作戦のゆくえ 〜
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秋月 涼 |
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港とも言えないような簡素きわまりない島の入口の船着き場で、大師匠のメロウ氏の船を見送った帰り道のことであった。 空は薄曇りで、通り過ぎる風は肌寒い。ここは大陸北東のメロウ島で、まもなく初雪が降ってもおかしくはない季節である。 「……師匠」 師匠を呼んだのは無口な弟子――眼光の鋭いキナである。 「ん?」 声をかけられた武術のセリュイーナ師匠は、薄手の革のジャケットを羽織っていた。寒さに強くなることも心身を鍛える一環なのだ。短い黒髪は艶やかで、髪よりはやや色褪せた闇色の動きやすいズボンを履き、背は高く、筋肉質の二十七歳である。 斜め後ろを歩いていたキナは突拍子もないことを言い出す。 「大師匠と師匠は、どういう関係……?」 「はぁ?」 セリュイーナは自分の耳を疑って思わず立ち止まり、即座に大声で聞き返す。キナが珍しく話し始めたと思った矢先の、突然の意味不明な質問に、腹立たしいというより落胆していた。 しかし次なるキナの畳みかけには、さすがは肝の据わったセリュイーナといえども、目を丸くしないわけにはいかなかった。 「愛人の、関係?」 「馬鹿いってんじゃないよ!」 セリュイーナは珍しくも取り乱して声を荒げ、一瞬、頬を赤くさせる。普段、弟子たちを指導し、叱咤激励するのとは明らかに違う――その様子は、やはり動揺という一語が相応しかった。 「師弟関係に決まってるだろう!」 皆の注目を浴びたことを感じたセリュイーナは、続く二言目は声の調子を落とした。島の所有者である中年紳士のメロウ大師匠から修行場を任されるだけあり、彼女は自分を律する訓練を長く重ねているので、以後は素早く冷静さを取り戻していった。 その時であった。二人から少し後ろの方で、筆頭の弟子のユイランと、やはり愛弟子の〈お嬢〉ことメイザが何やら耳打ちし合っているのを、目ざといセリュイーナは見逃すはずがなかった。 「ははーん」 師匠が振り向くと、ユイランとメイザはびくっと驚いて止まる。 「なんすか、師匠……」 十九歳のユイランは、何故か目線を合わせようとしなかった。 「黒幕、見ぃつけたー」 どんよりと低く這うような声と、思いきり引きつった微笑み。 我を忘れて怒り狂うのもそれはそれで怖いのだが――実は、今のように妙な穏やかさの仮面をかぶっているセリュイーナが真に最も恐ろしいことを、ユイランもメイザも良く承知していた。 「し、師匠、黒幕とは何のことで……何ぞや」 上目遣いにそっと師匠の顔色を伺っているのは、筆頭の弟子のユイランであるが、肝心の師匠も発端のキナも沈黙を守る。 「あ、あの、私は何も……全部、ユイちゃんが悪いんですよー」 言い訳を始めたのは育ちの良い〈お嬢さん〉ことメイザだった。後輩のユイランは、現在の置かれた状況を忘れて大慌てだ。 「お嬢さん、ずっるーい、裏切るなんて」 「醜い争いはやめーっ!」 張りつめた注意が飛ぶと、弟子たちの動きは魔法のようにピタリと止まった。師匠は続けて頭の中の判決文を読み上げる。 「キナをたぶらかした罪で、ユイとお嬢には特別メニューを与える。これから島を五周。夕食までに終わらせること。いいね!」 「ええーっ!」「あぁ……」 次の瞬間、ユイランの驚愕とメイザの絶望が重なって響く。 普段は交流が許されていない男の弟子たちが笑う中を縫って、二人の女流格闘家はほうほうの体で駆け出すのだった。 「作戦失敗しちゃったね」 メイザは汗を拭いながら感想を洩らし、ユイランもめげない。 「次なる手を考えなきゃ……っすね!」 厳しい格闘術修行の息抜きの、ちょっとした楽しみなのだ。 ユイランは駆け足足踏みをして、遙か向こうの師匠に問う。 「で、本当のところはどうなんすかー?」 「さっさと行きなぁ!」 大げさに空振りの蹴りをしたセリュイーナ師匠の表情は、今度は遠目にもはっきり分かるほど屈託のない明るい笑顔だった。 | ||
(了) | ||
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