2009年12月

 
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2009年12月の幻想断片です。

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 12月31日− 


[握手の時]

 ランプの炎と暖炉の光が、二階の部屋を照らし出している。
「外が静かになったね」
 そう呟いたのは、部屋の主のリュナン・ユネールである。暖炉の炎がパチパチと燃えはぜ、暖かさを優しく振りまいている。
「そろそろさぁ」
 答えたのはサホだ。今宵は友人のリュナンの家に遊びに来ていた。部屋は暖かでも、窓に寄ると急に寒さが近づいてくる。
「ほんとは海辺まで出ると面白いんだけどな……」
 残念そうに語ったサホは、すぐに首を振った。
「ま、ねむが風邪ひくと困るから、しょうがないやね」
「う〜ん」
 体が弱く、居眠りばかりして〈ねむ〉という愛称がつけられたリュナンは曖昧に答えながら、サホの立つ窓際に歩いていった。

 明日からは年始めの〈祝週〉が始まる。今年と来年が手を組み合わせる直前、ズィートオーブ市の旧市街の神殿には敬虔な人々が、広場や海辺には賑わい好きの人々が集っていた。
「そろそろかな?」
 リュナンが窓に顔を近づけると、硝子はあっという間に曇ってしまった。冷たい空気が寄り添ってきて、彼女は身を引いた。
「ひゃっ」
「しっ。ほんとに、もうすぐだ」
 サホが声を潜めた。学院生活では居眠りの常習犯だった二人は、今夜は夜更けまで起きている。既に望月は天高くある。
 今や街中が耳を澄まし、目を見開いて〈その時〉を待っている。聞こえてくる物音は、時折通り過ぎる風の音だけだった。
 リュナンがサホの耳に唇を近づけて呟いた。
「昼間に眠った甲斐があったね」
「そうさねぇ」
 サホがうなずいた、その時だった――。

 大きな音とともに、紫色の光の尾が昇っていった。
 それは種となり、大輪の黄色い光の花を夜空に描いた。
 魔術師たちが海辺で打ち上げた〈炎の花〉である。
「わぁーっ」
 サホとリュナンが遅れて叫び、二人は向き合って笑った。
 ついに真っ白な新しい一年が幕を開けたのだった――。
 


 12月19日− 


[曙の魔物]
 
 そこには魔物がいた!
 天使の仮面をかぶった魔物は温かくリュナンを包み込むように見せかけて、一度捉えた彼女を決して離さないのだった。
 そこは蟻地獄のような世界で、リュナンが藻掻けば藻掻くほど、より強い魔力で引きずられ、取り込まれてゆくのだった。
 淑やかなまぶしい光が結露した窓硝子を通り抜けてくる爽やかな朝の片隅で、リュナンは魔物に厳しい闘いを挑んでいた。
 
「ねむぅい……」
 彼女は毛布にくるまったまま、ベッドでまた寝返りを打った。
 


 12月18日△ 


[新しい大地]

 見渡す限りの荒野が凍えている。溶けかけた後に夜明け前の冷たさで氷と化した雪が残り、残った大地には霜がおりる。
「広いな」
 そう呟いた彼女の吐息は白い龍のように昇り、天に還る雪のように舞い躍った。はるか遠い山脈まで続く枯れ草の平原からも、生命の力そのものであるかのように白いもやが生まれ出ずる。空は薄い青で、あまたのちぎれ雲が模様を描いていた。
「よしっ」
 ユイランは再び走り出し、しだいに速度を上げたのだった。
 


 12月13日− 


 羽ばたいた風が運んでゆくのは
 昼のかけら――今日のかけら
 時をついばみ、時を運んで
 見えない風が遠ざかる
 


 12月12日− 


[冬空の下で]

 上着を着込んで帽子をかぶり手袋をはめた完全防寒装備の二人の少女が、村外れの荒れ野に並んで立ちつくしていた。
「青空に吸い込まれそう……」
 呟いたレイベル・クランディーの吐息は白く舞い上がった。大陸東部の奥、ナルダ村から仰ぎ見る冬空はどこまでも広い。
 隣のナンナは思いきり息を吸い、おなかと頬を膨らませた。
「ふあっ」
 限界に達したナンナは息を吐きだし、それから言った。
「ナンナは空を吸い込んじゃいたいな☆」
「!」
 レイベルは驚いて息を飲み、黒い瞳を真ん丸にしたが、しだいに表情を緩めて微笑み、相手の考えに理解を示すのだった。
「それって、すごくナンナちゃんらしいね!」
「へへっ」
 白い歯を見せて鼻の頭を押さえ、ナンナは嬉しそうに笑った。
 


 12月11日− 


[温かい雨の降り続く街]
 
「雨だね……」
 薄暗い食堂の窓から外を見ていたレイヴァが言った。光があれば強くきらめく少女の金の髪は、今は部屋の他のものと一緒に混じり合って彩度を失い、くすんだ色合いをしていた。
「うん。温かい雨だ」
 背中の向こう側から兄のシャンの声がして、レイヴァは振り向いた。十三歳の妹より二歳年上の兄は頭一つ分、背が高い。
 軽くうなずいた妹は再び屋敷の窓の外に目を向けた。
「強くなくて、柔らかい雨に見えるね」
「灰色の、優しい冬のベールかな」
 声量を下げる代わりに子音を強調し、兄が静かに呟いた。

 それから二人は黙して耳を澄ました。家の中にいると雨音は聞こえない。たまに屋根から寄り集まってこぼれ落ちる雨の雫たちがささやかな驚きの声を上げるが、それ以外は時たま外から何か遠い音が聞こえるくらいだった。
 南の海に面しているエスティア伯爵領ミラス町は、冬でも雪は降らず、穏やかに安らかに時が流れてゆくのだった。
 


 12月 8日− 


 澄みきった風
 池に映る青空
 白い太陽のきらめき

 池の表面に張り巡らされた氷には、光と風が手を携えて凍りついたかのような、摩訶不思議な紋が刻印されている――。
 


 12月 7日− 


 恒星を光で紡ぐ流れ星 ☆.。.:*・゜☆.。.:*・゜☆.。.:*・゜☆.。.:*・゜☆
 


 12月 6日− 


船上の宵]

「ウピが来てくれて、本当によかった」
 しんみりしたレイナの言葉が闇の中に響いた。
 背中はゆったりと揺れ動いている。静かな晩だ。
「そう言ってもらえて、嬉しいな。ありがとう」
 船室のベッドに身を横たえたまま、ウピが応えた。
 夢のように、星明かりのように、波音が遠く奏でていた。

「ウピがいなかったら、私、心細くて耐えられませんでした」
 普段は冷静で落ち着いているレイナの声は、少し震えていた。ウピは黙ったまま、隣のベッドの友の話に耳を傾けた。
「島から離れて、ある意味では時からも切り離された、この寄る辺もないミザリア海の上で、夜も北へ向かって動きながら……たった一人でいること考えると、今の幸せに涙が出てきます」
 抑えた口調だったが、レイナはすでに涙声だった。

 小さく鼻をすする音がやみ、船室がまた静まり返った後、ウピは優しく温かな喋り方で強い気持ちを言葉に乗せたのだった。
「本音を話してくれて、ありがとう。レイナ」
 そして今度は思いきり明るい声で、相手に呼びかけた。
「レイナと一緒に寝るのは、初めてだよね!」
 隣のベッドにいるレイナはくすっと笑ってから、応えた。
「授業は一緒に受けたけど、一緒に休むのは初めてです」
「そっか……そうだよね。じゃあ、今日は記念日なんだ」
「ええ」
 真っ暗な闇の中で、レイナが微かにうなずく気配がした。
「明日もいい日になりそう」
 ウピが言うと、レイナは涙の名残を手の甲で拭き、語った。
「そうですね、ウピと一緒だから。じゃあ、おやすみなさい」
「おやすみ、レイナ」
 友が返事をした。そして少女たちは深い夢に落ちていった。

(おわり)
 


 12月 4日− 


 あの空のかなたに浮かび
 遠すぎて見えないけれど

 今日までの土台と夢と
 新しい気持ちがつくる

 明日の思い出
 


 12月 1日− 


「どんな巧みな御者よりも、
  どんなに速い名馬よりも、
   どんな豪華な馬車よりも。
 
 移動の時間をもっと楽しく、
  もっと縮めてくれるのは、
   ……おしゃべりなんだよん!」

――ガルア公国公女 レリザ・ラディアベルク
 




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