2009年 9月

 
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2009年 9月の幻想断片です。

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  9月24日− 


[虹の柱]

 あの虹の柱に入ったら
 どんなに色がきらきらしてるんだろう――

 追い掛けても追いつけずに
 だけどついてくる月のように
 きっと手に取れないから
 空に溶けていくのを見ていた

2009/09/19 須古頓
 


  9月20日− 


[東三つ岳]

「ええ、まさしく〈神の領域〉でした」
 旅人のロフィアはうなずき、さらに言葉を紡いだ。
「神と言っても、最高神ラニモス様や聖守護神ユニラーダ様、もしくはアルミス様やスカウェル様たち四季の神々とも違います。それが何か分からないけれど、もっと原始的な神様でした」
 近くのテーブルに座っていた村の木こりたちは、葡萄酒をなみなみと注いだ木のコップを傾けながら青年の話を聞いていた。
「青空が近く、雲が頭上のすぐ近くを速く流れてゆきました。足を止めると音が消えた。私の足音が途絶えれば、鳥の鳴き声さえ聞こえないからです……時折吹いてくる風の音の他には」
「そんな場所が〈東三つ岳〉にあるってのか」
 髭を生やした男が感銘を受けた様子で語った。この村からさらに辺境の東を目指して三つ目の峠にあたる〈東三つ岳〉付近には、村の男たちもあまり行かない。旅人はその山を越える時に少し脇道へ入ったところ、天に近い平原を見つけたのだった。
「ええ」
 ロフィアはまたうなずいて、しばらくの間、遠い目をした。


2009/09/20 松山湿原
 


  9月17日− 


[風の満ち潮(2)]

(前回)

 鼻の穴を動かして、サホは首をかしげる。
「煙臭くはないけどさァ……」
「ちょっと気になるよね」
 リュナンは友の隣に立つと、そっと右手を差し出し、その雲だか霧だか分からないものに触れようとした。サホは制止こそしなかったが、唇を噛みしめ、厳しい眼差しで様子を伺っている。
「あれっ」
 リュナンは右腕に少し力を込め、それから横のサホを見た。
「煙なのに、抵抗があるよ。不思議な感触」
「どれどれ」
 警戒は緩めず、サホはそろりそろりと腕を伸ばした。突き出した握りこぶしが、少しずつ白い霧の横っ腹に沈み込んでゆく。
「なんだこりゃ。雨の後のぬかるみっぽい感じ?」
 霞はだんだん上昇していく。サホが思いきり右腕を引っ張ると、その勢いで雲は分かれて、部屋の中に浮かび上がった。
「この雲なら、乗れそうだよね〜」
 窓から入り込む微かな風に揺れ動いている、天井に張りついた本物の雲のような白いもやを仰ぎ見て、リュナンが言った。
 サホは納得がいかない様子で、首を傾げて腕組みをする。
「あいつらの仕業じゃないといいんだけどさ……」

 その時、突然――。
「あーっ!」
 一階の方から男児の悲鳴が聞こえた。
「ラルグ!」
 サホは弟の名を叫んだ。考えるよりも身体が動いたのだろう、次の瞬間には部屋のドアに殺到し、廊下を駆け出していた。

(続く?)
 


  9月16日− 


[風の満ち潮(1)]

「……ってな訳さァ」
「ふっ、ふふっ」
 大げさな身振り手振りを交えた級友のサホの話に、聞き手のリュナンはうつむいて両肩を小刻みに震わせ、口元を握りこぶしで抑えながら笑った。少女が震えるたびに、ちょこんと腰掛けている古びた椅子が軋みをあげる。他方、話し手のサホは自分のベッドに堂々と腰掛けたまま、赤茶色の前髪を掻き上げた。
 ここはルデリアの南西部、今や大陸最大の都市となったズィートオーブ市の旧市街にある〈オッグレイム骨董店〉の二階だ。サホの部屋の窓からは、午後の光が一杯に入り込んでくる。

 話が途絶えた時、その外からの明るさが急速に弱まった。
「ねえ、サホっち」
「ん?」
 リュナンの呼びかけに、今度はサホが聞く体勢になる。髪留めで束ねた淡い金色の後ろ髪を軽く揺らし、あまり日焼けしていない色白のリュナンは、ほっそりした腕を伸ばして窓の方を指さした。青い瞳をまばたきさせて少女は不安そうに告げる。
「お天気、急に曇ってきたね」
「何だろ」
 サホは立ち上がり、大股で窓の方に歩いてゆく。そして顔を高価な硝子窓に近づけ、腕組みしたまま天の高みを仰いだ。
「ずいぶん低い雲だな〜」
「霧かな? 煙かな?」
 リュナンも心配そうに近づいて、サホの後ろから外を見た。
「なんか変だ」
 ガラガラと重い音を立てて硝子が動く。サホは窓を開けた。


  9月15日− 


 夕陽が橙色の光を投げかけ、広場に深い影を刻んだ。
「レフキル〜」
 露店で売り物を片づけていると、泣きそうな声でサンゴーンがやってきた。背丈はあたしより高く、体つきはほっそりしている。白い大きな帽子をかぶっていて、今日はなんかいつもと違う様子だ。澄みきった双つの青い瞳は潤んでいるように見える。
「どうしたの?」
 何かよっぽどの事情があるんだろう。訊ねてみたけど、サンゴーンはうつむいて返事をしない。あたしは店長に目配せした。
「ちょっとだけ、外していいですか?」
「ああ。ちょっとだけ、明日の朝までな」
 店長は荷物を運びながら、飄々とした口調で言った。今日は帰っていいぜ、という意味だ。あたしは感謝して、頭を下げた。
「すいません」
「ごめんなさいですの」
 サンゴーンも謝った。それから、あたしたちは歩き出した。

(続く?)
 


  9月14日− 


 小さな塚に向かって木のひしゃくを傾けると、水が白い線を描いてこぼれ落ち、飛び跳ね、大地を伝って湿らせてゆく。
「良く働いてくれたな」
 老人が目を細めた。塚には白と黄色の花が揺れている。
 それは、彼の愛馬の墓だった。
 
 太陽が顔を出し、雑草の影が濃く刻まれた。ひしゃくに少し残った水が宝石のごとく輝き、時に虹色のようにきらめいた。
 背中が曲がり始めた老人は、その場を後にしてゆっくりと歩いていった。町外れの四つ辻を、小さな荷馬車が横切った。
 


  9月13日− 


[空の水たまり]

「あたしらにとっては、水浴びするとこだよ」
 若い風の精霊は、そう言って銀色の後ろ髪を掻き上げた。

 青く澄みきった空の下、白い雲の池が点在している。あれが合わさり、膨らんで塔のように高くなり、灰色の大きな海原となって雨を降らせる。空で生まれた天気が地上へ降りてゆく。
 そして私の足元に、私の知っている水たまりが生まれる。透き通った水たまりは、風の言う〈空の水たまり〉――雲を映す。

 雲は流れ、時は移ろう。
 水たまりは消え、いつか現れる。先に空に、後で地上に。
 私はほとんど変わらず、ここにいる。

「じゃあね、木の精霊」
 高い枝に腰掛けていた風の精霊が身を起こし、手を振った。彼女はすっと森を離れ、青空に吸い込まれてゆく。さっき聞いた遠い国の物語を思い浮かべながら、風の旅の無事を祈った。


2009/09/07 初秋の空
 


  9月 5日− 


 光の降り注ぐ川沿いに、麗しく明るい緑が連なっている。少しだけ紅葉の始まっている木々は橙と黄色が入り混じっている。
 一枚の葉が川面を滑ってゆく様子は、あまりに水が透き通っているので、低い風に乗って宙に浮かんでいるかのようだ。
 昨日の雨の名残――木の葉に乗っていた雫の宝石たちを、鳥や風が気まぐれに降らせる。光と影が交錯し、舞っている。

 いよいよ森に足を踏み入れる。
「秋を先取りだよっ」
 夏は地味に思えた少女の茶系統の服は、秋の始まりの森には似つかわしい。森の中の空気は生命の息吹で賑やかだ。涼やかな湿り気とともに、草木の匂いを辺りに振りまいていた。
 




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