僕は現れた。
目の前には、だだっ広いコンクリートの壁があった。
壁は草原の上に造られ、青空の彼方まで続いていた。
その先は霞み、終わっているのかさえ分からなかった。
僕の後ろには何もなかった。
黄緑の絵の具を塗りたくったような単色の野原だった。
壁には無数の窓が、それこそ至る所に開いていた。
壁は壁であり――と同時に、窓の集合体でもあった。
それぞれの窓には、深緑の扉がついていた。
その扉は大きく開かれ、向こう側の世界を映していた。
そして僕は壁に向き合い、黒い梯子をかけた。
伸ばそうと思えば幾らでも伸ばせる、鉄の梯子だ。
その朝、僕は一つの窓を選んだ。
開いた窓の向こうの景色を、この目で、ずっと眺めていた。
夜が来ると、僕は窓を閉めた。
僕は梯子を短くし、草原に横たわって眠った。
明くる朝、僕は新鮮な気分で、別の窓を選んだ。
微妙に異なる景色が、壁の向こうに展開されていた。
僕は日がな一日、その風景に釘付けになっていた。
精一杯、見つめ、奔走した。くたくたになって眠るまで。
一度閉めた窓は、もう二度と開かなかった。
その景色は思い出すことしかできない。
開いている窓は少しずつ減っていたはずだが、
目の前の壁は余りにも大きく、僕に実感はなかった。
でも、間違いなく限りはある、とふと思った。
気づいたら、窓が全部閉まっている朝が来るのだろうか。
それとも、梯子から足を滑らせるかも知れない。
壁に、猛スピードのトラックが突っこんでくるかも知れない。
二度と見られない景色を、胸に刻もう。
今からでも遅くはない、改めて誓おう。
そうして僕は今夜も、一つの扉を閉めるのだ――。
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