきよりもほのかに明るさを増していた。ここが本当のあたいの居場所なら、旧市街の並木に住んでる小鳥たちが夜明けを告げ、ひそやかに高らかにさえずり始める頃だろう。
 書き進められる文面に視線を下ろし――あたいは息を飲む。
「はっ!」
 背筋を震えが駆け抜けた。悪寒じゃなく、予想外の出来事に対する純粋な驚きと、急に沸き起こるすさまじい期待の嵐だ。
 あたいは今の状況を否定するつもりは毛頭ないのに、あまりに嬉しすぎたのか〈まだ夢の中なんだ〉と考えてしまった。まさかね、気のせいだろうと呟き、改めて慎重に心を身構える。
 それが確信に変わるまで、さほどの時間を必要としなかった。気のせいでもなかったし、夢でもなく、残酷な冗談でもない。
 
 ごめんね。夜に出歩くのは許してもらえなかった。
 せめて朝一番に来たよ。おはよう。リュナン


 最初の筆跡を見た時からあたいには分かってたんだ。同じだけど違う部屋の、違うけど同じ場所で、一枚の毛布を共有してるのは、紛れもなく親友の〈ねむ〉ことリュナンだって事実に。
「やっぱり、ねむの字だったんだな」
 まずは安らぎと平穏とがあたいの中に湧き上がり、壷の色の大地に見事な花を咲かせていった。次には感謝の波が寄せては返してゆく。ねむは約束を忘れてた訳じゃなかったんだ。あたいの方はとっくに仕方ないと諦め、ほんの少しだけの希望を残し、他の大部分は頭の中からすっぽり抜け落ちていたのに。
 第三段階には少し不安が入り混じった。どんな方法で、どうやってこんな明け方にやって来たんだろう。両親にも許してもらえなかった、と文面にある。決まり事を破って、大丈夫だろうか。
 そもそも身体が弱いねむには、晩秋の朝はさぞかし痛いほどの寒さだったはず。この部屋に入ってきたとたん、毛布にくるまって暖を取るのも合点がいく。毛布を用意したり、食器を片づけてくれたのは、市に出かける前のおっかぁだろう。だけど、おっかぁに案内されて部屋に入ってきたのは、ねむだったんだ。
 突然、あたいは両眼をしばたたく。毛布と、温もりの空洞が、何の前触れもなく一度だけ素早く前後に揺れたからだ。と同時に、霧のような水の粒の流れが吹き出した。もしかすると、ねむが咳をしたんじゃないかな、という推論が妥当なようだった。
 うん、そうだ。姿は見えないけど、相手の様子は手に取るように分かる。呼吸や微妙な息づかいまでが毛布を通して直に伝わってくる。もっと知りたいけど、返事を書かかなきゃ、という必要性は感じなかった。むしろ最初が肝心で、今だけは紙に頼っちゃいけないという警告が自分の奥の方から昇ってきた。あたいは思わず瞳を閉じて、全部の神経を集中させ、耳を澄ます。
 とくん、とくん、とくん――。
 毛布を媒介とし、間近に響く微かな生命の軌跡。
 きっと、ねむの方にもあたいの鼓動の伝言は届いているはずだ。ねむの丸い空洞に自分をうずめて、そのせつな、初めてあたいはねむの大きさを知ったんだと思う。むろん背丈やほっそりした体格という上辺(うわべ)だけじゃなく、もっと本質的にね。
 沈黙の交流をひとまず終えて、決然とまぶたを開くと、足元に置かれている親友の簡潔な文章が真っ先に視界に入った。落ち着いて読み返し、あたいはねむに再び感謝の念を強くした。
 ねむは、一緒に泊まって欲しいあたいと、どこにも行かせたくない両親との板挟みになり、両方の約束を半分ずつ破って半分ずつ守った。ここに至るまでは悩みも葛藤もあったんだろう。
 機は熟した。あたいはいよいよ筆を取り、こう挨拶したんだ。
 
 来てくれて、ありがとう。いい朝だね、おはよ! サホ

(続く)
 


 10月29日− 


[友情の壷(20)]

 今度は深い眠りだった。考え事はいっぱいあったけど疲れの方が上回っていたし、それに少なくとも危害がないと分かればおかしな部屋にもだんだん順応しちゃった。慣れって代物は生きていくのに必要だし、ありがたいけど、恐ろしいなぁとも思う。
 もちろん、そういうのは再び目を覚ましてから考えたことだ。ランプの光が無くっても、部屋の中は微妙に明るさを取り戻していた。もちろん空気は相変わらずしんと静まり、透き通るほど冷えていて、吐き出した息は白かった。これほど朝の気温が下がるということは、どうやら今日も街は穏やかに晴れるんだろうな。
 いつも寝坊ばっかりのあたいだけど、ゆうべは疲れて早めに寝たから、こんなに早く起きちゃった。たぶん夜明け前だろう。
 頭が冴えてくる。温もりの残るベッドの白波に身を任せて寝転がったまま、色々な考えを雲のように飛ばしてみた。そういえば今日は水曜、近所の広場に朝市が立つ。現在の正確な時間は分かんないけど、おっかぁはそろそろ出かける頃だなと思う。
「この部屋から脱出しなきゃな……なるべく早く」
 すっかり目も醒め、あたいは決意を新たにしていた。

 ――と、その時だ。視界の端(はし)の方を何かが動いた!
 気づくより早く、あたいの瞳は釘付けになる。
 ドアがゆっくりと開いていき、夕食の食器が浮かぶと、茶色の壁の向こうに消えた。きっとおっかぁが片づけてくれたんだ。
 そう、そこまではあたいにも理解できたつもりだった。
 けれどその次に、普段は使わないお客様用の暖かい毛布がどっかから運ばれてきて、部屋の真ん中に敷かれ、すぐに人がしゃがんだような空洞を描いて丸まったのは意味不明だった。
 ドアは再び閉まった。毛布は寒さに凍えるかのようにじっと動かない。何となく気にかかり、まだ薄暗い部屋のすみずみまで視線をさまよわせると、壊れたまま無惨に散乱する大きめの壷のかけらと、ドアの横に置かれたままの台帳が目に入った。
 思い切ってベッドを抜けだし、予想以上の冷え込みの洗礼を受けてブルっと震えてから、あたいは一挙に壷の墓場を越えて台帳を鷲づかみし、そのまま勢い良く毛布の中に飛び込む。
 あたいには少し小さい空洞。
 だけど、あったかくて、優しくて――。
 幼い日々の記憶と密接に繋がっている温度でもある。
「こりゃ絶対に人肌だよ。やっぱ起きてるんだな」
 この空洞は十中八九、おっかぁのものに違いない。さっき、食器を片づけてくれたのもおっかぁだろうし(あたいは台所へ運びようがないんだから仕方ない)。こんな所で毛布に丸まってる理由はピンと来ないけど、新鮮な魚や野菜を近くで安く買える恒例の朝市への出がけに、身体を温めてでもいるんだろうか?
 あたいは手に息を吹きかけ、短い言葉を台帳に書き記した。

 おはよ。私も起きた。元気だよ。
 朝市に行くの?

(続く)
 


 10月28日○ 


[友情の壷(19)]

 ――あたいはまどろんでいた。どうやら夢も見てたようだけど、いつもと同じく、内容はあまり覚えてない。ただ、最後の場面で世界の全てが揺れだしたのは鮮明に記憶に残っている。
 目を開けると、誰かが跳ねる練習でもしているかのようにベッドが激しく揺れていた。夢の続きじゃなく〈現実に〉揺れていたのが分かるや否や、あたいは大慌てでベッドから飛び起きた。
「地震、地震!」
 けど不思議なことに部屋は静かなままだ。確かに激しく上下していたはずなのに――見渡せば机の上にはランプが灯り、パンとスープとサラダの入った三枚の小さな皿が置いてあった。
 あたいは今の状況をすっかり思い出して、溜め息をつく。
「あーあ」
 ベッドは未だに揺れていた。かなり不愉快な気持ちで、あたいがその表面を少し強めに叩くと、すぐに振動は治まった。八つ当たりだとは分かっていても、起こしてくれた人が呪わしい。
「なんって悪い寝起きなんだろ!」
 とっくに目も醒めちゃったけど、さっきまでの中途半端な眠りはあたいの中に重い疲労を残していった。やり場のない怒りを抑えつつ、仕方なく机の方に移動する。どうせおなかは空いてるんだ。食べるものをきちんと食べれば、少しはマシな気分になるかも知れない。普段ならスープの匂いを逃すわけはないのに、あたいのいる方の〈この部屋〉では、それさえも消されちゃうらしい。匂いがないなんて、きっと味気ない食事なんだろなー。
 そういえば、ねむは上手く親を説得できて、ここに戻って来られたんだろうか。今、起こしてくれたのはねむなんだろうか?
 食事の横に置いてある、だいぶページ数が減った台帳には、達筆すぎて読みづらいおっかぁの字で一言だけ書いてあった。

 友達が来ないから、先に夕食持ってきた。
 温かいうちに食べなさいな。母


「なんだ、やっぱ、ねむは来られないのか」
 当たり前だけど、自分のことは自分一人で解決するってことに落ち着くのかな――そうだ、これが最初の予定だったじゃん。

 いただきます。サホ


 略式の礼をし、右手で筆を置き、左手でパンをつかんだ。焼きたてのパンの香ばしさが口でとろける。匂いがないのはすごく残念だけど、味があるだけでも良しとしなきゃ。でも、そのうちにだんだん味のことは忘れて、あたいは深い物思いにふけった。
 ねむが親御さんに大切にされていることは知ってた。しょうがないし、こうなる予感もあったことは確かだ。その実、ちょっと期待はずれで、あたいは秘かにがっくり来てた。つまんなくて――言うなれば、心の木の葉がわずかに枯れたような感じだった。

 ごちそうさま。サホ


 空腹に勝てず、作ってもらった夕食はぜんぶ平らげた。身体があったまって、再びまぶたが下がってくる。どんなにピンチだって、結局おなかはすくんだし、眠くもなる。そうすれば困難なこともしばらくは忘れられる。人間って良く出来てるなあとしみじみ思い、なんだか急に歳をとったような、おかしな感じがした。
 秋の夜、空気は冷え冷えしてきたから、部屋の窓を引っ張って閉めた。鍵はかけないでおく。ほったらかしになっている壷の残骸地帯を大股で越え、三枚の食器を重ねてドアの横に片づけ、そばに台帳と筆を置くと、ランプを消してベッドに戻った。

 おやすみ。

(続く)
 


 10月27日− 


[友情の壷(18)]

 あたいはランプをいったん消してから、そろそろとベッドに歩いていき、両手両脚を広げて寝転がった。瞳を開けていても、どうせ真っ暗だから、いっそのこと閉じてしまう。月が上がってくれば細い銀色の光が窓から射し込んでくるのだろうけど、あたいがいる方の〈この部屋〉が明るくなる保証はないのが残念だ。
「ゴホン。あー、あー」
 喉と、耳が正常に働いているか確認するために咳払いをして安心した。暗闇と無音は、自分の五感を危うくさせるものだなあと、しみじみ思う。この身体が、今にも伝説の精霊〈セルファ族〉のように風となって消滅しそうな、不思議な感じにとらわれる。
 だけども、自己存在がなくなりそうだと頭の奥の方で考え、辺りが静かになればなるほど、あたいは逆のことに気づくんだ。あたいの高ぶった心臓の鼓動が、はっきり生命の調べを告げる。
 どくん、どくん。
 生きてるよ、生きてるよ――と。
「ゼッタイにこの偽物の部屋から出てやるぞー」
 ベッドに横たわったまま、いたずら好きの子供のように不敵な笑みを浮かべ、あたいは低く叫んだ。何故か無性に闘志が湧いてきて、思わず握りこぶしを少し堅めのベッドに叩き下ろす。
 さっきまで忘れてた空腹感が急によみがえってきた。頭と調子を合わせるかのごとく、腹時計が四回ほど大きく鳴り響く。
「ハラへったなぁ」
 自分で作ろうにも、台所さえ行けないのは切ない。幼い弟や妹の相手をしながら、夕食を作るおっかぁに申し訳なく思う。
 仕方ない。あたいは空腹を紛らわせる程度の軽い気持ちで、今後の作戦を自分なりに練ろうと考えた。身体はベッドの海に飲み込まれそうなほど重いのに、考えの方は冴え渡ってきた。
「そう。そもそもの始まりは、あたいが壷を割ったことだった」
 物事を順序立てて整理するため、敢えて口に出して言う。
「壷が壊れて、壷の呪いをかけられて、いい迷惑だな。でさー、壷の中に部屋ごと閉じこめられて、出られなくなったさ。もとの部屋と物は共有してる、けど人の姿はぜんっぜん見えないし」
 その時だった。あたいの中を鋭い閃きが駆け抜けたんだ!
「そだ。壊れたんなら、直せばいいんじゃん!」
 直せばいい、直せばいい、くっつけて直せばいい――。
 そしてあたいは、いつしか短い眠りへと堕ちていったんだ。

(続く)
 


 10月26日○ 


[友情の壷(17)]

「ともだち……」
 困ったときに助けてくれる、ともだち。
 何もかも投げ打って、支えてくれる。
 これが、ほんとの友達なんだ。
 あたいは、どう返事したらいいものか、この思いをどうやって伝えたらいいのかと悩みに沈んだ。同じ部屋にいるはずなのに、今のねむと気持ちを通わせるには、一度、文字に置き換えて紙を通さなくちゃいけない。こんなの、翼をもがれた鳥みたいだ。
 残念ながら――というより、むしろ当然ながら、上手い言葉は見つからなかった。文章だけだと、素直に書きつづったとしても白々しくなりそうだし、逆に回りくどい言い回しなんてハナっから書けやしない。それでやむを得ず、お茶を濁すようだけど、あたいはさっきまでの懸念を返事代わりにしようと考えたのだった。
 
 ありがとう。けど、親にゆるしてもらえそうなの?


 あたいが筆を置くなり、ねむはそれを手にとり、速やかに記した。相手の方針は明白で確実で、ぜんぜん隙がなかった。
 
 お父さんも、お母さんも、きっと分かってくれるよ。私だって、もう十六歳だもの。今すぐ帰って、説得してみるつもりだよ。
 これからだけど、サホっちが帰ってくるための方法を今夜いっしょに考えて、すぐ眠って、明日の朝早くに色々と試してみるのはどうかな。上手くいけば、授業に間に合うかも知れないよ。

 
 あたいは「わかった」とだけ書いた。それで充分だったんだ。
 短い返事があって、部屋からは再び人の気配がなくなった。ドアが閉まったのちも、あたいはしばらく台帳の最後の二行をじっと見ていた。寂しくはない、むしろ晴れ晴れとした感じだった。
 
 じゃあ行って来るね。なるべく早く帰ってくるね。リュナン
 まあ家事のことは心配しなさんな。夕食作ってくる。母

 
 あたいを気にかけてくれる人が確実にいるのを知ったから。

(続く)
 


 10月25日○ 


[友情の壷(16)]

 それでもどうにか気を取り直して、あたいは書いたのだった。

 ねむ、ほんとにありがとう。
 ちゃんと帰れたら、こんど、お昼ごはん、ごちそうするよ。


 ごちそう、と書いたところでお腹がぐぅと鳴った。あたいのお腹は正確に時を刻むのが自慢だ。部屋の中はすっかり暗くなっていて、今にも夕食の匂いが漂ってきそうだ。ねむたちがいる方の〈この部屋〉の窓からは、星たちも眺められる頃合いだろう。
 あたいは筆を止めたが、机には置かずに耳へ引っかけ、精一杯の難しい顔をして腕を組んだ。そろそろ、ねむを帰さなきゃ、という不安にかられたのだ。ねむは身体が弱いことで、両親からは大切に育てられていると聞いたことがある。ねむが夕方までに帰らなかったら、両親はすごく心配するんじゃないかな。
 ねむは決して語らないけれど、あたいみたいな元気だけが取り柄の落ちこぼれと付き合うのは、ねむの両親としてはあんまし快く思っていないんじゃないか、との哀しい疑念も湧いてくる。これは、今までだって事あるごとに感じてきたことだけどさァ。
 あたいは真っ赤な毛をしてて、やってることも雑だし、自分で言うのも何だけど近所の評判は良くない。あたい自身は、そんなことはどーでもいいし、今さら気にしてないけど、あたいと付き合うことで素朴な親友が悪く言われたりするんなら許せない。
 でも、結局のところ、とばっちりを受けるとすればねむの方だ。こっちから帰ってくれと言わなきゃ、帰りづらいのに違いない。
 あたいは意を決した――つもりだったが、上手い言葉が浮かばずに悩みつつ、今までの半分以下の速度で文章をつづる。

 きっとわたし、つぼをこわして、のろわれたんだ。
 のろいを解けば、ゼッタイそっちに戻れると思う。
 やり方さえ分かればだけど。
 そろそろ夜だし、ねむもあんまり無茶しないで、てきとーに切り上げて。わたしは明日は休むかもしれない。もし最初の授業に間に合わなかったら、伝えておいてもらえると助かるな。


 あたいとしては、おっかぁの手前もあるし、直接的すぎる表現は控えて、遠回しに帰ってもらえるよう計らったつもりだった。
 筆は、待ちきれないかのように、置いた途端に動き出す。驚いたことに、ねむは珍しく真っ向から反発してきたのだった。

 ねむちゃんにも、責任の一端はあるもの。
 サホっちには、少しでも早く帰ってきてほしいもの。
 出来れば、サホっちの代わりとまでは全然いかないけれど、私に出来る範囲で、サホっちのおうちのことを手伝わせてもらいたいな。可能なら泊まらせてもらおうと、おばさんにお願いしてるところだよ。最悪の場合、明日、学院を休んでも構わないし。

 
 あたいはその伝言を理解するや否や、ぽかんと口を開けて呆然とした――ねむが本来はこんなに芯が強かったとは、もろに意表をつかれたのだ。どうやら、あの子のことを甘く見ていた。
 出席日数が危うくなるし、そんなことは、ますます両親が許してくれないだろう。ねむは病気で既に一年留年してるんだ。
 ねむは、自分の進級よりも、あたいが帰る方が大事なの?
 どうして赤の他人のあたいに、そこまでしてくれるの?
「分かんない……」
 不思議なことに、あたいの疑問を予期したかのように、相手はこんなことを書いてくれた。あたいは愕然として立ちすくんだ。

 大事なことが見えているから、私の気持ちはぶれないよ。
 だって、サホっちは、私の大切な大切な友達だもの。

(続く)
 


 10月24日− 


[友情の壷(15)]

 ほのかなランプの灯りと、台帳の文字が涙でにじんだ――。
 けど、そんな状態は刹那の出来事だった! 客観的に自分を見つめる〈心の目〉が前触れもなく現れると、あたいに問うた。十五にもなって、こんなことで泣いちゃうなんて、らしくないよ、って。強烈な恥ずかしさがこみ上げて、かーっと耳が熱くなった。
「オホン! ウォッホン! げほげほっ」
 あたいの涙腺は、それほど緩くないはずなんだ、って強がりたくなる。少しでも泣いたことが恥ずかしくなって、誰もいない場所なのに、あたいは妙な咳払いを繰り返した。自分の気持ちをごまかしてしまうことに、いくらかの後ろめたさを感じながら。
 冷静さを無理矢理に装って、あたいは服の袖で無造作に両目をこすった。そして勢い良く鼻をすすり、何とはなしにつぶやく。
「ねむ。約束通り、ちゃんと戻ってきてくれて、ありがとう」
 そうだ、今の気持ちを伝えなきゃ。筆を取ろうと手を伸ばす。
 その筆が、あたいから逃げるかのようにフワリと浮かんだかと思うと、再び台帳の上に降りていき――と同時にかなりの速さで文字を記し始めた。ねむと明らかに違う筆跡だが、どこかで見覚えがある。頭の中で、記憶の焦点が合ってくると、あたいの頬はさっきと同じくらい、いやそれ以上にほてったのだった。

 たまげたよ。そんなに魔力のある壺だったなんてね。
 心配してるから、はよ方法を見つけて、帰って来るんだよ。
 無事に帰ってきたら、壷の代金と、この台帳を使った分は、あんたの来月の小遣いから引いておくから、そのつもりで。母


「こんな時まで商魂を燃やさなくてもいいのにサ……」
 新興商業都市、根っからのズィートオーブ人である、おっかぁだった。おっとぉが死んでから、おっかぁは独りで店を切り盛りして、あたいたち家族が生きていくのに必要なだけの銭を稼いでるわけだし、もちろん深く感謝はしてる。けど、やたらにがめつい性格は冗談の種にしかならない。今まで何度も笑い話のネタにしてきたけど、実際の証拠をねむに知られたのは、特別に恥ずかしかった。あたいは台帳のそのページをくしゃっと丸めた。

(続く)
 


 10月23日− 


[友情の壷(14)]

 うん。やれるだけ、やってみるね。行って来ます。


 筆が机の上に戻り、ドアが開いてランプの炎がゆらめいた。けど〈あたいがいる方の〉この部屋には、風はそよとも吹かない。ドアが閉まると、ねむの微かな温もりはゆっくり溶けるように消え失せてゆく。あたいは再び、身近で訳の分からない場所に独り取り残された。不気味なほどの静けさが耳の奥で痛かった。あたいはランプを机の上に置くと、冷えた床に腰を下ろした。
 時の流れの河は、いよいよ大海へ注いだかのごとく、急に遅く感じられる。つい先頃まで囚われの身だということも忘れてたくらいなのに、その事実は突如として重みを増し、破裂しそうなほど膨らんで、襲いかかってきた。胸のあたりが苦しくなる。
 妙な想念を振り払いたくて、二、三度、首を振った。あたいらしくもなく、そのまま目をつぶって小さくうずくまると、悪い考えを断ち切るどころか次々と嫌なことばかり思い浮かんでしまう。このままねむが帰って来なかったら――一生帰れなかったら。
「ちょ、ちょっと待ってよ! あたい、まだやり足りないこと、いっぱいあるんだから! 誰か、聞いてるんなら、出てきなよ!」
 焦って叫んだ語尾は虚しく、何者かの胃袋へ飲み込まれるように決然と失われた。壷の壁は何の返事も――ほんのヒントさえも渋っている。あたいの声は相変わらず、くぐもって響いた。
 あたいは急に疲労を感じ、鉛のような心と身体をぐったり木の床に沈ませる。瞳は単なる二つのくすんだ丸石と成り下がり、ランプの炎を呆然と見つめてはいたが、結局のところ、あたいの視覚はそれを背景としてしか認識できなかったようだった。

 あたいにとって、どれだけ長い時間が過ぎたことだろう。泣きもせず、狂い笑いもせず。終わってみればあっけなかった数分間、あたいは自分自身を無意識のうちに励まし続けていた。
「きっと来る、ねむは来ると思う、来てくれる、たぶん……必ず」
 後から考えれば当たり前のことだけど、その夜が正真正銘の本物である限り、明けないことはないんだ。邪神ロイドに魂を持って行かれて冥界に堕ちるよりもある意味では恐ろしい〈独りぼっち〉は、音もなくドアが開くことによってついに幕を下ろした。
 真っ暗な部屋の中で、合図をするかのように筆はコンコンと机を叩き、それからおもむろに字を記し始めた。言うまでもなく、あたいは机に置きっぱなしのランプのそばに全力で駆け寄った。
 のぞき見した文面は、確かに、親友の懐かしい字だった。

 ただいま、遅くなってごめんね。
 何とか事情は分かってもらえたみたいだよ。リュナン


 その時、あたいの中を雷が駆け抜けた。頭がしびれた。絶対に耐えてやると歯を食いしばったけど、ひとたまりもなかった。
 熱い涙が湧いて、こぼれた。

(続く)
 


 10月22日△ 


[友情の壷(13)]

「よかった」
 はやる気持ちを抑えつつ最初は猛烈な勢いで拾い読みし、次は少し丁寧に読み返してから、あたいの抱いた感想だった。どうやら壺の呪いは、割った者だけに降りかかってくるらしい。ねむが変なとこに閉じこめられてないのは不幸中の幸いだった。
 謎解きの体験を共有することが出来ないのは少し寂しくはあるけれど――そう。その時のあたいは、今回のピンチは自分だけの力で乗り越えられるだろうと信じて疑わなかったし、むしろねむの身体とかを考えれば、ねむをフォローして脱出するより、自分自身の問題として闘う方がどれだけ精神的に楽かは分からない、などという思い上がったことを考えていたのだった。
 あたいは台帳を一枚めくり、左上の隅っこにさらりと書いた。

 ねむがぶじでよかった。
 何とかやってみる。ありがとう!

 後ろ髪を引かれたものの、敢えて筆を置く。ねむが無事となれば、あんまり必要以上に心配をかけたくなかったから――でも方針とは裏腹に相手の返事が待ち遠しかったのも事実だ。
 浮かんだ筆が言葉を選びつつ軽やかに舞い、あたいとは違って読みやすい字を質の悪い紙に刻んでゆく。どんな伝言が届くんだろ。あたいは状況を忘れ、今か今かと待ち焦がれていた。

 夕方の鐘が鳴ったよ。サホっち、これからどうする?
 私は何を手伝えばいい?


「えっ! たいへーん」
 にわかに机を叩いて立ち上がり、あたいは叫んでいた。
「たきぎ運んで、お湯沸かして、夕食の用意しなきゃ」
 当然ながら、鐘の音はあたしのところまでは聞こえて来ない。言われてみると、確かに身体の下の方から響いてくる重低音の感覚があるような、ないような――まぁ、それはそれとして。
「やらなきゃいけない家事がたくさんあるのに、どうしよう!」
 いくら大声で言ってみたところで、ねむには伝わらない。めんどくさいなと思いつつも、滅多に使わない意志疎通手段を楽しむ余裕が出てきたあたいは、台帳の四枚目の残り全部を使って、お世辞にも交渉上手ではない親友の特性を意識し、くどいくらいに記述した。あたい、おっかぁの家事の補助をすることになってるけど、このままじゃ不可能だから、今夜は見逃してくれるように、適当にごまかしつつ頼んで欲しい――ということを。
 この場所にいる限りは正確に分からないけど、どうやら日が沈んだようで、急激に夜の薄暗さが勢力圏を広げだした。ねむが返信を書いている間に、あたいは壷のかけらの散らばっている一帯をひょいと飛び越え、ランプの用意を始めることにした。

(続く)
 


 10月21日△ 


[友情の壷(12)]

 サホっちへ
 私、驚いたよ。だって、サホっちがそんな恐ろしい場所に居るなんて分からなかったから。気付かなくて、ほんとにごめんね。
 さっき、ドアが勝手に開いた時、私はサホっちが外に出ていったのだと思って、表の方を捜していたんだよ。だけど見つからなくて、部屋に戻ってしゃがんでいたら、窓が動き出したの……。
 私は大丈夫だよ。サホっちの部屋にサホっち本人がいないのは、やっぱり変な感じがする。早く帰って来てね、私も頑張って方法を考えるし、私の方で用意できるものは用意するからね。
 こんなに遠いけど、こんなにそばにいるよ。リュナンより

(続く)
 


 10月20日△ 


[友情の壷(11)]

 独りじゃないんだ――。
 ちょっと頼りないけど根っから信用できる子、それがねむだ。だけど、あたいは今の今まで、その大切さを甘く見ていたような気がする。なんで分からなかったんだろ。こういう時は、ねむみたいな友達が居てくれると、すっごく心強いってこと。そういう友達こそが、絶対に失くしちゃいけないホントの親友だってこと。
 あたいは興奮し、勢いに任せて文字を綴った。直接言葉で、あるいは語調や身振り手振りで伝えられないのがもどかしい。

 ねむへ
 ねむと連絡がとれてうれしいよ。ねむがいてくれてよかった。ねむの方こそ、だいじょうぶ? 変な場所にとばされたの?
 わたしは今、だれもいない部屋にいます。ドアのむこうも、まどのむこうも、こわれたツボと同じ色をしてて、だれもいなくて、出られない。きっとツボの悪い力だと思うけど、かべをつきやぶれば元にもどれるかもと思ったけど、だめだったよ。だけどゼッタイいっしょに帰ろう。変なのろいを解いて。ちゃんとした世界に!
サホ

 台帳の三枚目の上半分は、あたいの文章で真っ黒になった。聞きたいことはいっぱいあったけど、とりあえずは筆を置こう。
 いつの間にか、字が読みづらくなっていた。この部屋にいると空が分かんないけど、世間は夕方に近づいているんだろう。
 ほどなく、筆が動き出した。姿の見えない交換日記は続く。

(続く)
 


 10月19日× 


[友情の壷(10)]

 ふと、あたいは一つの実験を思いついたのだった。
「やってみる価値はあるかも。どーせ、駄目もとだし」
 自分自身を鼓舞し、わざと言葉に出してみる。そうやってみて初めて、あたいの耳は正常に作動しているのだと分かるほど、この世界の静寂は深く険しい。横目で期待を寄せる視界の真ん中には、例の台帳が大きく自信ありげに光り輝いて見える。
 この賭けには絶対勝ってみせる。きっと脱出してやるから!
 そしてあたいはおもむろに台帳を手にとり、ページをめくった。まっさらな紙にサラサラと無造作に文字を記して満足すると、誰かに分かるように一度高く掲げてから、元の机の上に戻した。
「お願い!」
 はやる気持ちを無理矢理に抑えようとしたけど、やっぱり我慢できず、せわしなく腕を上下に動かした。鼓動が速まり、こめかみは痛いほどで、心臓は今にも身体から出てきそうな勢いだ。
 台帳の二ページ目には、お世辞にもきれいとは言えないあたいの筆跡で、目立つように大書されている。その内容は――。

 たすけて!
 だれか!
    サホ


 何の飾りも無い文章だけど、緊迫感は伝わるんじゃないかなと思った。これさえ上手くいけば、必ず道は開かれるはずだ。
 だから、机に置いた筆が勝手に動き出して、ゆっくりと台帳に何かを記し始めた時は、天にも昇るほど嬉しくて、言葉にならない雄叫びをあげちゃった。孤独さも疲れも吹っ飛んだみたい。
 ようやく一息ついてほっと胸をなで下ろすと、じわじわと瞳の辺りが熱くなってくる。そのうち〈あたいは天才じゃないか〉と、調子に乗って自画自賛したほど、気分は舞い上がっていた。

 筆が止まった。あたいのドでかい懇願に埋められた台帳の二枚目。左下に残された小さなスペースには、読みやすいけどちょっと弱々しい、懐かしくって見覚えのある文字が確認できた。
 それは、こんな文章だった。

  サホっち、どこにいるの。
  捜しても見つからないから、
  心配だったよ。大丈夫? リュナン


 簡潔な言葉だけど、直に伝わってくるものがあった。
 やっぱり、窓の開け閉めの力比べの相手はねむだったんだ。道理であたいが楽勝するわけだ。あの優しい友達は困り果て、顔を曇らせて窓辺にたたずみ、途方に暮れていたのだろう。
 ようやくこれで、あたいとねむとの間には、命綱のように細くて切れそうだけど、重要な意志疎通手段が生まれたのだった。

(続く)
 


 10月18日− 


[友情の壷(9)]

 色褪せた黄緑に塗られた両開きの木製の窓はきしみ、壊れそうになって高い悲鳴をあげつつも、確実に開いていった。相手よりもあたいの方が断然、押す力は強かったのだ。やがて眼前に忌まわしい壷の壁が広がり、あたいは不愉快な思いをした。
 完全に押し開かれると、今度は引っ張ってみる。相手は力比べを諦めたのか、窓はパタンと音を立てて難なく閉まった。
「変なの」
 次はあたいの方が様子を見てみる。何らかの進展があるんじゃないかと期待に胸が高鳴り、あたいは〈その時〉を待った。
 最初は反応が無く、じれったい。あたいから動こうかと悩む。
「あっ!」
 しかし突然、窓は開いたのだった。すぐに閉まり、また開き――合計三回繰り返して止まった。しばらく時間を置いてから、再び同じようにちょうど三回、開け閉めされて静かになった。
「あたいの番ね!」
 束の間、恐怖を忘れ、考えるよりも先に身体の方が動いていた。窓の開け閉めを三回繰り返す、秘密の暗号の誕生だい。
 パ、タン、パ、タン、パ、タン――。
 すぐに相手から返信があった時、あたいは手を叩き、跳ね上がって喜んだ。もちろん、それに対する返事も忘れずに送る。
 あたいが四回やれば、向こうも四回返す。二回なら二回だ。まるで昔なじみの親友同士のように、あうんの呼吸で、互いに暗号をやりとりした。最初のうちは誰かがあたいに気づいてくれて感動したけど、だんだん物足りなくなってくる。何とか、あたいの現状を伝えたい。もしも相手がねむだとすれば、なおさらだ。
 視線を落とすと、机の上の台帳と筆が目に入った。壷の横に彫られている古代文字をねむが翻訳してくれた時、メモを取るのに使った。そのまま忘れられたように開かれた台帳の一番上のページは、あたいのメモった不思議な文字で埋まっていた。
 あの時の、ねむの言葉が自然と脳裏をよぎる。
『辞書によると、最後が「Щ」の「∬ζйЩ」なら動詞で、結びつく、友情が深まるという意味だよ。だけど、最後の文字が「Ш」だと名詞で、意味は、別離、亀裂、別れること、離ればなれ……』

(続く)
 


 10月17日− 


[友情の壷(8)]

「わァ!」
 肩に鈍い痛みが走り、あたいははじき飛ばされて尻餅をつく。壁の材質はあの壺と似てるっぽいけど、見た目より頑丈だ。
「ちっくしょ〜」
 だけど、一度くらいでへこたれはしない。壁があれば、ぶち壊すのみだね。そう、それでこそ本来のあたいの考え方だな。こんなにヤバい状況だっていうのに、あたいの謎解きの情熱は自分でも困ってしまうくらいに膨らみ、思わずほくそ笑んでしまう。
 あたいは後ろでしばっていた短い赤毛をきつく結び直し、歯を食いしばって気合いを入れた。いったん窓辺まで退き下がり、そこからドアの向こうの本当の世界を目指して助走を始めた。
「とぉりゃーっ!」

 ――何度やっても同じ事だった。けがをするのは常にあたいの方で、うんざりするほど堅い壁には傷一つ付かない。顔から湯気が出そうなほど押してみても駄目だ。さすがのあたいも息が上がって座り込み、恨みがましく壺の破片を眺めていた。
「はっ?」
 その時だった。ぼんやりとしていたあたいは思わず声を飲んだ。破片が少しだけ動いたような気がしたのだ。虫さえいなくて、時間の止まったような部屋の中で初めてとらえた〈動き〉だったので、あたいは壷の亡骸に手をかざし、願いをかけた。
「もう一回動け、もう一回動け!」
 寝転がり、目が痛くなるほど壷のかけらを凝視した。とたんに、あたいを馬鹿にするかのごとく死んだふりだ。悔しいけど見間違いという可能性も出てくる。せっかく手がかりが得られると思ったのに――あたいはいよいよガックリきて、ふてくされた。
「なんだよぉ、期待させて……」
 そう言いつつ、無意味と分かっていても、きょろきょろと辺りを見回してしまう。破片が動いたかは別としても、試しに目をつぶって神経を限界まで研ぎ澄ましてみると、このがらんとした部屋に何者かの気配がしないわけでもなかった。それは暗闇の中で、やっぱり友達のねむの姿をとっていたのが不思議だった。
 たった独りで異様な空間に居るのにも関わらず、ごくごく近いところに、おそらくねむがいる。何の根拠もない直感だけど、あたいの直感は良く当たるんだ。しぼんだ心もちょっとは和む。
 でもさ、目を開けると、やっぱし現実には誰もいないし――。
 少なくとも〈見えない〉。
「あーあ。幽霊だって、今のあたいなら歓迎パーティーだよ」
 相変わらず何の音も聞こえない不気味な空間だ。気のせいか、さっきよりも薄暗くなっている。時間の感覚は失われているから良く分かんないけど、何よりも正確な〈おなか〉を参考にするなら、西の空には赤と橙の染料が溶け込んでいるはずだ。
 言うまでもなく、この部屋の窓から望めるのは、目前まで迫った嫌みな焦げ茶色の壁だけ。あたいはさすがにムシャクシャしてきて、意味もなく窓を閉めたり、押し開いたりを繰り返した。

 おそらく十数度目に開けようとした時のこと。
 背中がぞくっとした――恐怖と期待とで。
「誰?」
 またしても異変は起こり、あたいは思わず叫んだ。
「今ならまだ許してやるから、出てきなってば!」
 突如、何者かが抑えているかのように、窓が重くなったんだ。

(続く)
 


 10月16日− 


[友情の壷(7)]

「こんなことって……」
 さあっと血の気が引いてゆき、脳天から指の先までしびれたようになり、あたいの思考力は失われていった。もはや言葉も出ず、それは内なる思いとなって泥沼の深みに沈んでゆく。
 ドアの向こうがいつもの狭い廊下じゃなく、あの妙な壺に似た壁で、出口が見当たらないなんて。町の青空も消えた。あたいは全てを否定したかった――これは、きっと悪い夢なんだな。
 ふと我に返ると、あたいの魂の奥底で何かが警告を発していた。きつく目を閉じると、暗闇の向こうの〈それ〉はしだいに人の形を取り、ついには長い髪の少女、いつも見慣れた同級生のリュナン・ユネールの姿となった。良く聞き取れなかった警告も、最後にはちゃんとした言葉となって、あたいの耳まで届いた。
『サホっち、どこ行ったの?』

 ――そうだ。このままじゃいけない。
 あたいがこういう状況だとすると、ねむだって、おかしな場所に送られた可能性が高いんじゃないかな。もしかしたら途方に暮れて泣いているかも知れない。あたいがしっかりしなきゃ!
 夜中に胸騒ぎがして目を醒ました幼子のようにひどく怖々と、けれど確実に瞳を開いていった。あたいがあたいでないような浮ついた気持ちは、何故か無性に新鮮で、活力にもあふれていた。ねむがあたいに〈落ち着き〉を取り戻させてくれたのだ。
「あーあ、全くもう」
 あぐらをかき、どっかりと腰を下ろした。ピンチの時ほど慌てては駄目だと、どこかで聞いた台詞を心の中で飽きるほど繰り返す。あたいは自分の感情を必死で抑制しながら、ほつれた糸を一本ずつたぐり寄せるかのように、事の次第を整理し始めた。
「えーっと、そもそもの出発点は、あの壺が割れたことよね」
 足元には焦げ茶色の破片がいくつも転がっていた。衝撃はそんなに大きくなかったはずなのに、これだけ壊れたとは、よほど昔の壷なのだろう。あたいが馬鹿力だというわけではない。
「でも、ここは壷の中みたい。声は籠もってるし、周りはあの、いやーな暗い色だしね。でも、あの壷は割れちゃったわけだな」
 あたいは首をひねった。声を出し、動けば、少し気も紛れる。
「割れたら閉じこめられた……よし、もういっぺん割っちゃえ!」
 どうせこんなことが出来るのは、壷に込められた古代の妖しげな魔力と相場は決まっている。なら、その呪いを壊せばいい。
「案外、単純な謎解きだ。どうして気づかなかったんだろ?」
 あたいは開いたドアの間から露わになっている壷色の壁を睨みつけた。あとは行動あるのみだ。立ち上がって後ずさる。
「行くぞぉ!」
 そしてあたいは右肩を前にし、部屋の角から出来る限りの勢いをつけて壷の破片を飛び越え、壁をめがけて体当たりした!

(続く)
 


 10月15日− 


[友情の壷(6)]

 次の瞬間、何か強い光が発せられた――。
 思わず顔を背け、あたいはしゃがみ込んだんだ。
「うーん……」 
 謎の輝きが消えても目はチカチカし、視力は安定しなかった。そのためか、さっきまで秋らしい水色をしていた向こうの空は妙な焦げ茶色をしているようだった。なぜか記憶に引っかかる。
「今の、何?」
 頭を左右に振って上体をゆっくり起こしつつ、あたいはすぐさま後ろへ視線を送った。遅まきながら、珍現象の巻き添えを食う形となった友達が心配になったのだ。大雑把に声をかける。
「ねむ、大丈夫?」
 辺りには焦げ茶色をした例の壺のかけらが飛び散っている。あまり細かな破片はないようだ。足の裏で踏まぬよう注意し、あたいは立ち上がった。それから右を見て、左を見、後ろを向き、さらに回れ右した。あたいは珍しく背中に寒気を覚えた。
 ねむの返事はなかった。それどころか姿さえも忽然と消えている。部屋自体は、いつものあたいの部屋に間違いない。だが、根本的に尋常でないことを薄々ながら気づき始めていた。
「おっかしいなぁ、さっきまでねむといたはずなのに」
 少しでも気が紛れるかと思って独りごちると、声は微妙にくぐもったように響いた。それから圧倒的な静寂が覆いかぶさる。
 空気はそよとも動かず、生き物の姿は見えない。音も聞こえず、世界は耳が痛くなるほどにしーんとしている。あたいは涙をこらえ、歯を食いしばり、辛うじて冷静さをつなぎ止めていた。
「冗談じゃないわよ」
 まずは原因を考えなきゃ――そうだ、こんなことが出来るのは、明らかに異様な魔法の力の仕業と考えて間違いない。
 さっきのねむの言葉が、遙か遠く、頭の奥底で反芻する。
『これ、やっぱり良くない壷だと思うよ。何か籠もってるみたい』
 
 あたいは頭を振り回して、事態を前向きに考えようとした。
 ちょうどその時だった、窓の外がもう一度気になったのだ。
 あたいは自分の目を疑ったが、空は腐った焦げ茶色だった。
 ずっと見つめていても、麗しの青の帰って来る兆しはない。

 あたいは躍起になり、廊下へ続く木のドアを一気に開けた。
「ねむ、そこにいるんでしょ? わかってるんだってば!」
 ――その後の言葉は続かない。
 あたいは口をわなわなと震わせたまま立ち尽くしていた。全身の力が抜けゆき、立っていられずに膝をつき、身体を丸めた。まるで病弱のねむが、ぜん息の発作でも起こしたかのように。

 そう。
 ドアの向こうも、あの壷と同じ、焦げ茶色の壁だったのだ。

(続く)
 


 10月14日− 


[友情の壷(5)]

「あ、あははっ。なんでコレが別れの壷なんだろ」
 サホは自分の言葉を笑い飛ばした。しかし、その後の沈黙は場の空気を余計に重く感じさせた。彼女は溜め息をついた。
 リュナンはここぞとばかりに勇気を出し、親友へ忠告する。
「これ、やっぱり良くない壷だと思うよ。何か籠もってるみたい」
 またもや背中を冷たい予兆のようなものが走り抜け、リュナンは後ろ手をついて座ったまま後ずさった。そして言葉を継ぐ。
「ねむちゃんには詳しいことは分からないけど、学院の先生に見てもらって、ちゃんと封印をした方がいいんじゃないかなぁ」
 普段はあまりハッキリと物を言わないタイプのリュナンとしては珍しい自己主張にサホは迫力負けし、うなだれて応える。
「うーん、ねむがそこまで言うなら、そうなのかも……あたい、ねむの直感を信じるよ。おっかぁを何とか説得して、この壷、学院に持ってって、専門の先生に見てもらう。それで納得でしょ?」
「ごめんごめん。これはもちろんサホっちの家の問題だし、ねむちゃんの話は参考程度で構わないし、変に気にしないでね」
 リュナンは右手を大きく振った。謙遜する時の癖のようだ。
「よーっし。そうと決まれば、さっさと梱包しちゃお。おっかぁには、あとから根回しすれば済むし、これの担当はあたいだし」
 サホは心を決め、晴れやかな顔で一気に立ち上がると、机の上の壷を持ち上げた。繊細なリュナンもほっと胸をなで下ろす。

 その時、サホに油断があったことは否めない。
「それにしても、これ、何を入れる壷なんだろ?」
 彼女は壷の入口付近をつかむようにして持ち上げ、目線の高さで妖しげな古代文字を眺めると、逆さまにして底を見下ろす。
「気を付けてね」
 リュナンの祈るようなささやきの直後であった。

「あ」
 サホの手が滑り、宙をつかんだ。
 
 首を地面に、胴を天に向けたまま。
 いにしえの壷は下降を始める。
 砂時計の砂は――動き出した時間は、止まらない。
 
 サホはとっさに手を伸ばしたが、虚しく空を切っただけだった。壷は徐々にスピードを増し、一瞬早く避けてしまったのだ。
「ああっ!」
「きゃあっ!」
 リュナンは顔を覆い、悲鳴をあげることしか出来なかった。
 
 そして〈別れの壷〉は堅い木の床に勢い良く激突した。
 ――皿が割れるように、高らかな音を周囲に遺して。
 数十個のかけらへと、あっけなく砕け散ったのであった。

(続く)
 


 10月13日− 


[友情の壷(4)]

「これは、強いて言えば『ζ』かな」
「次は?」
「そうだねぇ。ちょっと『й』に似てるかな」
 ぼろぼろの辞書を手に、奇怪な壷の横に彫られている蛇のような古代文字の判読作業を地道に進めるのはリュナンだ。当初の悪寒は改善し、奇怪な壷のそばに腰を下ろしているが、決して心を許したわけではなく、必要最低限しか触れようとしない。
「ζで、次がйと」
 店で使っている台帳とインクの予備をちょいと拝借し、サホは一心にメモを取っている。あとで母親から大目玉を食うのは承知の上。今は謎を解き明かすのが最優先で、他は二の次だ。
「ねむ、続きは?」
「うーんと……」
 リュナンは青い目を極限まで細め、今度は大きく見開き、何度か瞬きし、首をひねり、肩を叩き、壷から距離を置き、ぎりぎりまで近づき、再び目を細めた。サホはごくりと唾を飲み込む。
 やがてリュナンは金の髪を揺らし、自信なさげに振り向いた。
「ねむちゃんには、ちょっと難しいなぁ」
「大丈夫、ねむなら出来るって! 何の字に見えた?」
 サホが促すと、年上の同級生は辞書をめくりつつ応える。
「単語の始まりが、もしも『∬』だったとしたらの話だよ」
「続けて」
 サホは倒れそうになるくらい前に身を乗り出し、リュナンの言葉を聞き逃さないよう全身の神経を両方の耳に集中させた。
「最後の文字は、たぶん『Ш』か『Щ』かな……」
「確かに微妙なとこね。その単語、どういう意味になるの?」
 サホは自慢の赤毛を無造作に掻き上げ、右足のつま先をじれったそうに動かして貧乏揺すりした。古代語をしっかり勉強しておけば良かったと大いに苛立ち、ほんの少しだけ反省しつつ。
 どうも気の進まない〈にわか鑑定士〉の方は、落ち着き払って結果を報告する。信託を受けた占い師のように真剣な表情で。
「辞書によると、最後が『Щ』の『∬ζйЩ』なら動詞で、結びつく、友情が深まるという意味だよ。だけど、最後の文字が『Ш』だと名詞で、意味は、別離、亀裂、別れること、離ればなれ……」
「別れ……の壷」
 サホの低い声は部屋のすみずみへ飛んでいき、妙に響いた。ちょうど太陽が雲間に隠れて、午後の陽射しは急激に弱まり、ズィートオーブ市の旧市街にあるサホの小さな一室は薄暗くなった。木の床を、名もなき黒い虫が我が物顔に歩いていった。

(続く)
 


 10月12日△ 


[友情の壷(3)]

「ただいまー」
「おじゃまします」
 商談中の母親の横を通り抜け、サホとリュナンが骨董店の奥の方にある狭い階段を登ろうとした時、母親から声がかかる。
「サホー、お洗濯お願い」
「あいよぉ」
 二つ返事で、サホは南向きの裏庭に出ると手際よく洗濯物を取り込んだ。リュナンも運ぶのを手伝い、それから改めて二人はサホの自室である二階の小さな部屋へ向かったのだった。

 ドアを開けると真っ直ぐ先に見える窓の手前に、簡素な部屋に不釣り合いな、何ともまがまがしい壷が置かれていた。この時代とは明らかに違う、意味不明な古代模様が彫られている焦げ茶色の壷である。この部屋には何度も遊びに来たことのあるリュナンだが、今日はいつもと空気の流れが異なる気がする。そう思った途端、背中に鳥肌が立ち、心細くなった。最も壷から離れた部屋の隅に立て膝をつき、友に低く呼びかける。
「ねえ、サホっち。ねむちゃんね、何か嫌な予感がするよ」
「まあ骨董品ってさあ、そもそも、あんまし楽しい気分になるもんじゃないし。とりあえず横の模様を古代語の辞書で調べよっ」
 さすが小さな頃から骨董品に馴れているサホは、普段通りのさっぱりした語り口で相手の気持ちを和ませようとした。リュナンは胸の辺りを抑えつつも、友の強気に押されて同意する。
「ねむちゃんの気のせいだといいけど……」
「そっそ。おっかぁは魔法の品の鑑定ができないから、今までもこういう妙な商品はいつもあたしの担当だったけどサ、そんなヒドい目に遭ったことはないし。別に心配することないって!」
「うん」
 同じ学年にも関わらず、家の手伝いに奔走するサホに対して尊敬の念を抱きつつ、両親を心配させてばかりいる病弱のリュナンは複雑な心境でうなずいた。それを知ってか知らずか、サホは早口を急に止め、落ち着いた優しい言い方で友を立てた。
「それに、ねむが居てくれると、あたいの気づかない魔法の意味が分かるかも知れないし、すっごい助かるよ。頭いいしさ」
 リュナンは大げさに手を振って、恥ずかしそうに応える。
「そんなことないよ。成績は悪いし、両親には心配かけてるし」
 そして驚きのあまりか、ゴホッと持病のぜんそくが出かかる。
 これ以上相手は興奮させてはと、サホは言葉を飲み込んだ。
(ねむ……あんたはあたいなんかと違って、もともと頭いいんだよ。成績が悪いのは出席日数が足りないだけなんだから。分けてあげられるんなら、あたいの元気を分けてあげたい。もっと自信持ってもらいたい。あたいは悔しいんだ、あんたが損するの。絶対、ねむの病気治したい。病は気からだって信じてるよ!)

 お互いが一瞬、それぞれの物思いにふけったが、沈黙が鳴り響いたのは短かった。再び静けさを破ったのはサホである。
「さっ、ちゃっちゃか調べちゃおうぜぃ」
「うん」
 リュナンもようやく笑顔を取り戻して言ったが、その段階では決して壷に近づこうとはせず、背中を壁につけたままだった。

(続く)
 


 10月11日− 


[友情の壷(2)]

「あ、そだ。ねむ、暇ならさあ、ちょっと付き合わない?」
 サホが気分を切り替えて呼びかけると、相手は顔を上げた。
「今日は何?」
 興味深そうな口調でリュナンが話に乗ってくると、さっそく商人の娘のサホは、ここぞとばかり言葉をつないで畳みかける。
「うちで壷を仕入れたんだけど、なんか魔法の力があるみたいでさぁ、良く分かんないのよ。一緒に調べて欲しいんだけど」
 聞き終えるとリュナンは軽くうなずき、口元をほころばせる。
「うん。いいよ」
「よしっ、決まりいッ!」
 サホはリュナンの前に回り込み、右のこぶしを前に突き出してポーズを取った。びっくりして立ち止まり、二、三度瞬きしたリュナンだったが、遅ればせながら自分もげんこつを作ると、サホのこぶしに突き合わせた。最近、学院で流行っている挨拶だ。
 サホも白い歯をのぞかせ、いたずらっぽい笑顔になる。
「そうと決まれば、行こ行こ!」
 そして大股で家路をたどり始めた。リュナンも遅れないように足取りを速める。空が青く深い、初秋のある日のことだった。

(続く)
 


 10月10日○ 


[友情の壷(1)]
 関連作品→『朝風のように』
 原始断片→『幻想断片「 9月 6日」』

「また今日も怒られちゃったねぇ」
 と言ったのは、色白でロングスカートのよく似合う痩せぎすの少女、金の髪の美しい十六歳のリュナンである。世界最大の商業都市へと成長したズィートオーブ市では、今やスラムの形成さえ問題となっているが、リュナンたちが歩いている石造りの旧市街の通り道は、ここがまだ小さな港町だった頃に作られたマホジール調の重厚な作りで、長い年月に表面を削られて鈍い光を返し、人々の歴史の重みを感じさせる。雑然とした新市街に比べると、同心円状にこぢんまりとまとまっている旧市街は趣があった。雑貨屋の老婆は道の馬の糞の掃除をしている。
「ふわぁあ。今夜こそ、早く寝られるといいけどサ」
 大あくびをしながら両手を頭の後ろで組んだのは、リュナンとは学院の同級生で、大の〈悪友〉のサホだ。後ろで束ねた短い髪は燃えるような赤で、黒い瞳は意志の強さが見て取れる。
 リュナンとサホは、学院での講義中の居眠りという変わった縁で仲良くなった二人である。相も変わらず今日の講義でも注意を受け、クラスの笑い者となった帰り道の足取りは、思いのほか軽かった。そんなことくらいで懲りる二人ではないし、そもそも二人の居眠りにはやむの得ない事情があったのだから。
 サホの実家は老舗の〈オッグレイム骨董店〉で、母親が一人で切り盛りしている。商業の発展したズィートオーブ市では取引が連続し、非常に忙しい。サホは母親を手伝って、家事はもちろん、幼い弟や妹の面倒も見ており、場合によっては仕事のサポートまでしている。父親が海難事故で亡くなってから、こういう生活が続いており、彼女は慢性的な睡眠不足に陥っている。
 一方、リュナンは幼い頃から病弱だった。学舎に通っていた児童の頃、風邪をこじらして生死の境を彷徨い、休みを繰り返したあげく留年したこともあるほどだ。体力が足りないためか、身体は常に睡眠を求めており、あだ名はズバリ〈ねむ〉である。

(続く)
 


 10月 9日− 


 町一番の夜更かし男が、ようやく浅い眠りに落ちた。
 小鳥たちが目を覚ますのには、ほんの少しだけ早い。
 この小さな町で起きているのは、彼女だけであった。

 彼女は、いつものように病院の仮眠室の窓を開けた。
 二階の窓を開けると、純粋な空気が入り込んできた。
 ――ただ、いつもとは何かが決定的に異なっている。

「あら」

 見えるはずの花壇も、土も、レンガの路も、噴水も。
 見渡す限り、いつか飛行機から見下ろした白い大陸。

 言うなれば雲海。

 まさしく雲海であった――すべてが白く煙っていた。
 栄養分の豊かな茶色の土は、その下に隠されている。
 朝霧でも朝もやでもなく、確かに、それは雲だった。

 浮力を失って、行き場を失くした雲たちがひと休み。
 それは未だに天へ還れぬ魂の群れのようにも思えた。

 がらんとした仮眠室の壁は、少しくすんだ雲の彩り。
 彼女が着ている看護婦の服もまた、同じ色であった。

 鳥たちは歌曲を奏で始め、雲一つない空に陽が昇る。
 地面を覆い尽くした雲はやがて静かに大地を離れた。
 ゆっくりと浮上する。再びここに降りてくる日まで。
 

 その後、彼女の姿を見た者はいない。ただ、朝方早く、かつての恋人は、彼女によく似た声を深い霧の中で聞いたという。

「あら」
 


 10月 8日− 


「お姉さん、そこのお姉さん!」
「ん?」
「そうですよ、あなたですよ」
「は? 私のこと?」
「いやぁ、きれいなお姉さんだなぁ」
「何よ。お世辞なら、もうちょっとましな言い方あるでしょ」
「いやはや、怒ったところも実に美しい」
「冗談なのか本気なのか、よく分かんないわね」
「驚いた! 僕が冗談を言ってるように見えますか?」
「うーん……そうねぇ……」
「僕は本当に美しい方にしか声をかけませんし売りませんよ」
「ふーん。何か売ってるってわけ?」
「ええ、まずはお手にとってご覧下さいませ……へっへ」

 いかにも見習いの職人が作ったような荒削りの木の枠に、少し曇ったような質の悪い鏡をはめた見栄えの悪い手鏡をテーブルの上に置き、シェリアはいかにも得意げに事の顛末を語る。
「どう、この鏡がたったの二十ガイトよ。いい買い物したわ」
「二十ガイトですか? お小遣いから出したんでしょうね?」
 会計係のタックが目を丸くして身を乗り出した。二十ガイトとは、現在の日本円に換算するとおおよそ四千円程度である。

 久しぶりに着いた町で彼らは一緒にショッピングを楽しんでいたが、しばらくするうちに買い物好きのシェリアと他の四人とは別行動となり、お昼に再びカフェで落ち合ったところだった。魔術師のシェリア、その妹のリンローナ、特殊技術を持つタック、剣術士のケレンス、そしてリーダーのルーグの総勢五人だ。
「ぶはっ、シェリアらしいぜ。そんな手に乗っちまうなんてな」
 ケレンスは思わず食べたものを吹き出して笑った。すると、その隣でリンローナが可愛らしく眉をひそめ、あきれてつぶやく。
「もう少し上品に食べて欲しいなぁ、あたしの左の人……」
 反対側では、タックとシェリアが珍しく激論を交わしている。その議題とは、言うまでもなくシェリアの支出についてである。
「こんなにきれいに映る手鏡だもの。経済的に苦しくなったときには、安くても三十ガイトくらいで売れるし、役に立つわよ!」
「失礼ですが、そんな鏡では五ガイトだって買い手はつきませんよ。そんなものにパーティー共用のお金は一レックたりとも出せませんね。どうしてもと言うならば、ご自分の小遣いから出すか、さもなくば返品することです。僕は後者を強く奨めますが」
 ちなみに[一ガイト銀貨=百レック]という交換レートである。
「何よ。これがどんなに価値があるか分かってないのよ!」
 雲行きの妖しい雰囲気をよそに、リーダーのルーグはひどく冷静な顔でフォークの手を休め、リンローナの耳元でささやこうとした。その密談が気になったのか、ケレンスは素晴らしい反射神経でリンローナの方に身体を傾ける。ルーグはちゃんとケレンスにも聞こえるくらいの大きさで、しかも向こう側のタックとシェリアには聞こえないくらいの絶妙な音量で疑問を口にした。
「シェリア、おかしいと思わないか?」
「うん。魔法かも知れないね」
 リンローナは慎重に応えた。ケレンスも軽く頷きつつ、何事もなかったかのように身体を戻すが、その顔はこわばっていた。
 


 10月 7日△ 


「いけっ!」
「がんばれー」
 思い切り上を向いて、あゆみとケンタは応援しました。

 そして
 家の軒先で
 生まれようとしていた
 最後のしずくが








 と落ちました。
 
「やったぁ!」
 二人の小学生は嬉しさのあまり飛び跳ねました。
 
 さかさまの傘はしっとりと濡れて、
 ちょっと恥ずかしそうにうつむいています。
 
 虹はとっくの昔に溶けてしまい、
 町中をつつんでいた湯気のような霧は、
 空に昇って雲と混じり合いました。
 
 水たまりは青空のかけらとなって地面をまだらにします。
 それが黒と黄色の長靴に踏まれて二つに分かれます。

「ケンタ君、またあしたね」
「バイバーイ、あゆみちゃん」

 一雨が通り過ぎるたび、秋の色は深まってゆきます。
 木々の紅葉として目に見える日も、そう遠くはないでしょう。
 


 10月 6日− 


 メラロール王国を潤す豊かな大河、ラーヌ河の最上流の内陸部にサミス村がある。夏の賑わいも色褪せて過去の思い出となり、木々の葉が凝縮された秋を彩って赤や黄色に染まるこの季節、朝晩はかなり冷え込む。もうすぐ霜がおり、そしてほどなく初雪が降れば、長い長い(*)シオネスが村に根を張るだろう。
 夏の間は森の一軒家で研究に明け暮れていたオーヴェル・ナルセン女史が村に戻り、本当の姉妹のように仲良しなファルナとシルキアが働いている〈すずらん亭〉に戻ってきたのは、夕焼けの空がひときわ美しい、秋の真ん中のある日のことだった。
 その夜はとても静かな晩で、たまたま〈すずらん亭〉もお客が少なく、ファルナとシルキアはゆっくりオーヴェルと話すことができた。これから半年の間は、こうしていつでも会えることができる。冬を迎えるのはちょっぴり辛いけれど、オーヴェルが村に帰ってくるのは純粋に嬉しかったファルナとシルキアであった。
「その晩は本を読みながら、うつらうつら寝てしまったの。それで、朝、すがすがしい風が通って、私を起こしてくれたの。窓の外は、まだ暗かったけれど、東の空は藍色だった。何かに誘われるように、私は一枚上着を羽織って、恐る恐るドアを開けた。準備中の朝の中に私は分け入ったのね。吐く息は少し白くて、とても心地よい緊張感が充ちていたわ。それで私はね……」
 ざっくばらんに物事を話してくれる心優しきオーヴェルと、会話の雰囲気の流れで、姉のファルナは素朴な疑問を訊ねた。
「オーヴェルさんは、どうして賢者さんなのに、わざわざ本の少ないサミス村とか、夏は森の中とかでお勉強してるのだっ?」
「お、お姉ちゃん! そんな言い方、すごく失礼だよ!」
 慌てて妹のシルキアが立ち上がろうとすると、ランプの炎がゆらめいた。ぽかんとした顔のファルナと、はらはらしているシルキアを交互に眺め、二十一歳のオーヴェルは品良く笑った。
「うふふ、大丈夫ですよシルキアちゃん。ファルナさんの疑問はもっともです。例えば私の父のオーヴァンも賢者と呼ばれているけれど、ラーヌ三大侯都の一つ、セラーヌ町で研究しています」
「うん」
 知らず知らずのうちに再び話に引き込まれ、シルキアも落ち着いて木の椅子に腰掛けた。むろんファルナは興味津々だ。
「それはね、一言でいうなら、本を読むことばかりが勉強ではないから、かしら……私の主な研究分野は自然と人間、そして魔法との関わり。町の中ではなく、こうして自然と一緒に暮らしてこそ、少しでもヒントが見つかるんじゃないかなと信じているの。もちろん私はこの村も森も大好きだし、この村に住んでいて本は少ないけれど、本では分からない貴重な体験を幾つもしたり、他の研究者にだって絶対に負けていないと思っています」
「やっぱり、すごいですよん。オーヴェルさんは、すごいのだっ」
 ファルナは茶色の瞳を輝かして拍手し、シルキアもうなずく。
「勉強のことは良く分からないけど、なんか伝わってくるよ!」
 オーヴェルはゆっくりと赤ワインの小さなグラスを傾ける。久々の再会の夜は、ふだん大人しいオーヴェルを饒舌にしていた。
 
 (*)シオネス:冬の神
 


 10月 5日− 


「ララシャ様、どうかお薬をお飲み下さいまし」
 今にも泣きそうな侍女の声が外から聞こえるが、ララシャ王女は広い自室の頑丈なドアに籠もり、厳重に鍵をかけていた。
「ごほっ。うるさいわねぇ。何よ、こんな風邪ぐらいで大仰な」
「ララシャ様、お願いでございます。大切なお体にもしものことがあれば……とりあえず、このドアだけでも開けて下さいまし」
「うるさいわねぇ、しつこいわよっ! ごほっごほっ。苦い薬なんて、まっぴら御免だわ。帰ってよ! あたし、今、ものすごく機嫌が悪い、ごほっ、のよっ。不敬罪よ不敬罪よ不敬罪だわっ!」
 さすがに怒鳴りすぎたのか、ララシャはふわふわのベッドに倒れ込み、咳き込んだ。身体は熱っぽくてだるく、頭は重かった。
 若い侍女はしばらく部屋の前で立ち尽くし、途方に暮れていたが、突如として唇を噛みしめ、決然とした顔つきになった。
「仕方ないわ。お忙しいあのお方にはご迷惑だけれど、これもララシャ様のため。とっておきの最後の切り札を使いましょう」
 そう呟きながら、侍女は長い廊下をそそくさと歩きだした。
 一方、依然としてララシャの籠城の決意は岩のように堅い。
「健康の固まりみたいな……ごほ……あたしが、何で薬飲んで寝なきゃいけないのよ。風邪なんて、つかまえられるんなら、闘術でぶっ飛ばしてやりたいわ! っげほっ、げほっ、頭くる!」

 それからわずか半刻ののち、心配そうに見守る兄のレゼル王子のかたわらで、侍女から風邪薬を受け取り、ベッドから上半身だけ起こして素直に飲み干したララシャ王女の姿があった。
 


 10月 4日○ 


「レフキル〜。サンゴーンですの!」
 家の下で、銀髪に青い瞳のサンゴーンが口に両手を当てて大声をあげると、レフキルは二階の窓からすぐに顔を出した。
「なに? いま行くよ」
「怪盗レフキルさんやーい」
 その隣には、どこかで見かけた警備所の騎士が立っている。
「ちょ……ちょっと、人聞きの悪いこと言わないでよ……!」
 八十パーセントの恥ずかしさと十五パーセントの怒りと五パーセントの嬉しさでやや紅潮し、大慌てで階段を駆け下りる。
「さすが、早いですわ〜」
 サンゴーンの口調はいつもに増してのんびりしていた。細身で、少し背の高い十六歳の女の子で、レフキルの大親友だ。
「どうも、お久しぶりです」
 ミザリア国の紋章を革の鎧の右肩に誇らしく輝かせ、頼りなげな、しかし頭の冴える若い騎士は軽く会釈をした。いつぞやの黒い手袋による幽霊騒動以来、数ヶ月ぶりの再会である。
「レフキルさんを怪盗と見込んで、頼みがあるのですが」
「だからぁ、あたしはごく普通の商人なんだってば!」
 結局、頼みは断れそうにないなと直感しつつも、何だか良くないことに巻き込まれそうだと察知したレフキルなのであった。
 


 10月 3日− 


[秋のスケッチ]
 凪いだ湖面に白い羊雲が映り、ゆっくりと流れている。空の果て、風の河を彷徨う雲と、湖のなか、水の表を流れる雲は、どちらも本物のように思えた。
 湖を囲むようにそびえる丘の上から見ると、湖はまさしく神の手鏡であった。針葉樹の濃い緑と草原の薄い緑に覆われた四方のゆるやかな丘は、時間によって移ろう光の射し込み具合で少しずつ様相を変える。
 湖のほとりをめぐれば、木の間からリスの親が警戒しつつ顔を覗かせる。鳥の声と、獣の遠吠え、風の歌声と湖のさざめき。私の心臓の音さえ、はっきりと聞き取れそうなくらいの、それは静寂であった。
 空は泣きたくなるほど青く透き通っていた。針葉樹の間の広葉樹はわずかに色褪せつつある、シャムル公国の保養地――ツォレス湖畔の秋である。

 ツォレス湖のイメージ
 


 10月 2日× 


[メラロール港、晴れ、風強し]
「潮の香りがすると、あたし、何だか浮き浮きしてくるんだ」
 やや強い海風に薄緑色の髪をなびかせ、左隣のリンが瞳を輝かせた。右隣のタックはしきりに手先を動かし、髪型が崩れるたびに整えているが、無駄な努力のようだった。俺は風の来る方をまっすぐ見つめ、横の二人を従えるようにして歩いた。
「さすがは船長さんの娘ですね、リンローナさん。でも、僕らも海にほど近いミグリ町の出身なんですよ。ねえケレンス?」
「まあ、そうだな」
 タックの質問に生返事し、俺は相変わらず全身で風を受け止めていた――何故か、ほんの少しの心地良さすら感じながら。
 足元の整備されたレンガの路は終わり、波止場の砂利道になった。ますます西風は強くなって竜を彷彿とさせ、リンローナとタックは砂埃に目を覆った。だが、その向こうには風をいっぱいに孕んで、ゆっくりと岸を離れてゆく大きな貿易船も見える。
「船の速さはいいもんだな。馬車より速くて、早馬より遅くて」
 俺がぽつりと洩らすと、少しの間を置いてからリンが深くうなずいた――肩の辺りで切りそろえた髪の毛を逆立たせて。
「あたし、船出が好きだなぁ。だんだん陸地が離れていくの」
「……そろそろ戻りませんか?」
 タックの眼鏡はレンズが抜け落ちているので砂埃の守りにはならない。口元に微かな笑みを浮かべて俺が無言で回れ右をしたとたん、チャンスとばかりに風がぐいぐい背中を押してくる。小柄なリンはバランスを崩し、俺の背中に突っこんで止まる。
「きゃあぁ……ごめんね」
「気を付けろよ。吹き飛ばされるぞ」
 忠告のついでに、わざと風下に押してやろうとも思ったが、ちょうど風将軍が吹いたのでやめておく。次のタックの言葉は風のなかで切れ切れになり、俺はそれをかき集めて聞き取った。
「帆船みたいに、風に、乗って、帰りましょう!」
 俺は前かがみの体勢で指を鳴らした。リンはさも楽しそうに笑い、潮の香りを大きく吸い込んだ。そして俺たちは歩きだした。
 


 10月 1日△ 


[ルデリア宗教学?]
 全てを作りたもうた天界の王・創造神ラニモスと、全てを破壊し消し去ろうとしている冥界の王・邪神ロイドは、ラニモスの妻とされ天上界の主である聖守護神ユニラーダとともに、ルデリア世界で普及しているラニモス教で最も重要な三人の神とされる。この場合、ロイドはラニモスの対極に置かれるのが一般的で、ラニモスは厚い信仰を受ける。当然ながらロイドは恐れられる。人は、新しく作り出すこと(ラニモス)や、現状維持(ユニラーダ)には喜ぶが、破壊や死(ロイド)は忌み嫌うものである。
 ただし、未開の村などに残る《原始ラニモス教》とでも言うべきものでは、ラニモスとロイドは一人の神の二面性として現されている。創造も破壊も、現状維持とは対になる動きであり、しかも破壊は創造を生み、創造は破壊を必要とする。長い間を経て、二つの性格はラニモスとロイドという二人の神に分かれた。
 人はまた、軽蔑の対象がいると安心するからだろうか。
 






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