[朝のグラス(3)]
(前回)
「まあ、本物も偽物も、同じようなもんだがね」
今や、魔法使いらしい黒の装いに身をつつんだ老人は、少女を見下ろして軽く笑った。
「?」
少しだけうろんそうに首をかしげ、少女は困惑気味のはにかんだ笑みを浮かべる。そして何度か目をしばたたき、乱れた髪に手を伸ばし、おもむろに触れて、整える仕草をするのだった。
「ほっ」
その間に、白髪と黒いローブの老いた男は、握り締めた杖を床に付くことなく、やや早足に部屋を横切った。髪と髭の、まるで雪のような白さと異なり、腰はそれほど曲がっておらず、その歩みは優雅で軽やかな――まるで、実った黄金の稲穂を揺らして湖面を渡る透き通った風を思わせた。
「よいしょ」
男が腕を伸ばした時、男はもう少女のすぐそばにいた。
「え」
少女は目を見張り、その視線は老いた魔法使いの手の動作に吸い込まれ、その動きとともに好奇心と一抹の畏怖、懸念を込めた目を――顔をあげてゆく。
「よいしょ」
黒い袖を伸ばし、白髪の男は身軽にグラスを握った。
ひょいと持ち上げると、確かに驚いて逃げる小魚の陰がよぎり、光の中には鮮やかな七色の彩りの虹がきらめいた。
彼はあっという間にそれを飲み干し、喉を鳴らすと、空になったグラスを無造作に置く。少女は目を見張っている。
グラスには、すぐにどこからか水が流れ込み、溜まってゆく。水面が左右に揺れ、揺れながらしだいに水かさを増してゆく。
この不思議な出来事の種はなんだろうという様子で、目を細め、少女は光と水の繊細な模様の変化を見つめていた。
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