[きら星のかけら、恒星の種]
「ほら」
白い吐息とともに、その子はこぶしを開いてゆく。
小さな掌に掬い取られた、たったひとひらの粉雪は――。
今ではほのかに蒼白く、その内側に輝きを秘めていた。
「これは……?」
「きら星のかけら。大人たちは〈恒星の種〉って言うけど」
淀みなく答えたその子供は、少し首を傾けて私を見上げた。
その子に出会ったのは、その冬一番寒い晩のことだった。暖かい裏地を貼り付けた上着を羽織り、襟を立てていたのにも関わらず身体の芯から冷え、木枯らしが吹くと頭を下げて歩く。
そこは遮るもののない吹きっさらしの風が容赦なく隼となって天翔ける、川沿いの堤防の上を続く闇の色濃い小道だった。
「きら星のかけら? 恒星の……種?」
説明された言葉を繰り返すと、その子は両手を高く掲げた。
「夜空の野原に、星の種を蒔いたら」
「ワアッ」
突如、重力がなくなる感覚を覚えて、思わず悲鳴をあげた。
目を開けていることはできなかった。ジェットコースターやエレベーターに似た墜落の感じ、形のないものが渦巻いている混沌の雰囲気が魂を通じてひしひしと伝わってくる。少し遅れて、原初のものに対するおののきが心の根底から猛烈に浮上する。
それでいて上着や髪の毛は全く動いていないことに気づくのは、そのあまりにも非日常的な感覚に馴れてきた頃だった。
そこはいつか子供のころに図鑑で見た――あるいはSF小説の挿絵に描いてあったのを彷彿とさせる世界だった。数えきれないほどの星が、それが寄り集まって渦を巻く銀河が幾つもちりばめられ、見たことのない星座を形作っていた。落下する感覚を継続的に味わいながらも、当初の畏怖は、足の小指の先までもが震え、痺れるほどの感銘へと昇華してゆくのだった。
そして少し横に視線を送れば、出会った時とほとんど同じ距離の場所にあの子が立っており、さっきと何一つ同じポーズを保ったまま両手を上に伸ばし、その眼は銀河を映していた。
「種は全部、芽になるわけじゃないから」
こちらの視線に気づいたのか、その子ははっきりと呟いた。
息を飲んで、見守る――何かが起こる予感がする。
それは鼓動が一つ打ち、次が打つまでの出来事だった。
その子の手から、元々は消えかかった雪の粉が変化したはずの、蒼白いきらめきを秘めた小さな〈恒星の種〉が浮上した。
刹那、頭上で一斉に光が瞬いた。
表現し尽くせないほど、すさまじい閃光だった。
太陽をじっと睨んだ時や、間近でカメラのフラッシュを焚かれた時など比較にもならない、圧倒的に強い輝きが爆発した。
まるで数億、数兆の花火を一気に点火したところを、目の前に突きつけられたかのような、それは想像を絶する煌めきだ。
全てを見届けられるはずもなく、すぐに気を失った。
――と思ったが、はっと我に返る。
針のような厳しい木枯らしが、背中を強く押してくる。
さっきの爆発が夢ではなかったことを照明してくれる残像が消えて、しだいに目が慣れてくると、そこは見慣れた場所だということに気づく。暗闇の深い、河の堤防の上を縫って続く道だ。
「あれ……」
あの子の姿は消えていた。
痕跡を求めるかのように、空を仰いだ。
都会の明かりに照らし出された重い曇り空からは、弱い粉雪が気まぐれに降ったりやんだりと、音もなくこぼれ落ちていた。
あの子が蒔いた星の種は、上手く芽吹いたのだ。
それを知ったのは、家に帰ってすぐに点けたテレビのニュースだった。巨大望遠鏡で撮影された画像に、眼が釘づけになる。その画像に映った星や銀河の配置に見覚えがあったからだ。
ちょうど説明が終わったところだったようで、宇宙の画像は消え、代わりに見慣れたナレーターの顔が画面に映し出された。
「超新星が発見されたニュースでした。次は……」
その後の言葉は全く耳に入らない。
あっという間に、気持ちは何光年も先の銀河に飛んでいた。
あれは、本当だったのだ――。
背中の神経に感銘の震えが走り、身じろぎ一つできない。
それはあまりにも天文学的に隔たった時空だが、関係ない。
目を閉じて、あの光景を思い浮かべて、両手を合わせる。
短い一生のうちの、短い時間を割き、永遠の祈りを捧げる。
生まれたての星が、遠い未来、豊かに花開くことを願って。
(おわり)
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