2010年 1月

 
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2010年 1月の幻想断片です。

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  1月31日− 


[十年分の想い出(2)]

(前回)

 リンローナのまっすぐな視線をルーグは真面目に受け止め、ケレンスは少し困ったように目を逸らした。姉のシェリアは満足そうに口元をわずかに緩め、タックはしっかりとうなずいた。
 声が途切れると暖炉の燃える音が硬質に、不規則に響く。
 聖術師の少女は唇を開いて、再び言葉を紡ぎ始めた。
「夏の高原の村、サミス村での出来事。秋の、アネッサ村の音楽祭。森の奥の冒険……本当に、いろんなことがあったね」
 他の四人は黙っている。遠くを見ている者もいれば、軽く目を閉じた者もいた。それぞれの方法で、想い出を反芻していた。
「これからも、よろしくね!」
 最高の笑みでリンローナが言うと、自然と他の四人の右手は、それぞれの前に置いてあるグラスをつかんで持ち上げた。
 リーダーのルーグは温かな声で、ごく自然に宣言をした。
「私たちの出会いと、前途を祝して……」
 注目が集まる中、リンローナも遅れてグラスを手にした。
「乾杯」
 ルーグが告げると、続いて仲間たちの声が重なり、弾けた。
「乾杯っ!」
 かちんと響いたグラスは、彼らの心の音でもあったのだった。

(おわり)

リンローナルーグケレンス
シェリアタック
 


 幻想断片十周年 

 2000. 1.31.〜2010. 1.30. 


  1月30日− 


[十年分の想い出(1)]

 外はぼたん雪が降り続いている。ランプの明かりがぼんやり投げかけられた窓の向こうを、白い天使たちが横切ってゆく。
 メラロール市はすっかり暮れて、人々は帰路につき、それぞれの夜を楽しんでいた。ある者は笑い、ある者は安らいだ。
 とある街角の宿、宿の食堂で暖炉の炎が燃えはぜる。その片隅で五人の旅人たちが食後のメフマ茶を味わっていた。南国伝来の香ばしさが、温かな湯気に乗って部屋を充たしている。
「この一年、十年分ぐらいの想い出がいっぱいあるよ……」
 話が途切れた時、遠い目をして語ったのは聖術師のリンローナだった。故郷を遠く離れた少女の瞳がきらりと銀色に光る。
「みんなのお陰だね。ありがとう」
 もうすぐ十六歳になる小柄な少女は、旅の道連れたち――戦士のルーグ、実の姉で魔術師のシェリア、剣術士のケレンス、盗賊ギルド所属のタックを一人ずつじっくりと見回していった。


  1月28日− 


「あの曇り空、尖った針で線を引けば……」
 リュアが小さく温かな吐息をつき、薄い灰色の天を仰いだ。
(きっと白い雪の粉が、ほんの少しだけこぼれ落ちてくる……)
 冷え切った町を歩きながら、リュアはほとんど声を出さず、唇を微かに動かして想いを独りごちた。
 そのひとかけらの雪が――もしかしたらデリシ町に落ちる、今年最初で最後の雪になるかもしれない。
「あと少し……」
 リュアは再び喉を震わせ、橙色の手袋の両手を堅く組み合わせた。
 
 軽やかに北風が流れ、港町の通りを駆け抜けた。
 そこでリュアはふっと地上に目を戻し、家々の屋根から、曇る窓硝子に目を移した。
 彼女はしばし立ち止まり、微かに呟く。
「テッテお兄さんに頼めば、叶えてくれるのかな……」
 それから少女はまた空の遠くに眼差しを運び、ほんの小さな溜め息をつくのだった。
 


  1月27日− 


 虹の七色の球の
 赤と橙、黄色に緑、水色、青と紫色の――
 一つ一つ、ぷかぷか浮かべて――
 


  1月26日− 


「この中に、温もりを隠しているはずです」
 オーヴェルが指さした。
「中に火がある、とか?」
 シルキアが軽く言った事に対して、オーヴェルは真面目な顔をした。
「意外とそうなのかも知れません」
「えっ」
 驚いたシルキアは茶色の瞳を丸くした。彼女の姉のファルナも尋ねる。
「土と炎が、仲良しなのだっ?」
 村娘の素朴な答えに、オーヴェルは顔をほころばせて軽くうなずいた。
「ええ。例えば温泉です」

(続く?)
 


  1月25日− 


 光が地下から溢れる
 夜の地上に

 星のまたたき
 昼間の太陽たちが
 ぼうっと白い光を――
 


  1月23日− 


[空のお料理]

 二人の少女が緩い坂道を並んで下りてくる。通りには石畳が敷かれ、道は左側に向かって柔らかい曲線を描いていた。
「空が……」
 天を仰いだリナが歩きながら呟くと、ナミリアは聞き返した。
「えっ?」
 すると先輩のリナはほんの少しだけ声量を上げた。
「空が、お料理してると思って……」
「お料理ですか?」
 ナミリアは目を白黒させた。二人はモニモニ町の学院で料理研究部に所属しており、部長がリナ、ナミリアは後輩だった。

 赤茶色の瞳をしばたたき、ナミリアは上を見た。
 整然と立ち並ぶ三階建ての商店の向こう側に、澄んだ青空が身体を伸ばす。そこには細切れの白い雲たちが広がっていた――まるでフライパンの中に散らした黄色の炒り卵のように。
「あっ。確かに、そうですね。リナ先輩」
 同調したナミリアは、その後すぐに左手で腹部を抑えた。
「なんか、おなか減っちゃいました……」
 恥ずかしそうに告白したナミリアに、リナは言った。
「ドーナッツ屋さんに、行きましょう」
「は……はいっ!」
 ナミリアは大きくうなずいた。横から吹いてくる冷たい風を吹き飛ばす温かな心で、二人は広い通りを歩いてゆくのだった。
 


  1月21日− 


 その透き通れった泉は
 誰の姿も映さない

 だけど
 その誰かさんは

 立ち止まって
 何が映るのかを想像する

 その時、泉は完成する
 心の奥底に映るから
 


  1月19日− 


[雪の種、雪の花]

「咲いてる!」
 シルキアが叫んだ。少女の唇の間から立ちのぼる吐息が、白藍色に冴えわたる大空に溶けていった。
「ほんとなのだっ」
 後ろから来て、茶色の瞳を大きく見開いたのは、姉のファルナだ。

 姉妹が細長くて白い〈雪の種〉を凍える銀色の大地に蒔いたのは、数日前の事だった。
 それをくれたのは、村の若き賢者、オーヴェル女史であった。
「見つけた」
 銀色に塗り替えられた平原で、その二粒の〈雪の種〉は母なる雪に抱かれて静かに眠っていたが、オーヴェルは確かにそれを見出した。しゃがみこんだ賢者は大切にそれをつまみあげ、一つ目をシルキアに、二つ目をファルナに託した。
「うわぁ〜」「かわいい」
 姉妹の手袋の上で溶けそうだった〈雪の種〉――それは普通の雪の塊ではなく、硬くて冷たい生命の息吹だった。

「これでいいの?」
 シルキアの問いに、オーヴェルがうなずく。
 二人は家の近くの凍りついた水たまりに穴を開けて種蒔きをし、そのそばの踏み固められた雪の層に小さな立て札を突き刺した。

「白玉団子みたいですよん」
 ファルナが不思議そうにつぶやくと、すかさず妹が言う。
「お姉ちゃん、すぐ食べ物のことを思い浮かべるんだから〜」
 そういうシルキアの顔もほころんでいた。
 三人は冷たさに頬を染めながら、真っ白な大地に開いた〈雪の花〉を飽きずに眺めるのだった。

ファルナシルキアオーヴェル
 


  1月18日− 


 空と海と、わたしのうた
 
 波のリズム
 風のハーモニー
 それを感じるわたし
 
 わたしのメロディーを重ねる
 
ルヴィル
 


  1月17日− 


 この広い海の向こうにも
 世界はずっと続いてる

 いつか私も島を出て
 遠く旅する日が来るのかな
 
レフキル・ナップル

2009/09/19 Rebun Island
 


  1月11日− 


[灰色のかなた]

「寒いね〜」
 上着に身をつつんだリンローナが腕組みをすると小柄な身体が余計に縮こまって見えた。温かな吐息が微かな朝風になびいて溶けてゆく。
「鮮やかさが微塵もないわね」
 答えたのは姉のシェリアだ。空のくすんだ灰色を受けて、家も町も、木も森も、彩度を失っていた。
「でも、割と好きだわね。この景色」
 シェリアが続けた。紫色の澄んだ瞳から投げかけている視線と、引き締めていた口元をわずかに和らげる。派手好きと思われる令嬢の、意外な告白であった。
「地味だし寒いけど……」
 そう呟いて肩をすくめる。

 しばらくしてリンローナが相づちを打った。
「そうだね」
 そして妹はさらに言葉を紡いだ。
「あの灰色の空のかなたには、春が待ってるのかな」
 リンローナの呟きに、シェリアはそっけなく言った。
「知らない」
 それからほっと息をつき、くすんだ灰色の世界を見つめた。
「もしかしたら、そうかもしれないけど」
「うん」
 リンローナが頷いた。姉妹はしばし、その場に立ち尽くした。

シェリアリンローナ
 


  1月 6日− 


[風の水(1)]

 からっとした太陽が白い石作りの町を照らしている。降り注ぐ光の中から年頃の二人の少女が並んで坂を下りてくる。
「いい陽射し」
 ウピが額に手をかざした。南国のミザリア島は乾期を迎え、晴天が続いている。
「強い光ですが、それでも夏場より優しさに充ちていますね」
 隣を歩いているレイナが相槌を打った。
「そうだね〜」
 ウピが笑顔でうなずいた。この時期、島では川や溜池、井戸の水位が下がる。本格的な渇水になることは少ないが、若干、水の確保が心配になる時期である。
 
 下り坂が終わり、小さな広場の横を通る。その時、グラスを持った中年の男が立っていた。金色の髪を揺らし、青いマントの裾をはためかせ、あごひげを生やしている痩せぎすのその男は、ウピに目を合わせて語りかけた。
「〈風の水〉はいかがですか」
「おっ。水飲む?」
 ウピはふと立ち止まり、レイナに呼びかけた。すると相手も足を止め、少し首をかしげて声をひそめた。
「前に飲んだ時は生温かったんですが……」
 レイナの懸念を捉えた男は、やや甘い口調で説明した。
「うちの店は天に近い風を捉えますから大丈夫ですよ」
「そうなんだ。飲んでみようかな。一本だけ」
 ウピが前向きに言うと、レイナは友に合わせて同調した。
「それなら二人で分けましょう。私も半分出します」

ウピレイナ

(続く?)
 


  1月 4日− 


[新しい花]

 星たちを光で塗り潰して、冷えきった朝に太陽が登ってきた。
「冷たい朝」
「でも、この朝、好きよ」
「あたしも好き」
 森の奥、斜めに差し込んできた輝きがようやく届き始めた草の影で、可愛らしい声が聞こえてきた。薄い青の軽いドレスを身にまとい、この吐息も凍る季節に上着さえ羽織っていない。
 花のつぼみくらいの大きさしかない三人の少女は、きらめく長い金の髪を微かな朝風に揺らしている。
「さあ、行きましょう」
 好奇心旺盛な瞳を瞬かせ、透けて見える背中の羽で飛び立ったのは、森の小妖精たちだった。
 


  1月 3日− 


 光のつぼみが
 真冬の夜に花開く――

 冷たい星影のように
 あの澄んだ瞳のように
 


  1月 2日− 


[七色の雪]

「雪の後にも虹は出るのかな……」
 離れてゆく雪雲を優しい瞳で見上げ、ナルダ村の村長の娘、十二歳のレイベル・クランディーが呟いた。雲が退いて開いてゆく空は青く透き通っていた。黒髪の少女は重ね履きした長ズボンと耳まで隠れる毛編みの帽子、裾の長い毛皮の上着に黒うさぎの毛のマフラー、という完全防寒の出で立ちであった。
「試してみようよ♪」
 そう言ったのは魔女の卵のナンナ・リルローだ。隣に立つ同級生のレイベルと同じくかなりの防寒装備だが、上着やマフラーは可愛らしい薄桃色で彼女の金の髪に良く似合っていた。

「……」
 ナンナはほうきを両手でつかんでまたがり、何やら小声で呪文を唱え始めた。レイベルもしっかりとほうきの柄を握りしめている。二人はいつの間にか、揃いの茶色の耳当てをしていた。
「行け〜っ☆」
 小柄な魔女の卵が得意の魔法を使って瞳を大きく見開くと、古びたほうきはあっという間に大地の呪縛を解き放たれた。ほうきの柄をつかんでいた二人の身体は、お尻が持ち上がる感覚がした後で両足が地を離れ、ゆっくりと確実に昇っていった。
 
「あっちに雪雲が見えるよ」
 レイベルが指さした。ナルダ村はすでに小さくなっている。
「よ〜し、行ってみよう☆」
 ほうきの前に座るナンナは、風を切って空の船を進めた。
「真っ白な、冷たい雲……」
 レイベルが感嘆の溜め息をついた。雲はもうすぐそこだ。
「よーし。幸せたくさん生まれますよ〜にっ♪」
 ナンナはそう言った後で、真面目に呪文を唱えた。
「ζξфэ∂刀c…クォールン!」
 後ろのレイベルも漆黒の瞳を潤ませて一緒にお願いをした。
「今年も、たくさんの幸せが生まれますように」
 ほおが冷たく、目が染みる。それでも二人は真剣に祈った。

 魔法が成功し、雪雲から水の精霊が散らばったが、それはすぐに空の冷たさで凍りついた。そのまま風に乗ってナルダ村の方へ流れてゆく。太陽の光を背に散りばめられた昼間の銀河は、やがて淡く美しい七色に彩られた虹の橋を形作ってゆく。
「きれい……雪でも、虹が架かるんだね」
 レイベルはうっとりと眺め、ナンナは嬉しそうに笑った。
「今年も、いい一年になりそうだね〜♪」

「ありゃ、こんな季節に虹だ」
「こりゃあ、珍しいこともあるもんだね」
「すげえじゃん!」
 年初の悪戯は、ナルダ村の人たちを幸せにするのだった。
 


  1月 1日− 


[緑の冬木立]

 その朝、セラーヌ町の空はどこまでも蒼く冴え渡っていた。先日降った粉雪もほとんど乾いた草原の町を、明るく温かな太陽が照らし出していた。母なる河、ラーヌ河の流れは穏やかだ。
 町の郊外を歩いていた少年が、ふと立ち止まった。優しげな瞳に空の蒼を映す聖戦士の卵、十五歳のリック少年である。
「今年もまた、みんな〈年輪〉を重ねていくんだね」
 見上げたのは一本の冬木立であった。葉はすべて落ちていたが、蔓性の植物が幹や枝に絡まり、木を緑に見せていた。
「二つで一つ。不思議な命だね」
 凛と立つ木と、緑の蔓を見つめて、リックはそう呟いた。
「よし、僕も……空を目指そう」
 柔らかな金の前髪を軽く掻き上げると、未来の可能性に満ちあふれた少年は、瞳を強く輝かせて再び歩き出すのだった。


2010/01/01 緑の冬木立
 




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